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2013年5月15日水曜日

Day6: 松本、飛騨高山

日本旅行回想記。

日本での滞在6日目はパッケージツアーの実質3日目。

ツアープランは:
Journey to Matsumoto,  gateway to the Japanese Alps.  Visit famous Matsumoto Castle, and discover the history at the Matsumoto city museum.  Later, continue by motorcoach through the ruggedly beautiful Japanese Alps to the quiet, isolated town of Takayama, where old traditions are untouched by the passage of time.
ってな感じで。


まずは朝起きて快晴の中の富士山を拝むことが出来て感謝♪



富士ビューホテル@河口湖での朝食は和食系のおかずを中心に選びつつ、焼いたシャケ(「サーモン」でなく)とかタラコ、ひじきの煮物などに感無量。



松本城を目指して走るバスが長野県内のサービスエリアに寄った際、ツアーガイドのMokoさんが「スターバックスもありますよ〜♪」と言った途端、バスの中に大歓声が上がった。
(どんだけ Starbucks Coffeeに飢えてんの?って感じで)

そして「長野限定」らしいデザインのマグがとっても素敵だった!

*欲しい衝動に駆られたものの、写真に収めて我慢*


そして松本城に到着〜!


満開の桜の木々に取り囲まれて青い空に映える黒い城。



今回の日本ツアーは義母の主導だったので、どんなルートで廻るのか?見当も付かなかったんだけど、日程を受け取った際に初めて松本城での観光が含まれてるのを知ってちょっと興奮したのは、その近くに古い友達夫婦が住んでるから。

連絡したら早速「仕事を休んで会いに行くね!」って返事が来た。

なので移動中、成田空港でレンタルした携帯電話を駆使して、メッセージをやり取りしつつ概ねの到着時刻を知らせたり。

金曜日で、本来ならば仕事だったはずの旦那さんも何故か急遽、仕事がお休みになったそうで、二人揃って短時間での再会ではあったけれど、わざわざ会いに来てくれて嬉しかった。

義母へのお土産用のスカーフだとか、私にも地元の美味しい銘菓のお土産を持たせてくれたり、日本人ならではの心遣いに感慨深く。



松本市内のホテル・レストランで美味しいランチのデザートには「桜風味のアイスクリーム」が出され、桜の葉の独特な香りが個性的で美味しく、とても印象に残った。


飛騨高山に向かう途中、上高地を通過。

えっと、、、満開の桜を見たばっかりの後にまさかの雪景色。

そしてスキー場。



さすがに「日本アルプス」の名称に納得。

まるでうちの父が描く水墨画みたいな世界を暫しの間で通過。

飛騨高山で宿泊予定の『ひだホテルプラザ』に向かう途中、造り酒屋に寄って酒造りの見学と試飲など。


英語での説明の出来る人が居ないので仕方なく、それとは無しに私が何となくの説明を英語でしたり、英語での質問事項を日本語で訊いたり通訳みたいな役割をする羽目になり、まるでツアーガイドの私。

案の定、お酒の試飲を楽しんでたら「(仕事もしないで)お酒呑んでないでさっさとこっち来て通訳の仕事して下さいよ」みたいな態度で示されたので苦笑しつつ、「スミマセン、私もツアー客なんです」と言ったらひどく恐縮された。

やっぱり「ガイジンツアー」に純粋な日本人がいるって凄く珍しいんだろうし紛らわしいし、ある意味、日本人のツアーガイドさんにとっても心地悪いと言うか、やり難い場面もあったりするかも知れないなぁ〜なんて、ちょっとした申し訳なさみたいなものも抱いたりして。


いずれにしろ試飲させて貰った数種類のお酒のうち、勿論、好みには個人差があるものの大多数の外国人に評判が良かったのはやっぱり「にごり酒」ではなく、サラッと透き通って白ワインのような口当たりの吟醸酒と、あとは梅酒も一部の人々に人気だった。


ようやくホテルに到着して楽しみなのは勿論、晩ご飯。


がしかし、この日は珍しく夕食の時間まで少しだけ余裕があって、部屋に用意された夜着と言うか、和風の部屋着に着替えて夕食のバンケットホールに向かうよう勧められたものの、それが何とも垢抜けない「肌色の作務衣」に「えんじ色のちゃんちゃんこ」のセットで興醒めしてしまった。

シンプルに(白地に藍色の柄を染めた、とか典型的な)「浴衣」と「丹前」とかのセットならば大喜びで着て行ったんだけど。残念。

お料理は一応「和食」なので楽しみにしていたものの、刺身も天麩羅も無くがっかり。

妙に手の込んだ和風のお料理の数々は日本人の私にとっても「?」な感じで、テーブルを共にした日本通の米国人女性をはじめ、オーストラリア人のシニア夫婦、ベジタリアンのインド人夫婦にとっても更に「???」な感じのお料理のてんこ盛り。

