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2017年5月31日水曜日

きんぎょ金魚キンギョ


アイテムとしての金魚が大好きなのは、
やっぱり日本人ならではなのかどうか。

特に夏が近づく頃になると
思い出したかのように気になる存在感で。


Etsyで購入した金魚が届き
嬉しかったので、
これまた最近買ったばかりの陶製の器に入れて見た。



そして金魚を使ったミニ額の作品。


ミニアートのサイズは 5" x 7"。


キャンバスの縁をペイントして仕上げようかと思い、
久し振りに画材店に出掛けた。

Mixed media用の絵の具が人気の様子で
レジンとかパステルとかメタリックとか、
面白そうな効果に仕上がる絵の具の新製品が豊富にあり
楽しくなってしまった。

最近は Fiberartばかりで絵を描いてないけれど、
久し振りに何かしら表現してみたいような欲求が沸々と。

試しに幾つかの種類で綺麗な色を買って来た。


そして、絵の具にはまるで関係ないんだけど、
画材店に何故かこんなモノも売られていて。


やっぱりコレは買ってしまうでしょ〜〜〜ぅ。


だって、
その名もずばり "Goldfish in a Bag"(←まんま)な石鹸。

まるで夏の縁日の金魚すくいで貰って来ました♪みたいな。

フツーのグリセリン石鹸にしては高価だったけど。

中に入って固められたプラスチックの金魚が
ホンモノみたいに見える雰囲気で。

郷愁のツボにぐっと来た、、、って感じ!?

家に帰って Erikaに見せたら意外にも
「コレは買っちゃうよねぇ〜♪」
と賛同された。

そ、そ、やっぱり、そうよね。
と改めて納得。


そして昨日、Textile Centerの図書館では
図書館員のナンシーさんから
「ちょっと手伝って欲しいんだけど」
と呼ばれ、
何か持ち運ぶお手伝いかと思って行って見たら
そこには日本で出版された日本語の手芸本が積まれていて驚き。


何の事はない、ちょっとした翻訳の手伝いだった。

さすがに日本語だけの表紙では題名や内容が謎だったらしく、
まぁ写真から想像が付くのではあるけれど。

「ふわふわぬいぐるみ」とか
せっかく可愛らしく形容されたものを中心に
簡単な英語で解説して来た。


「ちりめんの端切れで作る小物」の本とかもあり、
ちょっとだけニュアンスは違うけれど、
「端切れ」が最近、英語圏では "Boro"の通称で浸透しつつある。

多分、古い和布のハンパ生地を指していて、
北米のキルト作家たちが好んで使う背景もあるのかと思う。


席に戻ると、テキスタイル仲間が私に雑誌を見せてくれて、
とっても興味深かったんだけど、
それはドイツで出版されたドイツ語の雑誌だった、ってオチで。

素晴らしくインターナショナルな時代に生きられて幸せ♪


2016年7月25日月曜日

多言語+水彩タッチ

何だか忙しい一週間だった。

Kaitoの誕生日があったり

カナダから Davidの姉:Lizが泊まり掛けで遊びに来たり

この家のオーナーが屋根の補修に伴って打ち合わせの為、来訪したり。


Kaitoは19歳になった。


Lizはカナダのブリティッシュ・コロンビア在住なのであるけれど、夏季休暇に家族揃って4人でモントリオールを訪れ、子供たちや夫が次々と時差式にひと足早く家へ帰ってしまった後に単独、延長でモントリオールに滞在し、帰路の途中ついでに私たちに会う為ミネソタ経由で駆け足の滞在プランで。


この家の(女性)オーナーさんはアメリカ政府の仕事でアフリカのタンザニアに赴任だったのが、最近ローマへの転勤になったそうで、引越しの合間にやって来た。

大雨が降ると雨漏りしてたので、ようやく屋根の修繕に着手するらしく。

Lizの滞在準備に大掛かりな掃除をしたのが一石二鳥のタイミングで。

家の点検がてら他愛のないお喋りで、オーナーさんが仕事柄?母国語である英語の他にフランス語とスペイン語を話すことが出来るのだけれども、新たな赴任先であるローマで、イタリア語を話す際、スペイン語と似通ってる分、混同してしまいそう、と話してたのが印象に残った。

