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2018年9月26日水曜日

Queen: I Want to Break Free

流石に9月も下旬なので気温が随分と下がって来ました。

素足にサンダル、スカートで外出する日々にもさようなら♪

再び制服みたいに変わり映えのしないジーンズの毎日にこんにちは♪

寝具やワードローブの入れ替えをしないと。。。衣替えの季節行事で。



唐突ながら、、、
この間、Textile Center仲間のウェンディさん(余り関係ナイけど因みに70代)が、買い換えたばかりの「新しい車」でやって来たと言うので、へぇ〜、でも前のプリウスも結構まだ新しかったのでは?なんて思いつつ、で、今度のクルマは何ですの?と何気に訊いたら、それがまさかの "TESLA/テスラ"ってのでビックリ。

ミーハーなので即、「乗せてくださいっ!」と嘆願。

一緒にランチに出掛けるついでに乗せて貰った♪

ビュ〜〜〜ん♪と加速する感じが何ともフツーのクルマとは違ってて、上手く言葉で表せないけれど、何もかもが近未来的でいかにも高級+高価そう、、、って感想が何とも庶民な自分。

それで思い出したけど、長年に渡っての私の「ドリーム・カー」(憧れの車)は、フォルクスワーゲン社のビートルで、しかもペパーミント・グリーン♪ってのは、何だかいかにもフィフティーズ(1950年代)ってな気がしないでも無いけど、別にその路線(ポニーテールにロックンロール、とか)な訳ではなく。

高校生だった頃に憧れて以来、ずっと夢に見てる車なんだけど、果たしていつの日にか手に入れることが出来るのかどうか?



引き続きインスタグラムにて、、、
実際に面識が無くても「友達」になれてしまったりするのはソーシャル・メディアならではの世界なんだろうけれど、「類は友を呼ぶ」みたいな傾向があるのはどちらも同様で、好きな音楽や映画の話題を通して、リアル友達の友人たちと輪が広がる感覚は面白いな〜と思う。

興味の対象が似てたりすると同じ話題で盛り上がって、実際に会って直接、膝を交えて語り合って見たい欲求に駆られたり。

色々とアイデアを貰ったり、刺激を受けたり、応援されたり励まして貰ったりするのも有難いと思う。

先日はたまたまそんな流れでの影響を受けて、『Queen』の昔懐かしのヒット曲のミュージック・ヴィデオがとーっても強烈なインパクトだったのを、すっかり忘れていた事を思い出させて貰った。

*Queenの数多いヒット曲の中の一つ ♪I Want to Break Free♪*


*Music Videoの中でメンバー4人の女装がそれぞれに強烈なんだけど
特にフレディ・マーキュリーが最強!なのはやっぱり口髭のせいかも?*


何度見てもフレディ・マーキュリーの女装は怖くてインパクトがあって、ぶっきらぼうな仕草が滑稽で可笑しくて、本当に申し分無く素敵♪

カツラといい、メイクと言い、ピンクのタンクトップと言い、肩からずり落ちてる黒いブラの肩紐に到るまで、何もかもが極め付けって感じのこだわりで。

余りにも懐かしかったので、思わず再現して見たい衝動に駆られた。

それで思い付いたまま咄嗟に羊毛と針を手に取り、チクチクと開始。

顔とカツラが出来た後、ピンク色の毛糸を探してニットをチクチク♪


最終的にシャドーボックス風(ジオラマ風?)に箱仕立てに仕上げる事にして。


映像の中に出て来るモチーフの数々をヒントに小道具として配して仕上げた。

なぜ牛ちゃん?とか、なぜ葡萄?とか、背景の理由は調べてないので良く解らないままなのではあるけれど、取り敢えずそのまま使って見た。

黒とピンクのブレスレットを作り忘れたので、後から追加した。

思い掛けずに楽しい作業だった。

有名どころの80年代ヒットのアーティスト特集でシリーズ化したら?なんて意見も貰い、ちょっと面白いかも?なんて検討中。。。



2017年11月12日日曜日

冬時間+11月初旬

先週の日曜日に夏時間が終わり、時計の針を1時間戻した。

ちょっと早めに目覚めた日曜の朝に、実はまだ「あと1時間眠れるのよ」みたいなのは何だかちょっとだけ得した気分で嬉しい♪

これでまた「夜明け」の自然な明るさで目覚めることが出来るのも嬉しい。

何しろ最近は朝7時になっても辺りは真っ暗で、寝室の電気を点けずに箪笥の引き出しからシャワーの後に着るための下着を選び出すのが困難になってた。

それでなくても私の引き出しの中は黒い色の衣類ばかりなので見分けが容易でないのに。

あとは、ミネアポリス市街のカレッジに通う Erikaが、木曜の午前中に早く始まる授業があるので、その日は早い時間の市バスに乗るため家を朝7時に出るのだけど、まだ夜が明けない真っ暗闇の通りへ向かって歩いて行く彼女の後ろ姿を見送るのは、何だか不安で心細いような気がしてた。

夏時間が終了したお陰で、今朝はすっかり明るくなった通りに見送ることが出来て良かった。(と、ここまで書いたのが既に数日前)

まぁそれと同時に日が暮れる時間も早まるので、夕方の早い時間にとっぷりと日が暮れてしまい、暗くなってからの時間に外出する用事があるともう、寒いし暗いし気が重く、出掛けるのが本当に憂鬱な季節の到来って感じ。

やっぱり私は夏の方がいいなぁ〜。

などと言っても仕方ないので、何とか気持ちを切り替え、これから暫くの間での季節ならではの楽しみにどっぷりと浸る覚悟ではあるんだけど。

手始めにスパイスの利いた林檎のジュースを温めて飲んだり、クラムチャウダーはじめ各種のスープを頻繁に味わったり、紅茶も美味しい季節ね〜♪とか言って、やっぱり楽しみは美味しいものからスタートが手っ取り早く。

あとはセーターやカーディガンやスカーフのお洒落も楽しい季節。

手仕事のプロジェクトとしては、季節に関係なく通年でウールを扱い編物も継続してるけれど、それでもやっぱりこれからの季節での編物は何だかしっくり来る気がするし、だから毛糸やウール素材を使った作業に費やす時間の比重も更に増えるかも。

まずは「クレージー・カーディガン」の第二弾として。

日本製の毛糸で北米でも人気の高い『NORO』のシリーズで "Kureyon/くれよん"はウール100%で手触りが柔らかく、発色の良い色が混じり合った毛糸で、いつかこの毛糸を使って何かしら身に纏(まと)うものを作って見たい欲求が、頭の中で沸々と大きく膨らんでた。