なので当然、彼等の質問攻め(「コレはなぁに?」とか「コレはどうやって食べるの?」とか諸々)に遇う訳だけど、お給仕をするホテルの従業員たちのほとんどは英語が解らず。

海外からの外国人ツアーを受け入れるホテルなので、ある程度、国際的な環境やサービスを想像したものの、現実とのギャップは激しく。

勿論、私も出来る範囲での説明をしたり、便宜的な補助をしたつもりではあるけれど、限界があるし、私の仕事でも無いし。

都会でない故の洗練されてない野暮ったさと言うのは、かえってそれが魅力だったりする場合も多いのではあるけれど、世界中からやって来る観光客を相手にしたサービスをビジネスとするのであれば、ある程度、世界基準のニーズを知ることも必要かと思う。

最低限、料理の原材料には何が使われているだとか、どうやって調理されて、どうやって食べるのかとか、好奇心旺盛な海外からの観光客に対して説明出来るくらいの英語力とか、ね。

あとはテーブルにペーパーナプキンは最低限必要ですから!

まぁ、飽くまでも私的な視点からの個人的な感想ではあるけれど。


2012年7月28日土曜日

熱いロンドン

モントリオール市街へ行ける通勤電車の無料定期券が9月いっぱいまである、と Davidから言われ、だったら使わないと勿体ない!と思い、急遽、当ても無く市街へ遊びに出掛けようとかと思ったんだけど。

食材の買い出しだとか、銀行へ行く用事だとか、地元図書館に行きたかったりもしたので、思い立った市街行きプランは来週まで延期にした。

これまでの経験上の私的ジンクスでは、軽い思い付きで行動すると予定外の失敗に見舞われる、って可能性も少なからずあったりするような気もするし。まぁ場合にも依るんだけど。


市街へ出掛けなかったお陰で、ロンドン・オリンピックの開会式をライヴで観ることが出来た!


実はすっかり忘れてはいたんだけど、4年に一度のイベントだし、出来れば観たいと思ってたから、今日の遠出は潜在意識的に阻止されたのかも?なぁんて思ったり。

ロンドンとの時差が5時間前後のお陰で、開会式の生中継はモントリオール時間の午後4時から、カナダの"CTV"チャンネルで観ることが出来た。

熱狂的なオリンピック・ファンと言う訳ではないので、競技も開会式の模様も、欠かさずに観るって訳ではないんだけど。その証拠に、前回、中国の時の開会式の模様とか通しで観た記憶が無いし。ってのはまぁ、開催国との時差の関係も大なのだろうけれど。


いずれにしろ、オリンピックってのは私にとって壮大な人間ドラマ過ぎて、いやぁ、もう色んな場面に感動が散りばめられ過ぎていて、つい感情的になり過ぎてしまって思わず涙腺が緩んじゃう場面多過ぎ。

オープニングのセレモニー/開会式を観ていても、各国の選手団が入場行進する場面で、世界の国々から大勢の選手たちが誇らしげな笑顔を浮かべて、自国の旗を片手に堂々と行進する様を観て感動してしまった。

各国代表として厳しい試合を勝ち抜いてオリンピック会場まで辿り着いた選手たちは、既にもうそれだけで皆がみんな金メダルものって感じで。

皆よくやったね、良く頑張ってここまで来たね!

特に名も知られていない小さな国を代表して、2人とか5人とかの少数な選手団だったりすると余計に。

数百人の選手団から成る大国に比べたら、施設や練習場だって充実してないかも知れないし、コーチ陣だって豊富にいないかも知れないし、経済的な支援も少ないかも知れない。

それぞれの選手が置かれた多様に異なる環境の中で、それぞれの生まれ持った資質を活かして、夢を信じて頑張り続けた成果がオリンピック。そんな気がして。

なので私的には、どこの国がメダルを幾つ獲ったか?なんてのは、もう殆どどうでもいいくらいに二次的な事だったりする。


それでもまぁ、入場行進の中継で"CANADA"の選手陣が場面に登場すれば「イェ〜い!」って感じに盛り上がったりはするけれど、勿論。(←基本ミーハーなので)

だから当然、"JAPAN"の選手団が登場するのも辛抱強くTVの前に座って待ってたんだけど。

"ITALY"、"JAMAICA"と紹介されて、あぁ次だわ、次っ!と待ち構えてたのに、ほんの1〜2秒の画像で場面は"JORDAN"選手陣に変わり、日本は国名や旗手名や選手団の人数紹介のテロップさえも(カットされて)映らなかったからビックリ、、、ってかガッカリ。