実は私、折しも「スペイン語を新たに勉強してみようか」なんて考えてた。

と言うのも、前日、日曜の晩にメキシコ料理のレストランに行ったから、と言う単純な理由なのではあるけれど。

たまたま Erikaも最近「日本語の練習」をしたいらしく、私に日本語で喋るようリクエストしてたばかりで、もし仮に彼女がスーパー・ヒーロー達みたいにスーパー・パワー(超人力)を得ることが出来るとしたら、彼女は「複数の語学を巧みに操ることが出来る語学力」が欲しいんだそうで、そんな話をしてたばかりだった。


そんなこんなの話には全く関連なく。

Davidが今日、図書館で借りて来た本の表紙デザインが気になったので。

*本:『ファイト・クラブ2』*


水彩画としての色の配置が興味深く、デザインに使って見たい欲求。


色を面として置いて行くような手法を試してみたいと思う。

この場合、多分、フッキングで。










2015年12月15日火曜日

ミニ雪だるま

12月も半ばと言うのに、昨日は朝から雨が降ってました。

ひょっとしてひょっとすると、雪の無いクリスマスなんて事もあり得るかも?

まぁ生活するにはラクで有り難いンですが。

今月支払い分の暖房費も去年の同じ時期と比べてみたら格段に低くて驚いたり。


そんな状況に関係なく、冬景色のシャドーボックス他を作成。



フェルトのボックスは8cm角くらいのサイズ。

小さなスノーマンはニードル・フェルティングで5cm弱。


今日はテキスタイル・センターにて、通称 "Textile Artists on Tuesday"のいつものメンバーで「ホリデー・ランチョン」のポットラックだった。

私は簡単に焼けるチーズケーキのデザートを持参して好評だった。

前回に持参したダコワーズも好評で、それはレシピをリクエストされてたので、そのコピーも持って行って配った。

オリジナルは日本で購入したデザートの料理本だったから、日本語から英語に翻訳するのは私にとってのちょっとした「宿題」って感じだった。

会話で気軽に説明するのと違って、やっぱりきちんとした文章で表現するとなると、翻訳作業は本当に面倒で煩わしくて、あれこれと頭を捻って悩む作業。

そんな作業を本業とする人は本当に大変だろうと思うし、尊敬してしまう。

だって、同じ意味合いでも、表現の仕方は無数にある訳で、どんな言葉を選んでどんな説明にするかは、飽くまでも個人的な世界だから。

おまけに、分量の「g」だとか「ml」だとかのメトリック式を、アメリカではインペリアル式の「oz」や「lb」に置き換えないといけないし。

オーブンの温度は勿論「℃」じゃなくて「°F」だしね。あ”ぁ〜!

とにかく、英語の文章ではいつも Davidに校正して貰えるから助かる。

「赤ペンして!」と頼めば、いつでも快く引き受けてくれるから。

ま、個人的な手紙だとか、友人や仲間同士でのメールなんかであれば、私にとって第二言語である英語で多少の間違い(スペルミスとかでなく)があったとしても、それが私の個性であり、私らしさであるから、まるで問題とは思わないんだけど。

言語に対する認識とか価値観みたいなものには個人差が大きいかと思うんだけど、テキスタイル・センターでの仲間の多くは皆アカデミックで、テキスタイル・アートの傍らに教壇に立って英語や文学や芸術を教えてたりするので、彼女たちと言語や文化関連の会話をするのは興味深く、刺激的で、私にとって勉強になる事も多い。


もうすぐ年末年始を迎えることもあり、気分的に何となく和食材を買っておきたい気がして、テキスタイル・センターの後、『United Noodles』に寄り道。

真空パックで冷凍された「鰻の蒲焼き」をはじめ、冷凍の「ほっけ」だとか「ししゃも」だとか(これらは飽くまでも自分用だけど!)も購入。

おまけに奮発してキューピーの和風ドレッシングだとか、インスタントのしじみやあさりの味噌汁だとか、たらこのふりかけやパスタソース、ひょっとして巻き寿司なんかも作るかも?ってので焼き海苔なんかも購入。

あとはクリスマス・ストッキングに入れる子供たち用の「ちょっとしたプレゼント」のおまけに、日本のお菓子「ハイチュウ」とか「チョコベビー」とかも買ったり♪
(日本へ行った際に食べて好きになった特別な想い出のお菓子って感じ)

そして自分用には醤油味の胡麻煎餅とかうに風味の揚げ煎餅とか。

そんなあれこれを物色してたら、近くに若いアジア系の女性が二人やって来た。

見た目では余り日本人っぽく無かったから特別、気にも留めなかったのではあるけれど、ふと耳に入って来た彼女たちの会話が日本語でビックリ!