地元の毛糸店を廻ったけれど何処も在庫が無いらしく、仕方ないのでネット検索したら全色が18種類あったので、全ての色を一つずつ18個、嬉々として注文。

届いてみると余りにも綺麗で嬉しくて、だから花束みたいに配して暫くの間うっとりと眺めてた。

*国内から17個が届き、何故か1個は遅れて英国から配達された*


編物の問題は「中毒性」があるって事かと思う。

ひとたび編み始めると「あと一段」「あと一段だけ」と心の中で呟きながら、なかなか手を止める事が出来ずに延々と編み続けてしまう。

だから他の事がなかなか出来なかったり、中途半端になってしまったり。

いつもの事ながら、他にも試作したいデザインのアイデアとか、試したい素材の山とか、仕上げるべきプロジェクトが目白押しに頭の中で爆発しそうになってる。

Textile Centerは常設のギフトショップに加え、ギャラリーの部分を全面開放して大規模にクリスマスをテーマにしたホリデー・ストアを展開してるので、そのスペースに展示/販売する為のクリスマス作品を数点仕上げて届けたの同時に、売れ残った分のハロウィンの商品を引き取って来たり。

*ニードル・フェルティングの手法で作った
「シュガー・クッキー」風のサンタの顔のオーナメント*




*クリスマスのガーランド*
(グレーの「紐」の部分は編物用に市販されてる極太の毛糸で
直径が1 〜 1.5 cm 以上あると思われる太さ)


作った作品を販売することは私にとって未だ目新しい体験でもあり、色んな分野での試行錯誤の段階で、実験的だったり、法的な問題の解決が必要だったり、関わる人々とのコミュニケーションの中での葛藤や誤解があって、その解決が必要だったり、何かと神経を擦り減らしたり、落胆したり、憤慨したり、忙しい。

代償として、その後には大抵の場合、嬉しい事があったり、充足感に満たされたり、自己満足感に浸れて幸せだったりもするんだけど。

気分が高揚したり下がったり、ハッピーだったり悲しかったり、本当に忙しいんだけど、それがきっと生きてるって事であり、生涯がずっと学びの連続であるって事なんだろうと解釈してる。

実感させられるのは、色んな局面に置いて扉は一つだけではないって事で、当てにしてた扉が閉じてしまうような場合でも、別の扉がいずれ開いてくれるってこと。

日本語で言うところの、まさに「捨てる神あれば拾う神あり」そのものですな。

まぁそんなこんなでの日々に追われながら、時に Erikaと母娘ならではの?激しい口論になるような日もあったり、かと思えば、Kaitoと外出した後に帰宅すると、家中にキッチンから大音量での音楽が響き渡ってて何事かと行って見ると、Erikaがゴム手袋して曲に合わせて鼻唄を歌いながら洗い物や台所周りの掃除をしてくれてたり、そんな感じ。

興味深いのは、Erikaが大音量で掛けてるような曲が何故か割りといつも80年代のヒット曲集ってことで、つまり懐メロなんだけど、私にとってのまさに「青春のメロディ」ばかりってこと。

『Spandau Ballet』に、『Human League』、『A-ha』や『The Cure』『 Tears for Fears』なんかで、たまたま私が帰宅した時には『Simple Minds』の♪Don't You (Forget about Me)♪だったものだから、つい反応してしまって、即座に荷物を放り出すと Erikaと一緒にハモりながら踊るって感じの盛り上がり。

世代を越えて愛される音楽の威力って凄いと思う。

特にあの頃はインパクトの強い楽曲が沢山ヒットしてた黄金期だった。

まさか将来、自分の娘と同じ音楽を共有するとは夢にも思わなかったけど。

そしてカナダのは既に随分と前に終わってしまった感のある Thanksgiving/サンクスギビング、アメリカのは今月の23日(今頃?って感じ)と遅めにやって来る。

秋の収穫祭でもあるサンクスギビングに付きもののデザートと言えば、やっぱりパンプキン・パイかな?ってので、ピンクッションを作った。


あとは最近、自分の好きな題材でもある鳥を色んな手法で作ってる。

*樹の切り株のピンクッションと青い鳥たち*


写真に撮ると割りと早い時期にインスタにアップする事が多いので、ブログとは重複してしまうけれど。

とにかく先行き未定の米国暮らしでありつつ、私自身は依然として働けるヴィザが無いので就労することも叶わず、自分だけの車も無いから、毎日、家に居てキッチン・ドリンカーになったりドラッグに手を出したり、気が狂ったりしないよう、手芸に没頭するよう努めてる訳だけど。

正直、この先に何を求めてるのか?自分でも謎。

手芸家として作品展と販売を愉しむのか、もっと芸術的な、繊維の彫刻家とか、繊維の絵画とかの表現の道を極めるのか、果たしてどの道でどの辺りのゴールを目指したいのか模索中。

友人の母親は70代の後半に画家として著名になったエピソードなどを聞くと、私にもまだ十分な時間があるような気もするし。

でも、もう十分、自分の好きなように好きな事をして生きたような気もするし。

昨日、Erikaから徐に「どんな老人施設で余生を送りたい?」と訊かれて唖然とした。

たまたま一緒に老人施設内のギフトショップでヴォランティアをしてるから、ってなタイミングでもあったんだけど。

施設で多くのシニアやシニアのご家族や、看護師の人々と接する機会があり、体験談を耳にする度、色々と考えさせられるのは事実で、だから Erikaもふと気になったのかと思うんだけど。

日本人の私と、カナダ人の夫と子供たちと、米国で暮らす現状は良いとして、この国の政治や保険制度を考えると、将来的に長く暮らすのは難しい気もする。

日々、あれこれと考え思い悩む事は尽きないのだ。。。ふぅ〜。



2017年3月29日水曜日

月の形のプール


Amazonのおススメで試聴してみたら即お気に入り♪速攻、買いました。

RADIOHEAD の『A Moon Shaped Pool』凄くカッコいい曲ばかり。

気に入るとずっと繰り返し聞き続けてしまうんだな、これが。

私にとって RADIOHEADは割りと最近になってから聴くようになったバンド。

勿論、彼等の存在はかなり昔から知ってはいたんだけど何故か縁が無かった。

新しいファンとして聴いて見ると、本当に大好きな路線の音で、時々「この音って、その昔の "JAPAN"とか "David Sylvian"が創りそうじゃない?」とか、「ちょっと坂本龍一っぽい」とか、そんな事を素人的に感じる。

あとはクラシック音楽にも通じる心地良い曲調もあったり。

とにかく芸術っぽい音楽路線の彼等のアルバムはいつも、クリエイティブな作業をしてる際の気分を盛り上げてくれる。



2016年12月28日水曜日

引き続きクリスマス明け


私へのクリスマス・プレゼントの一つには
変な映画『The Science of Sleep』の妙なサウンドトラックCDを貰った。

この映画が気に入った人にとっては意義ある一枚かと思う。

ちょっとシャンソン風の曲とか
(仏語で”シャンソン”は音楽の意味だけど、この場合
フランスならではのアンニュイな雰囲気の仏語の曲って意味で)
あとは
私が気に入った曲♪If you rescue me♪も入ってる。

主人公:ステファンの台詞もいっぱい入っていて
だから映画の場面を思い出しながら聞いてるって感じ。






Kaitoと Erikaのクリスマス・ストッキングの中にも
それぞれ映画の DVDが入っていて、
だからクリスマスの晩には早速
Kaitoへのプレゼントだったクリスマスの映画
『Krampus』を観て楽しんだ。



実は Kaitoってば、映画の中に出て来る Krampusの象徴的なベルを持ってる。


映画の為の大道具+小道具を作るニュージーランドの会社から
数ヶ月待ちで届いたってシロモノ。

クリスマスツリーのオーナメントとしてぶら下がってたケド。



クリスマスも無事に終了すると
何だかちょっと気が抜けた感じで、
さて、次は大晦日のお祝いの準備ですかね?