余りにも予想外のカットに唖然。

半ば放心状態で「CTV、ニホンをカットしたよぉ〜!」と何度も叫んだら、Davidがいかにも申し訳なさそうに「カナダを代表してお詫び申し上げます」ってので笑ってしまったケド。


いずれにしろ、各国代表の選手団を見てるだけで、その国々の民族衣装的なものが見られたり、国旗や民族衣装を反映したデザインのそれぞれ個性的なユニフォームが見られて楽しかったり、選手たちの骨格や体型、顔立ちに見られるその国ならではの特徴が興味深かったり。

あとは選手たちの表情とか動作や行動なんかにも国民性が見て取れる気がして、カナダの選手団の中には、カラダの大きな男性選手たちの何人かが小柄な女性選手たちを肩車してたりもしてて、本人たちが誰よりも一番楽しんでる光景は、いかにもカナダらしく微笑ましくもあり。

と同時に、「これってもし日本人選手団の誰かがしたらどうよ?」みたいな事を考えてしまうのはいつもの癖で。

この辺りには今でも大きな文化的ギャップを感じる。個人的に。

カナダでは主観的に自分が一番楽しく幸せな事を尊重するとしたら、日本では客観的にまず「他の人の目から見た自分がどうあるべきか?」を尊重するよう子供の頃から社会に教育されてる気がするので、特にオリンピックのような晴れの舞台で「他の選手たちと一緒に揃って行進するよう」指示されているであろう中、「選手同士での肩車」ってのはまずあり得ないだろうしタブー視されるんじゃないかなと想像する。飽くまでも想像だけど。


余談で、カナダみたいに多国籍多民族な国家で暮らしているお陰で、それこそ日常的に色んな文化的背景を持った異国出身者たちと出逢ってかかわり合う訳なので、カナダで知り合った全ての友人、知人、ご近所さん、趣味仲間、クラスメイト達、と色々含めると、それこそ合計で何カ国に渡って知り合いがいるか見当も付かず。

入場行進で紹介される色んな国を見れば、自然とその国に因んだ、過去に交友のあった人々も含め、懐かしい顔触れが次々と脳裏に浮かんだりするから面白い。

彼等も皆TVの前に釘付けになりながら、今現在暮らすそれぞれの土地で、それぞれ自国を誇らしく応援するのかな、なんて想いを馳せる。

彼等の多くが、自分の出身国を応援する傍ら、現住地の国も応援したり、配偶者の国や、成人した子供たちが赴任中の国や、または成人した子供たちの配偶者たちの国々もそれとなく心の中で応援するような状況もあったりして、国際化した近頃の社会では皆、応援するのも忙しかったりするんだろう。


私がオリンピックの最中に最も見苦しく感じるのは、自国の選手やチームがメダルを獲ることに捕われ過ぎて、応援する気持ちに熱狂し過ぎて、相手国の選手やチームが失敗することを望むような発言や発言をする人々。

国に拘らず全ての選手たちが正々堂々と本来の力を発揮すべき場所がオリンピックであるならば、どの選手にも、辛い日々を頑張り抜いた成果を発揮出来るチャンスであるべきだと思う。

誰も後悔する事の無い、見事な試合をして欲しいと願う。


私自身その昔、テニスの選手であったし、規模は小さくインターハイとまでも行かず県大会でのベスト8が最高ではあったにしても、それでも未だに覚えている、忘れられない試合の「後悔の一瞬」ってのを引き摺ったりしてるから、それがオリンピック選手ならば尚の事、ほんの一瞬のミスや迷いで試合を棒に振る事なんかがあったりしたら、その後ずっと悔やんだり恨めしく思うような人生を送ることだってあり得るんじゃないかと想像すると、それは余りにも可哀想過ぎて胸が痛む。

そういう意味では、種類は違うけれども、ギリシャ代表で三段跳び選手の女性がツイッターでの人種差別発言を理由に出場失格になってしまったことは、とても残念な結果だと思う。


あとは今年がミュンヘン・オリンピックでのテロ事件からちょうど40周年と言うこともあり、捕虜となって殺害されたイスラエル代表の選手やコーチ陣や、巻き込まれた関係者たち11名を正式にオリンピック会場にて追悼する機会を望むカナダ他の国々からの声が強くあったらしい。(IOC側の反発を受け拒否されたらしいけど)

平和の象徴オリンピックではありながらも、運営委員会ってのはまた別のレベルみたいで国益だとか力関係だとか人種問題だとかの歴史や軋轢、確執なんかが見え隠れしたりするのは残念。