思わずタイミングを見計らって「に、ニホンジンですか!?」と訊いてしまった。

何しろ、ミネソタに越して来て以来2年間でのニホンジン遭遇率はとても低く。

多分これは私の年代とか行動範囲の狭さによるところも大きいとは思いつつ。

とにかく、彼女たちは日本からミネソタの大学に留学している学生さんと言うことで、寮生活をしながら心理学などの専門分野で勉強しながら、アメリカ生活を楽しんでるらしく、私は本当に久し振りに他人と日本語での会話をして妙な気がした。

それで気付いて見ると、本当に自然な成り行きで、彼女たちとの会話が英語になっていた訳なんだけど。

なんかそういうのも面白いな、と思う。

例え日本人同士ではあっても、生活語はやっぱりお互いに英語なんだな〜って。

言葉は生活であり、日常であり、環境であり、とても流動的なもの。

だから面白いものであり、大切に扱いものだと思う。




2015年10月15日木曜日

2冊の絵本

先週の木曜日は、この家で初めて「手芸の会」を開催。

と言っても参加者は2名なんだけど。

私のオリジナル「フェルトで作る小さな魔女の家」の作り方を習いたいと言う、ラグ・フッキング仲間の Jayneさんと Janeさん。

共に小学校で低学年の児童を受け持つ教諭を同じ学校でしていた元同僚であり、引退後の現在も仲良しの友達同士ってのは凄いと思う。

時間帯は朝9時からお昼12時までの間の3時間と言う枠で。

お茶とお菓子を準備したり、トイレの掃除をいつもより少しだけ念入りにしたり、家に人が来るって緊張感がいい感じに新鮮だったりする、この頃。

サプライズは、Jayneさんが思い掛けないプレゼントに絵本をくれたこと。


実はこれと同じ本が、彼女の車の中に置いてあって、前回、乗せて貰った際、目に留まり手にしてみたら、これがもう本当に可愛らしいイラストで。

うちにも女の子がいるから、主人公のねずみの女の子:アンジェリーナの本には馴染みがあるんだけど、でも、クリスマスの話のこの本は見た覚えがなく。


薄暗い色の背景に雪が降る町のイラストが何ともいい感じで気に入ってしまった。

そんな感想を正直に言っただけだったのに、彼女の印象に残ったらしく。

心遣いがとっても嬉しかった。

肝心の手芸の時間も、私の予想以上にやる気満々、熱心なお二人で、効率良く手がさっさと動いて驚くほど捗って、お喋りも含め楽しい時間だった。

話が弾んで、この顔触れで引き続きあれこれと違うプロジェクトを、それぞれの家を巡回して試すのはどう?って話に発展し、今後の楽しみに。



それとは全く別の話なんだけど、まぁ「絵本」繋がりってことで。

先週の火曜日に行ったテキスタイル・センターにて。

私が隔週で参加している手芸作家の会のメンバーの中には、とても才能のある芸術家の人たちが多くて、プロとしての肩書きを持った人たちの中に、詩人であり児童文学の作家でもある Mary Logue/メアリー・ローグさんがいるんだけど。

彼女の最新作が出版になったと言うので、見せて貰い、彼女の文章もさることながら、イラストが優しい雰囲気を醸し出す素敵なスタイルで気に入ったので、せっかく作家さんとお友達なのを記念して、私も1冊、宝物的に所有したいと思い、彼女本人に直接、注文しておいたのをメアリーさんが持って来てくれた。

わぁ〜嬉しい♪と思いながら待っていると、何故か勿体ぶって、ゆっくりと取り出して見せる彼女に「ん? 何だろう?」と、不思議に思ったんだけど。

悪戯っぽい笑顔で彼女が取り出したのが、じゃ〜ん♪と、↓この1冊。


え”? あ、あれれれれれ?(←レレレのオジさんみたい)

えーーーっ!?と驚いたのは、その本が「日本語だった」から。


勿論、中のページの文章も全部、日本語で印刷された正真正銘の日本語版。


彼女の本は英語の他、仏語や中国語、韓国語、そして日本語などに翻訳されて各国で販売されるんだけど、それらは数冊ずつ、それぞれの出版社からメアリーさんのところに送られて来るんだそうで。