今年の年越しはいなり寿司にお雑煮、そしてお蕎麦、そんなとこかな。

いずれにしろ祝い事の際には食べることばっかりよね♪





2016年12月21日水曜日

Erikaのこと、あれこれ

この間、Erikaが車の運転の練習をしたいと言うので付き合った。

高校の課外授業で学科教習を済ませ、年配の「お爺さん」的な教務員さんに同乗+指導して貰った簡単な技能教習も済ませてるので、あとは2年以内に規定の時間数だけ路上に出て練習運転した後、実務的な試験を受けてパスすれば免許証が貰えると言う段取り。

路上での練習には、運転免許証を取得して7年以上(だったかな?)実際に運転している成人に同乗して貰う規定があり、だから Erikaは日本で言うと"仮免 Driver"ってところかなと思う。

Erikaの同級生たちの多くが16歳の頃から既に車を運転して、自分の車まで所有して毎日それに乗って高校へ通学してる子たちも多いんだけど。

私にとっての Erikaは身近で実の娘で、しかも2番目の子供であり末っ子だから、多分いつまで経っても永遠に、私にとっての "baby"な存在であることは変わらないんだろうって気がしてる。

なので、そんな彼女が車の運転をするとか、彼女が運転する車に乗せて貰うとか、そんな現実が受け入れ難く、と、と、とんでもないっ!てくらい怖い。

だからこれまで同乗の練習には Davidに付き合って貰ってたんだけど。

でも、家に居て、いつも "available"な私が付き合う方が合理的なのは一目瞭然。

それでこの間、生まれて初めて、覚悟を決めて娘の運転する車に同乗したと言う訳。

今どきの車はみんなオートマチック車なご時世なのにも拘わらず、うちの Jeepはギア・スティック操作のマニュアル式だから、クラッチを踏んでギアを替える絶妙なタイミングを体で覚えるには、それなりの時間を要する。

なので今のところ、ブーンブゥ〜ンとエンジンを吹かし過ぎたり、低速ギアで回転が上がり過ぎたり、逆に高速ギアでガクガクガクっとなったり忙しい。

取り敢えず車庫出しと車庫入れも練習して、これはスムーズに行ったけれど、あとは夜間での運転とか、高速道路での練習もこなさなければならず怖い。

あぁ〜〜〜。本当に怖いよぉ〜。

とか思いつつ、私自身、自分の親に同様の思いを体験させ、乗り越えさせたんだろうなぁ〜なんて想像すると、何とも感慨深い。

世間の親たちが皆、同様に通過する道のりなのだろうな、なんて漠然と。


話はガラッと変わり。

Erikaが少し前、ヴォランティア先で年配の男性から
「Debbie Harryのそっくりさんコンテストに出ればいいのに!」
って言われた、、、ってので驚いた。

私の中で、デビー・ハリーと言えば、バンド"Blondie/ブロンディ"で ♪Call Me!♪と叫びながら歌うセクシーで金髪の歌姫であって、私のベイビーがそんな彼女に似てる訳がある筈無いっ!と思ったから、検索して久々に見た彼女の若い頃のイメージが、何と、少なからず Erikaとダブるところがあり、愕然とした。

なんてこったい。。。私も歳をとったもんだ。。。みたいな衝撃。

実際、髪を染めて中途半端な長さで無造作にした Erikaの”雰囲気”に似てる。

*ブロンディの vocal: Debbie Harry*


ちょっとパンクな格好で何気に不機嫌な表情とかも更に似てる雰囲気。

*Google画像で拾って来た*


そして Erikaは引き続き、お隣さんの「子守り」として重宝がられてる。

私たちが引っ越して来る以前から、割りと長い間で放置状態となって空き家だった隣家がすっかり綺麗に内外装の工事を終えて売りに出され、落ち着いた年代のご夫婦が購入して入居されたが、つい一年以内の事。

嘘のような話、ちょうどその頃、ベビーシッターのバイトをしたいけれど近所に小さな子供なんていないし、、、と話してた矢先の Erikaが、転入して来たばかりのお隣のご夫婦と Trixieの散歩の際に出逢い、彼等に2歳の女の子:エリーちゃんがいて、時々、夫婦で外出の際にベビーシッターが必要ってので、まさに願ったり叶ったり。

何しろお隣同士だし、車も運転免許も持って無い Erikaは家に居ることが多いし、ちょっとの期間でいた彼氏とも別れてしまい、今は更に家にいるし。

なので「悪いけど、今夜、急遽ベビーシッターして貰える?」みたいに当日のリクエストだったりしても、大抵の場合は「オッケー♪」てな感じで。

ほとんど住み込みのナニーさんに匹敵するくらいな便利さ。

そんなこともあって、時給15ドルの報酬に加えて、不要になったXboxを貰って来たり、プレイステーションを貰って来たりの高待遇を受けてる。

そして、先日のエリーちゃんの誕生日に、小さなプレゼントをあげた。


Erika自身が子供の頃に好きだったと言う絵本。

私は主に日本語の絵本をたまに読んであげる程度だったので、英語本の読み聞かせは Davidの担当で、なのでこの本の存在は知ってたけれど、彼女のお気に入りだったことまでは知らなかった。

私は母親としての時期を、無我夢中で過ごしてしまった気がする。

なので余計に、ベビーシッターとして他人の子供と距離を置いて、冷静に理論的に子供の心理と付き合う体験が出来る Erikaを少し羨ましく思う。

そんな体験はきっと、いつか将来、もし彼女自身が子供を持つ日が来るとしたら、絶対に何らかの役に立つと思うし。

ま、彼女自身は将来、結婚もしたくないし、子供も欲しくないって言ってるケド。

だはっ。

それは私も同じだった。

若い頃、自分は結婚なんてしないし、子供なんて要らないって思ってた。

自分の自由に気ままに好き勝手に生きることを夢見てた。

そして現在に至る。。。

先の事は誰にも分からない。


そして、急遽、お隣さんから依頼されてベビーシッターに出掛けるのは、平日の場合だと夕食時ってのが多かったりするので、私か Davidが「差し入れ」として夕食のデリバリーをするんだけど、そんな時は敢えて、わざと特別な食器を使ったりして。



ウケ狙いと言うか、ちょっとした「笑える嫌がらせ」みたいに。

彼女が昔、愛用してたお皿に、晩ご飯を少しずつ小分けのセクションに乗せて、林檎をウサギの形に切ったり、デザートも乗せたりして。


そして学校の方は直に冬休みに突入するので学期末を迎え。

Erikaは今学期の物理の授業で最優秀の生徒に選ばれたんだそうで、サイエンス部門での賞が渡される授賞式に是非、出席して欲しいと言うお誘いの招待状の他、思い掛けず、校長先生からも直接の電話を貰ってビックリした。