いずれにしろ、カナダから参加してる代表選手たちは総勢277名だそうで、全ての選手の顔写真が新聞に大きく載ってた。

日本からは293人でカナダとほぼ同じくらい。

米国と英国はそれぞれ530人と541人だそうだからもう、メダルの獲得数が多いとしても納得。

出来る事ならば、代表選手が2人とか3人とかの国々に頑張って貰って、人々の先入観いっぱいの予想を裏切るかたちで夏のゲームを面白く引っ掻き回して欲しい、ってのが私の個人的な希望♪


でもって、今夜はBBQで焼いたチキンにピタ・パンとガーリック・ハマス、それに沢山の野菜で中東風?な夕食。って、オリンピックにあんましカンケー無いケド。だはっ。







2012年7月25日水曜日

溜まった新聞

日本での夏休みから戻って1週間。

時差ボケを装って未だまったりと呑気に過ごしてるうちに、今度はちょっとした「ホームシック鬱」みたいなのに襲われて気分がダウンしてる感じ。

私にとっての「ホーム」は勿論、ココであり、私と私のパートナーと子供たちと日常の生活がある場所である、、、って定義には揺るぎないんだけど。

それでもやっぱり日本での滞在を振り返って見ると、それは余りにも夢のように短か過ぎて、特に私の脳裏に焼き付いた、あの日本のマーパーマーケットでの新鮮で豊富で、私にとって馴染みのある溢れんばかりの商品たちが整然と並べられた店内を思うと、まるで殺伐とした風にしか思い出せない北米での地元のスーパーマーケットへ出掛けて行く意欲も湧かなくて。

だってココにはヤクルトもカルピスもチーズイン・ウィンナーも売ってないし、鯵や秋刀魚や鯖やししゃもやたらこみたいに焼くだけで美味しく食べられる新鮮な魚も並んでないし。

買って来てそのまま食べられる天麩羅だとかコロッケだとか煮物だとかのお惣菜コーナーもなければ(いや、お惣菜コーナーはあるが置いてあるモノがまるで違う、、、クスクスのサラダとかピザとかロースト・チキンとか)、美味しいお惣菜パンが豊富に並んだベーカリーも備えてないし(これまたベーカリーはあるが焼いてるパンの種類がまるで違う、、、オリーヴ・パンとかクランベリー・パンとか。サンドウィッチ類は惣菜コーナーで売ってるケド)。

そんな無いモノづくしの生活にもすっかり慣れて、充分に楽しんでた筈なのに。ちょっと逆行しちゃった感じ。

ココにはチョコレート・ミルクやアトランティック・サーモンやロースト・ターキーや、本場のベーグルや豊富な種類のシリアルや、日本には無い美味しいものだっていっぱい溢れてる筈なんだけどね。

今はちょっとイジイジと無い物ねだり週間、みたいな。

*トロントを発ったばかりの上空*


それはそうと、留守にしてた3週間分の地元紙をとっておいて貰ったので、まとめて一気に目を通した。

不在の間に起こったような出来事は、一応、把握しておきたいし。


幾つかの印象に残った記事:


- Girl from Ipanema' is 67 as bossa nova turns 50

ボサノバの中でも大好きな曲の一つ「イパネマの娘」には歌詞のモデルとなった実在の女性がいて、彼女は今年67歳なのだそう。

彼女:Heloisa Pinheiroさんは金髪の長い巻き髪をした、華やかで美しい女性で思わず写真に見とれてしまった。

今度から「イパネマの娘」を耳にする時にはいつも彼女のイメージを思い浮かべそう。



- Yahoo hiring shows progress for women

"Yahoo"の新しいCEOとして迎えられる事が決まったのは、最近まで"Google"の役職に就いていた"Marissa Mayer"さんと言う37歳の女性で、しかも10月に出産予定の妊婦であると言う衝撃。「ガラスの天井」を破る快挙。

年齢にしろ、性別にしろ、妊娠にしろ、いったい何がどうなったらそんな凄いことになるのか?素晴らし過ぎて、単純な私には想像もつかない。

結婚して都内で就職活動した当時『とらばーゆ』で女性の採用募集してる条件要項には大抵「22歳くらい迄」ってのがあってゲンナリしたんだけど。

女性を年齢で制限する文化、日本でも少しは変わったかな?