いやー、正直、この土地でこんな簡単に日本語版の絵本が手に入るとは期待してなかったから、当然、英語版を予想してただけに余計に驚いた。

ほんじゃあ、まぁ、取り敢えず、当初に期待してた英語版も一応、入手しておこう、ってので、それは次回に持って来て貰う手はずで予約。

購入した本に、記念の「サインして♪」ってのはお約束で。

「じゃあ、せっかくだからニホンゴでサインするから、どう書くのか教えて」
と言うメアリーさんに、漢字、平仮名、カタカナのどれが良いか?訊ねたら、
「う〜ん、、、カタカナ!」
と言うので、「お手本」を書いて渡した。


文字通り「サインペン」で、見よう見まねのカタカナでサインしてくれた。


家に持って帰って Davidに見せたら、とっても感心した様子で
「じゃあ、英語版も買えば?」
と言うのでビックリした。

なんだ、夫婦で同じこと考えるんだなー、やっぱり。


いずれにしろ、日本語版では彼女の名前が「メアリー・ルージュ」と表記されてるのが面白い。

それは名前だけでなく、文章の翻訳も、色々な箇所で原作とは違う部分があり。

翻訳は、とても繊細で難しい作業だと認識してるんだけど、それは作家自身であるメアリーさんも同様に認識していて。

と言うのも、彼女自身が英語と仏語とのバイリンガルなので、二つの言語でアイデアが往き来する場合、必ずしも直訳が可能でなかったり、適切な表現が難しかったり、微妙なニュアンスを諦めざるを得ない妥協を強いられたり、と言う場面が多いこと、頻繁に身を以て体験してるから。

この本の原作での題名は英語で『Sleep Like A Tiger』でも、フランス語版は、ちょっと違った言い回しになってるんだそうで、だから「日本語では、どんな意味合いに訳されてるのか?」興味津々だった彼女。

なので『おひめさまは、ねむりたくないけれど』と言うのを英語に訳して教えてあげたら、「ふぅ〜ん、面白い」って感じに納得してた。

実際、英語版の原作ではどんな文章に書かれてるのか?日本語の翻訳版と比較して読んでみるのが楽しみ。。。


それにしても。

日本語での彼女の略歴の部分:

「現在、アメリカのミシシッピ川付近で、詩人のピート・ハウトマンと、二ひきの愛犬と共に暮らしている。」

・・・ミシシッピ川付近で暮らしている。。。って!

随分とまた大雑把な。

ちょっと「住所不定」でヒッピーみたいな印象なんですけど! わはは。





2015年8月31日月曜日

英語版の編みぐるみ本

少し前にミネソタの手芸店で見掛け、誘惑に負けて買った。

かぎ針編みでのあみぐるみの本。

*印刷やレイアウトも可愛い英語版*
< Crochet "amigurumi" Book >


製本の形状(リング)の可愛さに惹かれたのと、

あとは日本の作家さんの本が英訳されて出版されてるのが感慨深く。


何しろ、実はこの作家(おおまち・まき)さんの本は

日本語で出版されたものを既に1冊持っている。

*日本で出版されてる日本語版の本*


実際には未だ何も編み上げてないんだけど。


一度、白いうさぎに挑戦して、

かぎ針編みしたのを成形する段階で上手く行かず放置。

英語版で再度、挑戦したら上手く行くかも?(根拠はナイけど)


あとは、英語版の方が掲載されてる作品の種類が豊富で

ちょっとしたお得感みたいなものもあり。


日本で出版されてる手芸本には可愛いものが多いから、

北米で需要が無いはずがないと確信する。

可愛さの基準が微妙に違って、

日本のデザインには細部の繊細さに特徴があるような。

色合いも優しい雰囲気のものが多いし。

全般的にデリケートな印象は、北米人の目には新鮮に映るかも。


絵本みたいに可愛く仕上げてある本なので、

私にとっての、ちょっとした宝物的な存在の本って感じ。






2015年8月13日木曜日

空耳アワード

さすがに北米暮らしも20年近くなり、日常の会話には殆ど困らないものの、それでもやっぱり子供の頃に英語圏で暮らした経験が無いだけに、発音の鍵となる舌を操作する筋肉が発達してない典型的な日本人で、単語のスペルも発音も頭の中で解ってはいても、それを実際に会話の中で適切な「音」に表現するのが困難だったりするって現実の壁はあり。

多分、その壁は永遠に乗り越える事は出来ないンだろうと諦めてるけど。

さて、外国語を身に付ける別の鍵は、まさに耳となるかと思うんだけど。

正直、日常の会話の中で普通に聞いただけでスペルを判断するのが難しい場合も多くあるけれど、でも実際、それが「L」か「R」か、「V」か「B」か、瞬時に判断出来なくても困る事は滅多に無いから大丈夫。