何しろアメリカに引っ越して来て以来、アカデミックな事から遠退いてたから。

カナダでは、眼鏡を掛けて髪を一つに縛り歯列矯正具を歯に付けて、正直、冴えない優等生の典型みたいに、割りと色んな賞を貰うことが多かったのに。

アメリカに越した途端、まるで水を得た魚のようにファッションとかトレンドに目覚め、だからその延長で「コスメトロジー」(ヘアメイクの授業)を選択し、将来、その方面に進みたいらしいから、物理や数学やサイエンスとは別な方向な気がしてたんだけど。

とにかく、学校での授賞式はカフェテリアにてあり、しかも朝食を兼ねて授業開始前の早朝7時からってので、朝早起きをして Davidと揃って出席して来た。

本人(Erika)は行きたがらなかったのを無理矢理に説得して。

実際、出席して記念の写真撮影もして貰ったし、それが週に一度のニュースレターにも掲載されてたしで、想い出に残る体験になって良かったと思う。

何しろ高校生としての最後の年でもあるから。

来年6月に卒業したら、次はどうするんだろう?

私たち家族でのミネソタ暮らしは、果たしてあとどのくらい継続することが出来るのやら、誰も知る由のない根無し草的な、浮き草生活はつづく。。。



2016年12月9日金曜日

変な映画の素敵な曲♪

この間、ちょっと古めの割りと変な映画を観た。

『The Science of Sleep』と言う題名の、でもあんまり「サイエンス」には関係ないような。

*IMDbからの画像*


舞台がパリで、ほとんどの部分では英語なんだけど、時々フランス語だったりするし、シャルロット・ゲーンズブールが出てたり、彼女が創り出すと言う設定でのアート的な手芸作品たちが個性的で、私にとってはそれらを観るのが目的だったから、ストーリー的には割りとどうでも良かったンだけど。

実際、話としても特にはっきりとした起承転結がある訳でもないし。

取り留めの無い感じの物語でも、映像を見るのは楽しい映画、かな。

何よりも、主人公が彼の夢の中で猫になって「猫のバンド」として彼女に捧げる音楽を演奏しながら歌う場面があるんだけど、この曲がとっても素敵♪

メロウで歌詞が胸キュン(←死語ですが)で、シャンソンと言うかボサノバっぽい雰囲気のスローなテンポの曲が心地良く。

*音楽のみ*


*映画の中で歌う場面*


歌詞の内容としては、野良猫が拾ってくれそうな彼女にアピールする感じなんだけど、♪もし拾ってくれれば一生、君の友達になってあげる♪とか、♪ベッドに入れてくれたら冬は温めてあげる♪とか、猫の着ぐるみを着た甘いマスクの主人公が歌う姿にもピッタリで。


ケベックに暮らして少しだけ習ったフランス語がちょっぴり懐かしく感じた。


だから時々、Erikaと冗談半分にフランス語で話したりしてるんだけど。

支離滅裂なやり取りで。




2016年7月17日日曜日

Spookey Ruben

タイトルのまんま、ですが。

"Spookey Ruben"の CD買いました。

*かなり以前に発売になったらしいアルバム*


mixiで知り合ったお友達が彼女のブログで紹介してるのを見て。

何気に試聴した曲がどれも好きなタイプで速攻Amazonで注文。

新しいアルバムでもないのに、どうして今迄その存在を知らなかったんだろう?

ってので、モロ90年代の音楽。

しかもカナダのアーティスト。

このアルバムに収録されてる曲の全てが好きっ!

なんか凄くオチャラケなのにカッコいい音楽。

多分ミクシングの才能に溢れてる人なんだろうと思う。
(って、専門的なことは知らないから良く分からないけれど!)

従来の型にハマらない音楽の独創性が、いい意味で芸術を破壊する刺激みたいなものを私に与えてくれて、だから作業の間じゅうでこのアルバムを聴いてる。

聴いてると懐メロ効果みたいなのがって、懐かしい気分になったり。

実際、昔懐かしい「アズテック・カメラ」を連想させる音があったり、「キュア」風だったり、「デイヴィッド・シルヴィアン」を思わせる旋律と声の出し方があったりで、とにかく聴いていて飽きないし心地良い。

大好きな音楽を掛けて作業に没頭する時間はこれ以上にない贅沢で天国。



2016年5月8日日曜日

紫はプリンスの色

今日は母の日。

日本は北米よりもひと足早くに母の日を迎えたので、夕べ実家に電話を入れた。

鉢植えの赤いカーネーションをネット注文して送ってあったんだけど、まずは電話に出た父が嬉しそうに

「綺麗なお花が届いたよ〜、ありがとね〜♪」って。

まるであたかも自分に贈られたかのように言うので戸惑った。

まぁ、とにかく父も母も共に揃って何とか元気に生活できてるから有り難い。


私なんて、まるで毎日が母の日みたいな生活だから更に有り難いんだけど。

ありがたやー、ありがたやー、と感謝の日々で。

だから今年は自分へのプレゼントではなくて、ユニセフの募金に寄附した。


当初から今夜は宅配のピザ(実際にはピックアップだけど)を食べる予定だったから、デザート用に今シーズン初のキィライム・パイを作った。

朝は Davidと二人、子供たちがまだ寝てる間に Trixieを連れて犬の公園に行った。

公園に向かう途中、以前から Davidの気になっていた『SONIC』と言うドライヴインみたいな軽食のレストランに寄って、車の中での朝食を食べた。

日本にも勿論「ドライヴスルー」はあるけれど、アメリカは、カナダよりも更にドライヴスルーのサービスが多い気がする。

レストランだけでなく、銀行のサービスもドライヴスルーだったり。


犬の公園から帰った後は、Kaitoを加えて3人で映画に出掛けたけれど、上映時間の変更があったようで、次の上映までの待ち時間が長いから諦めて帰宅。

帰り道、ガーデニング用の土を買って来た。

少しだけ、既存の花壇に手を加える予定で。

ま、単にホスタを株分けして殺風景な部分に移植するだけの作業なんだけど。


あとは普通にのんびりの日曜日で。


相変わらず思い付きで始めるプロジェクトが幾つもあって、それぞれが割りと面白く進んだりすると、気紛れで始めて見たとは言え最後まで完成させることになるので、あれもこれもと収拾がつかない状況なのはいつもの事で。

少し前に「プリンス」が急逝して、ミネソタが地元の彼だけに、新聞には毎日、彼の記事がプリントされていて、縁あってミネソタ在住の身をなった私にとっても、そんな状況は更に彼の存在を身近に感じさせるものがあり。

ある日、雨降りの日があって、思わず♪パープル・レイン♪を口ずさみながら新聞を読んでたら、在りし日のプリンスの写真に目が留り、、、何となく、彼の姿をラグ・フッキングの手法でフッキングしてみたい欲求に駆られた。