- 12 dead, 59 wounded by gunman who told police, 'I'm the joker'
  (Denver victim had close call in Toronto)

映画『Batman』の最新作"The Dark Knight Rises"は、話題の超大作でもあることから日付が20日(金曜日)になったばかりの零時過ぎからの劇場公開になって、熱狂的なファンは仮装して観に出掛けたり、ちょっとしたパーティ気分的な盛り上がりを楽しめる事もあり、うちも Davidと Kaitoが二人して深夜からの映画を観に行こうか?なんて話してた。(結局は延期にしたけど)

事件の内容は衝撃的過ぎて、この頁では書き尽くせないんだけど。

個人的な印象は、「またコロラド州なの!?」ってのと、あとは深夜から公開の、重くて暗くて暴力的な内容の映画に「なんで子供連れなの!?」って疑問。

被害を免れた目撃者の中には4歳の幼児と、生後4ヶ月の乳児を同伴してた25歳の女性ってのもいて驚かされた。

犠牲者の中には6歳の子もいたのが痛ましい限り。

犠牲になったスポーツ・ジャーナリスト志望だった若い女性は、最近起きたトロントのショッピングモール"Eaton Centre"でのストリート・ギャング間の抗争襲撃事件では、たまたまそこに居合わせたものの危うく難を逃れたらしかったのに、短期間のうちに2つの襲撃に巻き込まれて、その二つ目で命を落とすことになるなんて。

トロントの時には
<"odd feeling" made her walk out of the shopping mall just minutes before shots rang out>
と、妙な予感に救われた彼女だったのに、Denverの時にはまるで彼女の"guardian angel"がふとよそ見をしてしまったみたいに。

最初の襲撃事件を運良く逃れた彼女が書いた言葉
<"I was shown how fragile life was… I was reminded that we don't know when or where our time on Earth will end.  When or where we will breath our last breath.">
ってのが今となっては、ある意味、説得力があり過ぎてとても皮肉。

彼女の死について彼女の弟がツイッターで"tweet"した内容が記事の最後に載ってて、何だかその軽さに情けない気分になった。

もう何でもかんでも"tweet"する必要は無いと思うんだけど。特にそれが人の、自分に近い人の死ならば余計に。



- Obituary of S.M. 1968-2012

そして最後は、Davidの同級生の訃報。

Hudson高校でのクラスメイトで、現在は米国シアトルに在住だった彼は、参加中の「鉄人レース」で自転車の後、水泳中に何らかの発作を起こし亡くなったらしい。

享年44歳。



人生が脆く、予期せぬものであることを思い知らされる。




2012年2月15日水曜日

Adele

*Slightly overweighted?  Who cares!
She is a SINGER, not a fashion model.
I just wish that she quits smoking though.*


グラミー賞、TVでは見なかったンだけど、Adeleが複数の賞を受賞したそうで、まぁ誰もが予想した通り、、、って感じかな。

私が初めてAdeleを知ったのは「Saturday Night Live」で、彼女がミュージック・ゲストとして出演して(ホストは誰だったかな?思い出せないケド、今)アルバム「19」の中からの2曲「Chasing Pavements」と「Cold Showlder」を歌った時。

「Adele? 誰だろ? 知らないなぁー」そんな感じに興味なく見てたけど、ひと度、歌い出した彼女のその独特の声のパンチと歌唱力に、俗に言う「雷に打たれたみたいな衝撃」ってのを受けた。

速攻でCD買ったけど「まさか19歳?」ってのは謎のまま。

新しいアルバム「21」が出て、それも即座に買った。

2枚目のアルバムにも期待は裏切られなかった。


彼女の若いエネルギーとまだ世間擦れしてない純粋な性格的な可愛さと、インパクトのある大きくて深い瞳と整った顔立ちも、彼女の音楽と共にとても魅力的。


カール・ラガーフェルドの失言を発端に、色んな人があちこちで「アデールはちょっと太り過ぎよね!?」とかって言うのを見聞きして、何だかゲンナリ、そして唖然とさせられる。

それって何ら彼女の「音楽家としての"Quality"」に関係があるの?

とてもナンセンスな指摘だと思うンだけど。

まさに、違う畑で穫れた違う野菜を比較するみたいな基準で。

仮にパリコレで活躍するファッション・モデル達にAdeleに匹敵するくらいの音楽センスや歌唱能力が無くても、誰も彼女たちを批判したり皮肉ったりはしないと思うンだけどな。


Adeleに対する私の懸念は、彼女の喉。

声帯の手術を受けた彼女には是非、煙草を止めて欲しい。





2011年4月22日金曜日

『Etsy』を巡って感じたこと

日本では大規模な自然災害があったり、アメリカではObama氏が苦戦しつつもドルは低迷してたり、カナダではインフレが進んで、昨日の新聞によると「1/3 of all Canadians can't pay their bills on time」と言う見出しで、「A third of Canadians short on money」、実際には8%程度の人々が、電気やガス、水道などの請求書の支払いに遅延したり滞ったりしてるらしい。

そんな中、北米市場で大きな影響力を維持してるのが小売り業界の怪物『WAL-MART』で、顧客の大多数が低所得者層という現実の中、コストの低い安価なMade in Chinaの大量生産された商品を格納庫みたいにドデカい空間で売りさばき大量消費させる、そんな構図。

