2011年9月28日水曜日

遠くイランからのお土産

昨日は夏休み以来、久々にHalehと再会。

待ち合わせの『Café Maurizio』は、内装もメニューも、そして店の名前も変った(何故かウェイトレスさんは同じままだけど)St.Charles沿いの『Bellini』。

Eggs Benedictに目の無い私はここでも例外なく、遅い朝食とランチを兼ねた"Brunch"に「サーモンのエッグス・ベネディクト」を注文。

*Eggs Benedict at Café Bellini*


新しくなったメニューに新登場とは言え、どうやらキッチンのスタッフも以前と変ってないっぽい、以前(Maurizioの時と同じ)と同じような味の付け合わせ各種:ベーコンやソーセージやポテトなど。

なのでEggs Benedictも凄く平凡で洗練されてない味。

肝心の卵に火が通り過ぎてるのは論外として、でも、だからと言って別に否定的な訳でもなく。

やたら垢抜けてない感の調理法には寧ろ家庭的な気安さみたいなものがあったりして、それはそれでこの店ならではの気取らないカジュアルな存在感の一つの特徴って感じで。


久し振りに会ったHalehは、夏休みの間の2ヶ月間をずっと彼女の実家があるIran/イランで過ごし、カナダを留守にしてたので、その間の積もる話がいっぱいあって。

色んな面で日本に似ているイランと言う国の文化と、北米の文化との間を行ったり来たりする過程での自分の中の意識の調節とか、言語スイッチの切り替えとか、価値観の微調節とか、諸々、意識的に操作しないとイケナイ部分に多大なストレスを感じるところは私とも大いに共通していて。

2つの国に合わせて2人の自分を使い分ける、、、みたいな。

ある意味、2つの文化の間での"Double Standard"で、二重人格っぽい現実。

だって、2つのまるで異なる文化に対応して、社会環境に合わせて自分を使い分けなくてはならない訳で、その辺りの機微を理解しないHalehの子供たち(十代だけど)は、母親の2国間での豹変振りに納得が行かない様子なのは興味深い。

うちの子供たちも、日本滞在中の私を、普段見慣れたカナダでの私と比べて「なんか変だなぁ〜?」とか思ってるのかどうか。

北米で常に"Be Yourself"と教育され、世界中どこへ行っても自分らしさは勿論、自分自身の中での根本的な価値基準を見失うことのない「全世界適応型」、若しくは、揺るがない自尊心を持った北米育ちの子供たちが羨ましくもあったり。

日本で「皆と同じように」と個性を埋没させる教育を受けた私とは、まるで違うもの。。。


何だか日本と共通するところの多い、私にとって未知の国イランから、思いも掛けず「お土産!」(日本を代表する風習)を買って来てくれたHalehにやっぱり「何て日本人っぽいの!?」とか思ってしまった。

北米では、身内でさえもお土産を貰わないってことは多くて、もう誰が何処へ行ったとしてもお土産を期待することはないから。

*A gorgeous handmade pillowcase from Iran*

*A souvenir (prayer beads) from Iran*


イラン女性の手仕事のクッション・カバーは、『Pier 1 Imports』で売ってる高価でエキゾチックな商品を連想させる。

イランの「数珠」ってのも、まるで私の発想には無かったけど、仏教の数珠と似た使われ方らしくちょっとした驚き。

いずれにしろ、思い掛けない贈り物って最高のビックリ。


2 件のコメント:

まゆみ さんのコメント...

わぁ~!素敵なクッションカバーですねぇ~♪

エキゾチックで、華やか。
何よりも手作業でここまで仕上げていると思うと感激しますよね。

数珠もこんなお洒落なのを見たのは初めてです。

きっとこのお友達は、Mayumiさんがどんな物が好きなのかをちゃんとわかってて選んでくれた感じがしますね。思いがけないお土産と共にその心根が嬉しいですよね。

‘2つの顔’を持つ母って感じで子どもさんは見るのかなぁ??

でも、お子さんがやがて大人になった時は、
「ああ、うちの母さんの歴史って凄いよな~。色々気苦労もあったろうに、こうして
両方の文化を受け入れて対人関係を構築して
やってきたんだもん。」みたいな気持ちを
必ず持たれるんじゃないかと思います。


これからも友人としてお二人のいい関係が
続いていきますように。

Mayumi さんのコメント...

まゆみさん♪

ありがとうございます。

中東や東南アジアの手仕事って凄いですよね〜。
ビーズとかスパンコールとか小さな鏡とか、色んなピカピカするものが取り付けられてたりして惹かれます。

異国のモノあれこれは、まさに「エキゾチック」そのもので。(笑

誰かに想って貰えたり、思い出して貰えたり、ってのは、プレゼントを受け取る瞬間よりも、それを迷いながら選んで貰った時間を想像する醍醐味だったりしますよね。

二つの顔を持つお母さん、、、って、なんかスパイっぽい響きの存在感。(笑

今後、異文化間での婚姻ってのも益々増えるんでしょうけれど、昔よりも色んな意味で(テクノロジーによるコミュニケーションとか、人々の認識の深まりとか、あれこれ含め)どんどんとスムーズになる気はしますね。