予め計画してた訳じゃないから、下絵のデッサンとか構図とか無しで。

まさに落書き風のフリーハンドで。

紫色のウールでアウトラインをフッキングしたら、割りといい感じで。

思い掛けず気に入ったので、小さい作品だけど、仕上げて見ることにした。

ま、最終的にどんな風に仕上がるのか?見当も付かないけれど。

いつもの「気紛れ作品」なので。

*取り敢えず、紫色の濃淡だけで制作中*



*最初の気紛れ "doodle"のアウトラインはこんなスタートで*


紫色を基調にフッキングして、デザインの一部に薔薇も紫で加えてみた。


電話で話したばかりの父が、たまたま薔薇のアーチを作ってる最中で、色んな種類の薔薇を買って来て庭のあちこちに植えてるって話で。

薔薇は私も大好きで興味があるから、一体どんな種類を買ったのか訊いたら、何だかとっても珍しい「青い薔薇」らしいってので更に興味津々。

名前を訊いたら「ソニアドール」って。

早速、検索してみたら、青と言うよりはやっぱり紫色の薔薇だった。

偶然、プリンスの薔薇と一緒だわ♪




2016年4月23日土曜日

ミネソタのプリンス

最近は何だかマメにブログをアップしてるな自分、、、とか思ってた矢先、月曜日に書いて以来、あっと言う間に土曜日になってた。

人生ほんとに毎日いろんな事があって直ぐに1週間が経ってしまう感じ。

日本では熊本で大きな地震があって動揺してたら、今度はエクアドルの地震のニュースが飛び込んで来て、もう涙無しには読めない新聞の記事ばかりだったりするのに、身近なところでも Erikaの同級生の女の子の家が火事で全焼してしまったり、私のサークル仲間の甥御さんが若くして突然に亡くなってしまい、しかも自殺だったと聞いて、その衝撃に心がかなり打ちのめされ重たくブルーな気分だった。

そんな折りに今度は地元のスーパースター:プリンスの突然の訃報。


インフルエンザの症状が自家用ジェット内で悪化してアトランタから引き返して来たけど、心配には及ばないから、、、ってのをアピールするダンス・パーティを、ミネアポリスの彼の豪邸で開催したって記事を、ほんの数日前に読んだばかりだったから余計に驚いた。

人間って、そんな風にいとも簡単に呆気なく死んでしまうものなんだ。。。

改めて死と言うものについて考えさせられた。

と同時に、死とは真逆の生、つまり生きると言うことの意味についても考えたり。

そして生と死に関わる宗教と言う存在についても。

プリンスがもし、エホバの証人という宗教で無かったとしたら、ひょっとして57歳という若さでこの世を去る必要が無かったかも知れないのでは?と思いつつ、彼自身が彼にとっての心の平穏を宗教によって見出したとするならば、彼にとっては納得の上での死の受け入れだったのかも、とも思う。

世界中の音楽愛好家にとっての損失が大きい事実に変わりないけれど。

仮にもし、あと20年とか30年とか彼が生存して、この世でプリンスとしての活動を続けてくれたら、どんなカタチであれ世間に与える影響力はあったと思うし、計り知れない才能を以て素晴らしい作品が、音楽にしろ映像にしろ文章にしろ発表されれば、多くの人々が愉しむ事が出来ただろうに、と残念無念でならない。

彼が彼自身についての "Memoir"の執筆に取り掛かったニュースも、ほんの数ヶ月前に新聞で目にしたばかりだったし、当然、彼の地元であるミネアポリスでは、一体どんなエピソードが綴られるか?地元の人々の間では、とても話題になったいた。

私自身、特別にプリンスの大ファンだったと言う訳ではないけれど、彼が最も活躍して人気の頂点だった時期に、人生の中で最も音楽を楽しんだ年代であるし、映画『パープル・レイン』も小さな映画館に足を運んで何故か独りで観た記憶もある。

因みに、プリンスの曲の中で私が個人的に一番好きなのは『Pop Life』。


彼の作品の中で個人的に一番の名曲と思うのはコレ↓ Sinead O'Connorが歌った♪Nothing Compare to You♪


でも多分、彼の素晴らしい作品は沢山あり過ぎて、実は上手く選ばないと思う。

だって、熱狂的なファンと言う訳ではない自分なのでおこがましい気もするし。

Davidのポーカー仲間のうちにはミネアポリスが地元で、昔からのダイハードなプリンスのファンと言う人達もいるみたいで、彼等は追悼の24時間パーティにも参加するらしいけれど、多分、正式な葬儀も大規模なものになるのかな、と想像する。

かのボブ・ディランもミネソタの出身だそうで、地元を去ったスターとして、地元に留まって活躍し続けたプリンスと引き合いに出されるのは興味深い。

いずれにしろ、かつてTVで小林克也の『ベストヒットU.S.A.』で紹介される「アメリカのスター」達の音楽を夢中で見聞きしながら、英語の世界もアメリカも、自分にはまるで遠い世界の気がしてたのが不思議。

今となっては、プリンスは「地元民同士」としての尊敬と誇り、みたいな。

彼の死は惜しいけれど、でも芸術家の死は、この世に生きた証を作品と言うカタチで沢山残せて、死後いつまで経っても人々に愛され慈しまれ続けるのは、同じ人間として、とても羨ましく思う。

さて私は今後、残された人生をどんな風に生きて、一体どんなものをどんなカタチで残すことが出来るのか?それが永遠の毎日の課題だな。

合掌


2016年3月24日木曜日

♪Twin Cities♪ (by Ben Watt)

若い人たちはもう CDなんて買わないんだろうな。。。

なんて思ってたら、最近 "Vinyl/ヴァイナル"=ビニール盤のLPの存在が復活して、若い人たちの間でその目新しさが人気みたいで驚きなんだけど。

流行が巡ることは知っていたけれど、テクノロジーが巡るとは思わなかった。

テクノロジーは進化するのみで、古い方式や技術は忘れ去られてしまって化石のようにいずれ博物館とかに残るだけかと思ってた。

音楽がビニール盤のレコードからカセットテープ、そして CDと選択肢が広がった時、特にクラシック音楽は CDが良いとは思ったけれど、個人的にはジャズを聴くのは絶対にレコードがいいと今でも思ってる。

針がレコードの上に落ちて曲が始まるまでの雑音には、これから音楽が始まるってわくわく感があるし、古い映画を観る時と同様のノスタルジックな雰囲気を醸し出すマジックがあるから。

とは言え、レコード・プレーヤーは David所有のが段ボール箱に入ったまま引越しを繰り返してるので、今でも使えるかどうかは解らないけど。

沢山の音楽がコンピューターに取り込んではあるけれど、普段、実際に音楽を聴くのは未だに CDで、CDプレーヤーの付いたミニコンポ。

最近は新しい CDを買う機会もほとんど無いから、聴くのはもっぱら古いものばかりで、かなり昔から持っているブリティッシュ系が中心。

未だに飽きることなく、スタイル・カウンシルだの、ザ・スミスだの、ブロウ・モンキーズだの、そして Everything But the Girlなどを延々と掛けてる。

そして、つい数日前に数あるコレクションの中から順番に彼等のアルバムを掛けて行って、音楽を聴く傍らに針仕事をしてたんだけど。



普段、音楽を「聴く」とは言っても、実は「流してる」って言うのが正確なところで、だから実のところ、歌詞の中で一体どんな事を歌ってるのか?は余り重要じゃなく、ほとんど知らなかったりするって場合が多い。

だって、中学で初めて英語を習い始めた頃に、夢中で必死になって大好きな洋楽の歌詞の翻訳を試みたんだけど、本当に本当に難しくて、的を得なくて、いったい全体どんな事を言おうとしてるのか?余りにも詩的で哲学的に意味合いが深過ぎて、人生経験が浅い十代の自分にはまるでお手上げだった印象が強烈で。

大人になって英語を話すようになってから、実は多くの歌詞には大した意味合いが無いって事実を知った時の衝撃と言ったら。。。!