『Etsy』は、そんな流通システムの対極として生まれたんだってこと、改めて再認識した。

地球の何処に住んでいても、独創的なデザイン力と手先を使った創造力があれば、あとはインターネットのアクセスだけで、自分だけのオリジナルでユニークな「商品」を世界中の人々に提供することが出来る。

その発想は、クリエイティビティはあってもそれを現職では活かせない人や、外で働ける環境にない人、例えば乳幼児がいたり、都心部までの交通が無かったり、そういった、特に多くの女性たちにビジネスに携わる機会を与えたんじゃないかなと思う。

売り手は、手先の器用さや芸術性を活かして、独自のビジネスを確立して自立する生活力を得て、買い手は、『WAL-MART』で大量に売っている安くて直ぐに飽きてしまうJunk商品ではなく、妥当な値段で独自性と希少性のある「One of a kind」的な付加価値を持ったアイテムに満足度を手に入れることが出来る。

しかも、売り手と買い手との間に、直接的な「会話」(ネットを通じて、ではあるけれど)がある部分では、かつての古い時代での「商い」の基本がそこにある気がする。

そして、今のところ私は「Buyer」に徹しているけれど、これまで世界の色んな国々の「Seller」たちからの商品を購入して、改めて凄いなぁ〜と感心するのが世界中を網羅する郵便システム。

カナダ国内や隣国のアメリカは勿論、イギリス、スイス、イスラエル、中国などの遠方からの商品が、ちゃんとうちの玄関先の郵便受けまで配達されて、手元に届くから驚く。

当然と言っちゃ当然なのかも知れないけれど、でも、よくよく考えてる見ると夢のように素晴らしいサービスだと思うのよね。

そして更に思うのは、今後インターネットを介して世の中がどんどんとグローバルになる状況において、世界の共通語はやっぱり英語なんだという現実。

『Etsy』と言う「グローバル・マーケットプレイス」に参入してる、母国語が英語では無い各国の人々が、それぞれ完璧では無いにしろ、英語を駆使してビジネスを展開する様子に彼等の逞しさのようなものを感じる。

最早、英語が出来ないことには話にならないのかも知れない。

*Etsyで購入した最新のMetal Charms*

たまたまビデオで見た『Etsy』の創設者が若くて、フツーの大学生みたいでビックリした。まぁ想像はしてたけど。

いずれ、GoogleとかFacebookとかみたいに、何処まで大きく化ける事が出来るか?興味津々。

2011年3月16日水曜日

プロは飽くまでも冷静に仕事を遂行すべし

なんでも、計画停電を発表した電力会社の記者会見場に集まった記者たちの中には、とても「ジャーナリスト」とは思えない発言&態度の人々がいたそうで。

感情的になったり、興奮したり、激高したり、攻撃的になったり?



折しも、素晴らしくプロフェッショナルな仕事をする英語記者@NHKの報道ぶりに感銘を受けていたところ。


日本からの情報が激しく限定される環境にあって、有り難い存在の「You Tube」で見つけた日本発信のニュース映像の中から、私が最も「洗練された報道」として感動したビデオ。


うーん。まさにプロフェッショナル!



何しろ、あくまでも冷静沈着で表現が簡潔でいて的確。

その状況での言葉選びにそつが無く発音が明確。

合間に「Ahhh」だとか「Ummm」だとか無用な発声が無い。

しかも滞ることなく始終、有益な情報を継続的に伝え続ける。

↑これって本当に凄いことだと思う。

(私なんて、映像を見ながら独りで興奮して「Oh my god!」とか「Geez!」とか「Oh no!」とかを連発してました)←パニックし易い


因に、同じ状況のビデオで日本語の記者は、必要以上に興奮して鼻息が粗く、ムダな音声(「あぁ〜」とか「おぉ〜」とか)も多く耳障りで聴き難かったです。


なので余計に、この英語記者はただ者では無いっ!と思う。

2011年2月5日土曜日

家の中の「野生」

*振りすさぶ雪の中で空間の”気”を感じるTrixieの図@裏庭*

うちにはTrixieと言う名の犬がいるお陰で、犬の生態についてはとても身近な課題で、普段の生活の中でさえ色々と興味深い新しい発見(予想外の行動に出たり、意味不明の行為をしたり、理解不能な癖があったり、等々)が尽きず、だからこそ「犬との共同生活」は(謎が多くて)楽しいって感じ。