必要ならば訊けばいいし。


とは言え、自分でも馬鹿馬鹿しいとは思いつつ、それ(←会話を遮って質問する事)が長年に渡って、なかなか出来なかった過去はあるけれど。

人との会話の中で、意味の解らない単語や言い回しがあっても、「あ、それってどういう意味ですか?」とか「解りません」とか言うのがとっても苦手だったのは、やっぱり遠慮の塊で出来た日本人ならではの気質なのかどうか。

解らなくても何となく大丈夫な雰囲気で曖昧な笑顔で繕ってたのは若さ故なのか。

最近は何でも躊躇うことなく訊けるようになった自分は、実際、北米暮らしが身に付いたからなのか、それとも単に歳を取って図々しくなったからなのか、自分でも判らないけれど、知るのも怖い。


取り敢えず、そんな訳で、何処へ行っても誰と話しても、大抵の場合は問題ないのではあるけれど。

いやはや、それでもやっぱり難しいなぁ〜と実感するのが音楽の歌詞。

だって、歌詞に合わせて音楽が重なってるし、発音がリエゾンしたり、あとは単に速いテンポだったり、流行言葉だったりするから。


そんな中、私が CDを掛けてる時に、たまたまやって来た Erikaが何気にその曲を口ずさんで唄ったりするのを見る度、ちょっと聴いただけで歌詞を把握して唄える英語人ならではの能力を本当に羨ましく思って、ちょっぴり嫉妬する。

でもって、愕然とするのが、彼女が唄うのを身近に聞いて、初めて、その歌詞が「私が思ってたの」と全然違うって事実が判明する時。


この間もたまたま "Scary Kids Scaring Kids"のアルバムを割りと大きめの音量で掛けながら手作業をしていたところに Erikaが鼻唄まじりにやって来て。

彼女が音楽に乗って唄い出したのを聞いて

「え”? 何ソレ? 私が知ってるのと全然違うじゃん!」と。

それは、彼等のアルバムの中で唯一、私が余り好きじゃない早口で激しい曲なこともあり、まぁ歌詞にも余り気を配ってはいなかった事もあるんだけど。

*Scary Kids Scaring Kidsの "Snake Devil"と言う曲*


とは言え、

歌の出だしの

"All Systems Go..."

の部分からして、私的には

"All Sisters Go..."
(姉妹が皆、揃って出向いた)

だと思ってた。だはっ。


で、次に

"She Lost a Breath..."

の部分で

"She Lost her Grandpa..."
(彼女はお祖父さんを亡くした)

と聞こえたものだから、もう勝手に「お爺さんが亡くなった話」なのかと。


だから

"Spit You Out like nothing..."

の部分も何故か

"Obituary..."
(死亡広告記事@新聞)

に聞こえ、


"One Heart at a Time..."

は

"One Hundred Times..."
(100回 ←何が100回なのか?は不明だったケド←深く考えない)

って聞こえて、


トドメは

"You've Already done the Damage..."

ってのが、

"You've Already Died Damn it..."
(もうすっかり死んじゃったよ〜、悔しいけど)


ってな感じに、私の中では完結してる歌詞だったんだけど。わはっ。


実際は、レトロな曲で言うと "Hall and Oates"の "Maneater"を彷彿とする内容の歌詞で、お爺さんが亡くなったお葬式の唄って事では全然ナイのは明白。


ま、そんなもんです。

私の飽くまでも個人的で密かな「空耳アワード」は、その後も延々とつづく。。。




2015年7月23日木曜日

浮世絵、Ukiyoe、若しくは Ukiyoé

インターネットで偶然カッコいいものを見つけた。

Star Warsが浮世絵になったイメージ。


これがもの凄く雰囲気的にまんま浮世絵な感じで。


驚く程に浮世絵の世界にハマっていて感心してしまった。


詳しいことを書いてるブログを見つけたのでココに添付。

http://www.spoon-tamago.com/2015/07/13/images-of-star-wars-reimagined-as-gorgeous-ukiyo-e-prints/