特に Morrissey/モリッシーが書く The Smiths/ザ・スミスの歌詞なんて、まるでナンセンスで聴く人々を煙に巻く、みたいな歌詞ばかりだし。

♪some girls are bigger than others♪とか、ね。

勿論、隠された深い意味合いとか繊細な感性とかは秘められてるとは思うけれど。

とにかく、Everything But the Girlsの話に戻って。

大好きな Tracey Thorn/トレーシー・ソーンの唄声を聴くともなく聞いていたら、曲の中に耳に留まるフレーズがあって、「ん?」って感じに。


「まさか」と思いながら注意深く聴いてみたけど、やっぱり空耳ではないらしい。

どうしても♪Twin Cities〜♪って歌ってる気がして。

そして、それは確かにそう歌ってる歌詞で、しかも、歌の題名がずばり『Twin Cities』だった、、、って事実に初めて気がついた。


いや、実に25年間くらい所有していて、忘れた頃に時々掛けて、何気に耳にしていたアルバムだったんだけど。

ブリッツな彼等がアメリカの都市、しかも、現在、私がたまたま縁あって暮らす事になってるミネソタの Twin Cities/ツインシティについて曲を書くなんて夢にも思ってみなかった。

自分が暮らす事になるまで "Twin Cities"の存在さえ知らなかったし、それがミネアポリス市とセント・ポール市の二つを併せて「双子の都市」の愛称で呼ばれてるものだって事も勿論、知らなかったし、双子の都市にミシシッピ川が流れてるなんて事も、まるで知る由もなかったから、それらが歌詞にされて歌われてても、まるで気にも留めなかった、今の今まで。

なのですっごい驚きで、ちょっと愕然とした。

因みに歌詞は、こんな感じに始まる。

♪now we're in Twin Cities

where the Mississippi rises and then falls.

One is Minneapolis, the other though less famous, is St. Paul.♪

ミネアポリスと、もう一方は余り有名じゃないセント・ポールって!

どういう経緯があって、アメリカ人でもない彼等がミネソタの、ツインシティについて曲を書いたのか、興味津々。

そして別のアルバムに収められた同じ曲の和訳がプリントされたものが添付されてるんだけど、音楽の歌詞を訳すのが本当にもの凄く大変なことを考えると、感心と共に尊敬の念さえ湧いて来る。

まぁ芸術の世界なだけに解釈には個人差があるかとは思いつつ。







2016年1月4日月曜日

お正月休み明け

早くも、お正月の三箇日があっと言う間に過ぎ。

毎日だらだらと美味しいものをたらふく喰っちゃ寝ーしてたので、ほぼ予想通りに典型的な「正月太り」は避けられるはずもなく、体重計に乗った結果を見て「そりゃそーよねぇ〜」と妙に納得。

中年オバさんならではの開き直りで特にジタバタするでもなく。

ま、時間の経過と共にゆっくり元に戻るハズ、、、とタカをくくってる。


お正月とは言っても日本のようにお節料理を食べるでもなく。

金曜日の夕方に急遽、Erikaの彼が遊びに来ることになって、だったら晩ご飯も一緒に、じゃあ人数が増えたことだし、今週末はどうせ Erikaに選択権(外食かテイクアウト)のある週だからってので、彼女は『Toppers』のピザを選び、電話で注文したのをピックアップして来て5人で食卓を囲んで一緒に食べた。

2016年は、そんな訳で元旦からピザ。。。まぁ、そんなもんです。

食による季節感とか風情とか、まるで無し。

あ! それでも、お正月ならでは、ってので、箏曲の CD掛けました。

究極の「春の海」とか、、、琴に合わせた尺八の音色と共に、これぞ和の音楽であり、ミネソタのこの家が突然、和の空間に変身。

*食べ切れなかった分は翌日のランチに♪*
(北米人は翌日の朝食に
冷たいままのピザを食べるのが好きだったりもするケド)

*初めて試してみたポテトが乗ってる斬新なピザに*
日本ならでは(北米ではあり得ない種類)の
ユニークなトッピングのピザを懐かしく思い出してしまった


明日から Davidと Erikaはそれぞれ仕事と高校で通常のスケジュールに戻るけれど、カレッジ生徒の Kaitoは更に1週間、継続して休みらしく、だから引き続き家にいるみたいでちょっと気が重い。

私はのんびりと満喫してた冬休みの名残りを惜しみつつ、久し振りにロバート・パーマーの音楽を掛けてるんだけど、彼の突然の訃報をニュースで聞いて衝撃を受けたのが、ついこの間のような気がしてたのに、2003年の9月だったそうで、かれこれ10年以上も前だった事実に驚き。

過ぎてしまえば何事も、あたかも幻だったかのよう。

54歳でこの世を去った彼の年齢に、そう遠くない自分を重ねてみると何だか急に死というものが身近に思える。

彼は心臓発作だったけれど、そういった突発的な死の原因だったら、私だって明日、死んでしまう可能性だって十分にあり得る訳だし。

果たして、あと何回くらいお正月を迎えることが出来るんだろう。

夕方、焼いたお餅を磯辺巻きにして「あちちちっ」とか食べながら、喉に詰まらせないよう気を付ける事を、必要以上に意識しながら食べた。

大瀧詠一さんは林檎を喉に詰まらせて、呆気なく亡くなってしまったらしいけれど。

とにかく、過去を悔やんでも取り戻せる訳でも無し、将来に不安を抱いても果たして将来がやって来るかどうか?保証がある訳でも無し、確実なのは今、現在だけ、、、と思って、今、生きてる自分の奇跡を十分に味わって楽しんで生きたいと思う。

そんな新年の抱負、、、かな。





2015年11月22日日曜日

Adeleの新作

ミネアポリスの「かぎ針編みの会」のミーティングが、家から歩いて行ける距離にあるショッピング・モール内の『Barnes & Noble』(スターバックスも入ってる大型書店)であると言うので、冷やかし半分に行って見たんだけど、それらしいグループが見当たらず。

それほど期待してた訳じゃないからハズレでもいーや、なんて思いながら、店内の一角にある音楽コーナーを気紛れに覗いて見たら、Adeleの最新版で彼女の3枚目のアルバム CD『25』が目に飛び込んだ。

Amazonで買うつもりだったけれど、意外と値段が手頃だったことに拍子抜けして($11.99+tax)速攻で買った。

*Adeleの最新アルバムのタイトルは『25』*


未だに洋楽の CDの値段が高い思い込みがあるのは、昔、日本で買う頃、1枚が3000円とかしてる時代だった記憶の名残りかと思うんだけど、でも、カナダに住んでる頃でも、20ドルくらいしてたような覚えがあるけど?