近所にも、家族の一員の中に犬のいる家庭ってのがかなり多くて、だからTrixieと散歩に出掛ける度に、犬を伴ったご近所さんに出くわすって頻度が高い。

犬同士での社交ってのも勿論あるから、それぞれの犬同士での挨拶の仕方とか性格の違いとかってのもその度に違って、観察するのも楽しかったり。

それでも基本は、お互いの「お尻のニオイを嗅ぎ合う」って事。

何でも「お尻のニオイ」にはありとあらゆる「情報」が凝縮されてるらしく、互いのニオイを嗅ぎ合うだけで、相手の大まかな年齢だとか、体調とかの諸々を知り合うらしいのは凄いなぁ〜と思う。

確かに「その辺りのニオイ」で普段の食生活(ナニ喰ってんだぁ〜?とか)とかは察知できるかも?なんて気はするケド。

まぁ試したくはナイけどね。(当然か。。。)


余談で、
イギリスだったかスコットランドだったか?(記憶が曖昧なのは最近の私の傾向)の老人施設に住み着いてる、これまた年老いた猫がいて、その猫には特殊な能力があって、死期を直前に迎えた老人を察知するらしい、との事。

なので、ある日、その猫がとある老人の傍らに寄り添って寝ている場合、その老人は翌日に亡くなったりするらしい。

最後のお別れ、、、と言うか、お見送りをしてあげる猫。


そんな折り、火曜日の新聞で見つけた記事。

『'Lab' (Labrador-Retriever Dog) can sniff out bowel cancer as accurately as high-tech diagnostic tools』
(ラブラドール・リトリヴァー犬は、先端技術の診察機と同等な正確さで腸の癌を嗅ぎ当てることが出来る)

何でも、人間の「口臭」と「便」のサンプルから、かなり正確な確率で癌患者(多分この場合、直腸とか大腸の癌)を嗅ぎ当てるらしい。

しかも、この記事元がパリで、研究者は何と!日本の九州大学@福岡ってことで、余計に私の関心を引いた訳なんだけど。


やっぱり野生動物(犬&猫含む)の嗅覚とか、人間の及ばない感覚的な能力とかあるんだろうなぁ〜と感嘆させられてしまう。

それに比べると人間は、随分と「野生では生きられない」種類の生物に退化してるんだろうなぁ〜とか思う。

iPod無いと勉強が捗らない、、、なんて若い子もいるらしいし。


そう考えると、家庭の中にTrixieがいる状況は、ちょっとだけ野生との共存みたいな部分が少なからずあって、だからこそ欲するのかもね?とか思う。

「愛玩動物」って位置付けとは一線を画したい、そんな感じ。


2010年10月24日日曜日

Ryuichi”教授”Sakamotoへのリクエスト

*Théatre Outremontの正面入り口*

坂本龍一氏のピアノ・コンサートの演奏内容に不満は無いものの、一つだけ気になることがあるとすれば、それは観客とのコミュニケーションかも。

演奏の合間に拍手があると、彼は軽く頭を下げ会釈し、そして、アンコールの合間にステージを後にする際には、両手を胸の前で合わせてお辞儀をしていた。

音楽以外での彼の意思表示は全てフィジカルなものだけで、彼自身が音声を発し言葉で表現するのは皆無だった。

それが、私にとってはとても残念に感じた。

だって、演奏家と観客とは言え、ファンであればそれなりのコミュニケーションを望むのは自然の欲求じゃないかな?

果たして、彼がどんな挨拶をするのか?どんな言葉を発するのか?楽しみにしていたンだもの。

前回行ったJohn Mayerのコンサートや、多分、他のどんなアーティストでもそうだと思うけど、ファンに対するリップサービスは、それなりのお金を払ってチケットを買い、それなりの労力を伴って会場へ向かい、それなりの時間を費やして限られたひと時を共有しようとするファンに対する労いのようなものだと思うし、ほんのちょっとしたひと言が大きなインパクトを与えるくらいファンにとっては意義のある、真摯なプレゼントだと思う。

「今晩は。今夜はお越し頂いてありがとう」とか、
「楽しんで下さい」とか、
「僕も楽しめました」とか。
英語でもフランス語でも、或は、その両方でも。

おまけに
「モントリオール最高!」なんて言ってくれたらトドメで、ファンの心を鷲掴み間違いナシ!だと思うンだけどなぁ〜。

特に北米では、『言わなくても解ってくれる』文化は無いし。

やっぱり気持ちって、言葉にして伝えないと勿体ない。

それがほんの『Thank you』でも、『Merci』でもいいから、せめてひと言、リアルな声を観客に向けて発して欲しかったな。



2010年8月5日木曜日

2本の傘と文化的ギャップ

最近、夕方になると夕立ちで激しい通り雨になる日が多い。

典型的な夏の気候。

月曜日も、私がキッチンで夕食の支度をしながら、そろそろDavidがバスで帰って来る頃かな?なんて思ってたら、急に暗くなって激しい雨が降り始めた。

バス停まで、ほんの50m程度だけど「この土砂降りでは絶対にびしょ濡れになってしまうなぁ、どうしよう?」と思った矢先、Kaitoが

「ダディを迎えに行ってあげた方がいいよね?」

と思い掛けず

「僕が行くから、傘、2つある?」

って以心伝心みたいに。

それで、私の大きめの傘を2つ持たせてあげた。


DavidとKaitoと、二人で仲良く傘を差して帰って来るかと思ったら、意外にも、市バスの運転手のおじさんがバス停でハチ公みたいに主人の帰りを待つKaitoを乗せてくれて(無賃乗車!)、運行路じゃないうちの通りを走り、わざわざ家の前(勿論、バス停じゃないし!)で停まって二人を降ろしてくれたらしい。

運転手のおじさんの好意と、ルール無視のその柔軟性にびっくり!

まぁ、小さな島の小さな町の小さな公共バスではあるけれど。
(通勤電車の最寄り駅までの乗り合いバス、って感じかな)

でも、こういう人間味に溢れたフレキシブルなサービスって、やっぱりさすがに北米!って感じがする。

日本は何でも『マニュアル通り』が基本だから。

『マニュアル』を越えたサービスって、日本ではなかなか得られないし、いかにも容易で可能に見えるリクエストをしても、大抵の場合

「申し訳ありませんが、それはちょっと難しいンですよねぇ〜」

って断られるので、そういう「マニュアル破りを恐れる」ロボット的なサービスに愛想を尽かしつつも慣れてしまった感アリ。

まぁ、そういう部分をも含め『文化的相違』と言うんだろうけど。

2010年7月22日木曜日

Cesar Millanの離婚

うちにもあるCesar Millanの本

犬のいる家庭の本棚に1冊くらいあるかも知れない、米国で人気のプロのドッグ・トレーナー:Cesar Millan(シーザー・ミラン)の本。

或は、彼のTV番組シリーズ『Dog Whisperer』のDVDとか。

単純に「犬の躾け方」を説くのではなくて、犬の行動をサイコロジー的に捉える独自のメソッドで、どんな問題犬も、本来の犬ならではの性質を取り戻しハッピーな精神状態を保てるよう、飼い主(人間)たちの意識を改善し教育する手法には説得力があるし、アメリカン・ドリームを実現したメキシコ人ならではの、陽気でエネルギッシュな個性が、ちょっとアクの強い顔とアクセントのある喋り方に相まって、何とも言えない人間的魅力を醸し出してる”キュート”な存在だった。(←何気に過去形)

番組の中に時々、アシスタントとして奥さんやお子さん達も登場させて、いかにも”ハッピーファミリー”って感じだったのになぁ〜。

16年間の結婚生活に終止符を打つらしい。

なんかショック。

まぁ、離婚の本当の理由なんて、他人には解らない事だけど。

でもやっぱり何となく、ハリウッドの典型みたいに思える。

Fame and Money... 知名度とお金を手に入れたら、次に欲しくなるのはやっぱり『トロフィー・ワイフ』なんだろうか。。。

ちょっとがっかりだよ、シーザー。


2010年7月11日日曜日

英語が喋れないカナダ人

バルコニーから見下ろした今日の裏庭の風景

今朝、予告も無く玄関に現れたJade。

Jadeは近所に住むFrancophoneで、Erikaの友達。

(名前の発音は「ジャード(ゥ)」って感じで、例に依って例の如くフランス語をカタカナ表記するのは全く以て不可能に近い!)

なんでも彼女の両親が、地元で開催中のフェスティバルにErikaも一緒に連れて行ってくれるそうで、誘い&迎えに来てくれたのだった。

朝寝坊していたErikaを急いで起こして、15分で支度を済ませた彼女を送り出したら、ちょうどJadeの両親が車で来たので挨拶したけど、彼女のお母さんが英語を話せる人でほっとした!

何しろ、Jade自身は英語がまるで解らないそうだから。

私の”初級フランス語会話力”だけでは太刀打ち出来ないもの。

ケベック州には英語系の学校と仏語系の学校とがあって、それぞれ面白い典型的な特徴がある。

それは、英語系の学校に通うErikaは仏語も話せるけれど、仏語系の学校に通うJadeは英語がまるで話せない、、、ということ。
(因に、ケベック州では、特別な理由や口実が無い限り、子供たちは否応無く仏語系の学校へ入れられる)

ケベック州政府の魂胆に悪意さえ感じる。

つまり、仏語しか話せないFrancophoneをケベック州内に留めて置きたい方針って感じ。

飛べないように小鳥の羽根を切るみたいに。。。