出掛けたついでに『TARGET』に寄って食品の買出しもしたんだけど、レジカウンターに並んだら、目の前に、ここでも Adeleの新作CDが大々的に売りに出されていて、しかも、TARGET版の特製でボーナス曲が3曲も余分に入ってて「やられた〜!」って感じ。

ま、いいんだけど。

TARGET版のはケースがプラスチックじゃなくて紙製のだったし。

そして『Saturday Night Live』の音楽ゲストに Adeleが出演してた。

実は私が初めて彼女の存在を知ったのも、この番組で彼女が音楽ゲストとして登場し、デビューアルバム『19』の中からの2曲 ♪Chasing Pavements♪ と ♪Cold Shoulder♪ を唄ってるのを見た時で、彼女のパワフルな存在感と、その歌唱力にもの凄い衝撃を受けたのを今でもはっきりと覚えてる。

まさに「歌姫」と呼ぶのにふさわしい美声と美貌の彼女が本当に大好き♪

茶目っ気を感じさせる性格に親近感を抱かせる人柄の印象に伴って。

そんな折り、面白い映像を Davidが見つけた。


イギリスのTV局 BBCの企画で、「Adeleのそっくりさんコンテスト」みたいなのがあり、彼女本人が顔に特殊メイクを施して Jennyとして登場するの。

彼女の特徴である「風車の弥七」風の顎とカモフラージュして、鼻のカタチも変えて、目の辺りの印象もメイクで変えて、すっかり別人に見える Adele。

なので他の「そっくりさん」達も、まるで彼女がホンモノであるとは気付かず。

Adeleのとぼけた演技も笑える。

すっかり Jennyになりきって、具合が悪くなるほど緊張したフリや、歌い出すタイミングを逃したりの間が何とも言えず可笑しくてお茶目。

「そっくりさん」は皆、かなりの「Adeleファン」かと思うので、予期せずホンモノの彼女にこんなカタチで出逢うことが出来て嬉しそうな姿に、まさに♪夢が実現する♪の歌詞の通り、こちらまで幸せな気分にさせられる。

それにしても、今後も引き続き彼女のアルバムのタイトルは果たしてずっと数字(=彼女の年齢)なんだろうか?ってのが興味深いポイント。

いつか近いうち、グラマラスで豪華な彼女の容姿を反映した人形を、何らかのカタチで作って見たい欲求に駆られてる。

古くはマリリン・モンローとか、少し前でのマドンナとか、そんな系列の顔で。







2015年9月24日木曜日

KIMBRA

Davidも私と同様に好きな音楽の CDのコレクションを結構な数で持ってるんだけど、この家に引越す際、段ボール箱に詰められたまま開封されてない。

月に一度、家でポーカー・ナイトを開催する折りには、夕方から深夜に掛けて7時間くらい連続で彼のラップトップ・コンピューターからランダムな音楽を BGMとして流すので、幅広いジャンルでの曲を偏らずに集めたいこともあり、地元の図書館に足繁く通って本を借り出すついでに、あれこれ色んな CDも借りて来て、私にも聴いてみるよう勧めてくれる。

私にとって、今更ながらの再発見は『Queen』で、勿論、古くから彼等の存在は知っていたものの、興味を持って聴いたことが無かった。

多分、当時の余り売れてない系のバンド好きだった自分にとってのクィーンは、有名で売れていて煌びやかに派手過ぎたんだろうと思う。

Davidから手渡されたアルバムを全編通して聴いてみて、改めて彼等が凄いバンドだったんだなってな認識を新たにした感じで、その魅力を初めて理解した。

まぁ、フレディ・マーキュリーの歌唱力とか有名どころのヒット曲に対しては何も新しいとこが無いんだけど、でも、楽曲の壮大さとか奥深さとか、彼等が売れてた背景とか理由とかが解ってしみじみと唸った、そんな感じ。


それとは別の新しい発見は 『KIMBRA』。

彼女の声は大ヒットした Gotyeの "Somebody that I Used to Know"で聞いてたけど、独自のアルバムを聴いたのは初めて。

*DavidがAmazonで買ってくれた♪*


唄声にある特徴が個人的に好きなタイプだし、曲調も気に入ったものが多い。

最近、気に入って聴いている 『Angus+Julia Stone』とも似通った系列で、ジュリアの唄声にも通じる「女の子っぽい可愛くてちょっとハスキー」な心地良い声、ってのも共通してる気がする。

どちらもカワイイ雰囲気の魅力があるし、そして音楽の才能に溢れてる印象。




ちょっと吉田美和を連想させられる感じ。。。私の中では。


彼女の最新アルバムは更にもっとパワフルにプロモーションされてる感じで、売る為に洗練されてる印象が否めないけれど、ポップに楽しく聴けるのは確か。





2015年8月19日水曜日

Angus+Julia Stone届いた


Amazonで注文しておいた CDが2枚届いた。

どちらも 『Angus+Julia Stone』なんだけど。

新しい気に入りの音楽が出来て嬉しい。

男女のユニットってことでは、

『Everything But The Girl』に通じるところがあるかも。

新しい方のアルバムは編曲もより洗練されて今っぽい音になってる。

独特の雰囲気は南半球ならではなのかどうか。

声とか発音とかに素朴な親しみ易さを感じる。





2015年8月13日木曜日

空耳アワード

さすがに北米暮らしも20年近くなり、日常の会話には殆ど困らないものの、それでもやっぱり子供の頃に英語圏で暮らした経験が無いだけに、発音の鍵となる舌を操作する筋肉が発達してない典型的な日本人で、単語のスペルも発音も頭の中で解ってはいても、それを実際に会話の中で適切な「音」に表現するのが困難だったりするって現実の壁はあり。

多分、その壁は永遠に乗り越える事は出来ないンだろうと諦めてるけど。

さて、外国語を身に付ける別の鍵は、まさに耳となるかと思うんだけど。

正直、日常の会話の中で普通に聞いただけでスペルを判断するのが難しい場合も多くあるけれど、でも実際、それが「L」か「R」か、「V」か「B」か、瞬時に判断出来なくても困る事は滅多に無いから大丈夫。

必要ならば訊けばいいし。


とは言え、自分でも馬鹿馬鹿しいとは思いつつ、それ(←会話を遮って質問する事)が長年に渡って、なかなか出来なかった過去はあるけれど。

人との会話の中で、意味の解らない単語や言い回しがあっても、「あ、それってどういう意味ですか?」とか「解りません」とか言うのがとっても苦手だったのは、やっぱり遠慮の塊で出来た日本人ならではの気質なのかどうか。

解らなくても何となく大丈夫な雰囲気で曖昧な笑顔で繕ってたのは若さ故なのか。

最近は何でも躊躇うことなく訊けるようになった自分は、実際、北米暮らしが身に付いたからなのか、それとも単に歳を取って図々しくなったからなのか、自分でも判らないけれど、知るのも怖い。


取り敢えず、そんな訳で、何処へ行っても誰と話しても、大抵の場合は問題ないのではあるけれど。

いやはや、それでもやっぱり難しいなぁ〜と実感するのが音楽の歌詞。

だって、歌詞に合わせて音楽が重なってるし、発音がリエゾンしたり、あとは単に速いテンポだったり、流行言葉だったりするから。


そんな中、私が CDを掛けてる時に、たまたまやって来た Erikaが何気にその曲を口ずさんで唄ったりするのを見る度、ちょっと聴いただけで歌詞を把握して唄える英語人ならではの能力を本当に羨ましく思って、ちょっぴり嫉妬する。

でもって、愕然とするのが、彼女が唄うのを身近に聞いて、初めて、その歌詞が「私が思ってたの」と全然違うって事実が判明する時。


この間もたまたま "Scary Kids Scaring Kids"のアルバムを割りと大きめの音量で掛けながら手作業をしていたところに Erikaが鼻唄まじりにやって来て。

彼女が音楽に乗って唄い出したのを聞いて

「え”? 何ソレ? 私が知ってるのと全然違うじゃん!」と。

それは、彼等のアルバムの中で唯一、私が余り好きじゃない早口で激しい曲なこともあり、まぁ歌詞にも余り気を配ってはいなかった事もあるんだけど。

*Scary Kids Scaring Kidsの "Snake Devil"と言う曲*


とは言え、

歌の出だしの

"All Systems Go..."

の部分からして、私的には

"All Sisters Go..."
(姉妹が皆、揃って出向いた)

だと思ってた。だはっ。


で、次に

"She Lost a Breath..."

の部分で

"She Lost her Grandpa..."
(彼女はお祖父さんを亡くした)

と聞こえたものだから、もう勝手に「お爺さんが亡くなった話」なのかと。


だから

"Spit You Out like nothing..."

の部分も何故か

"Obituary..."
(死亡広告記事@新聞)

に聞こえ、


"One Heart at a Time..."


"One Hundred Times..."
(100回 ←何が100回なのか?は不明だったケド←深く考えない)

って聞こえて、


トドメは

"You've Already done the Damage..."

ってのが、

"You've Already Died Damn it..."
(もうすっかり死んじゃったよ〜、悔しいけど)


ってな感じに、私の中では完結してる歌詞だったんだけど。わはっ。


実際は、レトロな曲で言うと "Hall and Oates"の "Maneater"を彷彿とする内容の歌詞で、お爺さんが亡くなったお葬式の唄って事では全然ナイのは明白。


ま、そんなもんです。

私の飽くまでも個人的で密かな「空耳アワード」は、その後も延々とつづく。。。




2015年8月8日土曜日

Angus+Julia Stone

明日は土曜日だからいいとして。

あ、でも午前3時を過ぎてしまったのに起きてる。

何故か眠くない、珍しく。



この間、Erikaの部屋に流れてたラジオで聞いて、妙に気に入ってしまった。

『Augus+Julia Stone』と言う名前のユニット。



本名をそのままバンド名にしたらしいんだけど。

オーストラリア出身のアンガスとジュリアの仲良し姉弟。

今は割りと「むさい格好」で落ち着いてるように見えるけれど、昔の写真を見ると意外と綺麗どころの姉とハンサムな弟だったりして魅力的。

私の好みの守備範囲ギリギリにフォークな感じの路線で、でもメロディラインと唄声に特徴があるインディ・ポップで、そして、ちょっとロック。

音的には "Feist"を連想させる、ってのは飽くまでも私の個人的な感覚で。

実は彼女(Feist)の曲の中には結構、好きなものが幾つかあったりするんだけど、彼女のアルバムは一枚も持ってないという不思議。

何となく彼女の音楽に対して、Feistが「独りだけ」でやってる印象が、私にとって不十分さと言うか、物足りなさみたいなものを感じさせたのかも、と今になって思う。

と言うのも、Angus+Julia Stoneは、Feistの雰囲気に John Mayerをプラスしたみたいなノリの、男女混合ユニットならではの声の重なるハーモニーの心地良さがあるし、単調ではない面白さがあるから。

私が長い間でずっと大好きな "Everything But The Girl"と同様に。

使い古された言い方をすると、まさに「ひと粒で2度美味しい」の極み。

いずれにしろ、幾つになっても新しい音楽との出逢いにはワクワクする。





2015年5月25日月曜日

懐メロを聴きながら

昨日のシリーズの続きで。

昨日のは直径が11cm程度のフープ。

今回のは直径が16cmのフープ。
ミックスメディアの壁掛け。

「楓の木のフクロウ」


Davidは割りと早くに寝てしまい。

Erikaのボーイフレンドが遊びに来て
夕食に皆で一緒にピザを食べたんだけど、
彼が帰って行くまでは起きてないとイケナイので。

(そのまま泊まって行かれても困る!)

私は独り静まり返った仕事場で思う存分にチクチクを楽しんでた。

控え目な音で CDを掛けながら。

何気なく選んだアルバムが妙に懐かしく。

*昔、モントリオールのHMVで買ったこのアルバムは
割りとフツーに店頭に並んでた記憶*


"JAPAN"として活躍してた頃の曲も入ってるんだけど。

何とも80年代的なテクノポップで
当時のイエロー・マジック・オーケストラに属した坂本龍一とコラボした曲とか。

当時の写真を見ると坂本龍一/Ryuichi Sakamotoも David Sylvianも若くて
当然なんだけど。

あの頃の自分自身の想い出と重なって
自分にとって青春時代の音楽を代表するのは
やっぱり80年代のテクノだったりするのかな〜、なんて。

あ、あとは勿論、ブリティッシュ・ロックもアリだけど。

時代を経ても David Sylvianの唄声は大好きで
聴くと涙が出そうな程、時代を逆戻りする事が出来るのは
音楽の力って凄い!と思う。


そんな、あれやこれやの懐かしい音楽を掛けながら作業する私の横を
16歳の Erikaと彼女のボーイフレンドが行ったり来たり。

お母さん、また「懐メロ」聴いてる。。。

とか思ってんのかなぁ〜。
なんてのを想像すると、ちょっと面白い。


あなた達が今、大好きで聴いてるロック・ミュージックも
いずれ「懐メロ」となるのだよ、なんて思いながら。

それらを懐かしく聴く頃、2015年の今現在の毎日の中から
切り取られた想い出の数々のあれやこれやの場面が
彼等の脳裏で蘇り駆け巡るんだろうけれど。

それらが彼等にとって愛すべき楽しい日々の想い出ばかりだといいな、と願う。