元々、鎧兜とか刀とか古い日本から引っ張って来た印象はあったけれど。


私的にはこの路線で何かしらのファイバー作品にしてみたい欲求。

勿論、コピーライトを尊重し、飽くまでも個人的な達成感を目的として。

あとは当然、図柄をそのまま拝借するという事も無いけど。

アイデアとして、かなり魅了された感じ。


てか、「星間大戦絵巻」とか「暗黒師」とか上手いなぁ〜。


北米での "Startup"的な存在の運営が
日本では "Makuake"(幕開け)という名前なのも面白い。

外国語をカタカナ表記で使うのでなく、
敢えて自分の言語をアルファベット表記する手法を新鮮に感じる。


実際、そのまま「英単語」になっている日本語も数多くある訳だし。


今でこそ、寿司やカラオケ、天麩羅がそのまま通じるのは当然として、
「布団」("futon"は折り畳みの長椅子だけど)や
「火鉢」"hibachi"だとか
「班長」(音的には "honcho"だけど)ってのが
広く英単語として浸透してることを知った時には驚きを感じた。




昔、日本在住の外国籍人の友人たちがこぞって皆、
自分達の名前を漢字で表現したくて四苦八苦してたのを思い出す。

ま、一部の人々は印鑑を作る必要性とかがあって、
その場合、カタカナや平仮名ででも作って貰えるんだけど。

やっぱり漢字の方が風格がある分、人気だったような。

名前の発音次第で当て字を簡単に見つけられる場合もあるし、
日本語に存在しない音を持った名前の人は苦労したり。

"David"なんかも難しい名前の一つかも。

何しろ日本語では "V"の発音が無いし。

ま、"B"(ばびぶべぼ)で妥協すればいいだけの話だけど。

そして名前はまだいいものの、苗字となると更に大変。

苦し紛れのように、
日本人の私でさえも使ったことのないような漢字が登場し
無理矢理にあてがわれたり。




いずれにしろ、やたら外国語表記を使いたい日本人がいたり
逆に、日本語表記を使いたい外国人がいたりするのは面白い心理。

未知のものにエキゾチックなものを感じるんだろうけれど。

ただ自分にとって未知なだけに、
知らずに誤って使ってないか?確認の配慮は必須かと思う。

とんでもない単語がプリントされたTシャツは取り返しがつくとして、
tattooとしてカラダに印字されたら痛いから。




話はちょっと逸れるけど、この間、通りすがりの看板に
『LA FITNESS』と言うのを見掛けて。

アメリカなだけに、当然、LAは Los Angelesの事、、、と。

きっと私もあと数年アメリカで暮らしたら自然と思い付くかと思うんだけど。

何しろ10年近くをケベック州で暮らしたものだから

『ラ・フィットネス』と読んでいた自分に気付いて大笑いした。

独りで大ウケしつつ、実は同時に愕然としたのではあるけれど。

当然、フィットネスはフランス語じゃないし、
おまけに男性名詞なのか女性名詞なのかも知らないのに。
(仏語では単語の性別によって、le、la、lesの使い分けがある)

いやぁ〜、自分が身を置いていた環境の影響って意外と大きいな、と。

仏語が得意だった訳でも全然ナイのに。。。だはっ。







2015年2月19日木曜日

今週の外出と作業

有り難くも専業主婦だし、自由に使える車もないし、極寒の冬まっただ中だし、と色んな条件が揃って家に引き蘢って独りで過ごす時間が多いので、、、あ、あとは勿論、そこに加齢という自然現象も加わって、何だか最近アタマが悪くなってる気がして怖い。

脳への刺激が乏しい平和過ぎる日常なので、、、勿論、平和過ぎる日常には何の不満も無いンだけど。

ふと思い付いて別の部屋に行って、合間に別の動作やプロセスが挟まると、「あれ?何でこの部屋に来たんだっけ?」みたいな。

誰かとのお喋りで盛り上がっても、地名や店の名前や有名俳優の名前や映画の題名がなかなか思い出せなくて歯痒かったりとか。

ヴォランティアのギフトショップでのお金の計算がなかなかスムーズに行かなかったりとか。

英語も以前みたいに「勉強」してないので、日常的に使わない単語は忘れてしまいがちで、必要な時に使えないから、単純な単語の使い回しに終始して会話が単調なものになってしまったりとか。


年齢に拘わらず、本人が気付かないうちに脳内で小さなストローク(脳卒中)を起こしてる場合もあったりするらしいし、私は至って真剣に不安で Erikaに話したら、
「あぁ、そういう事、あるある! 私もしょっ中そんな感じなのよね〜」
とか言われ。

え”、15歳のアナタがそれじゃダメなんじゃない?とか内心、複雑。


Davidに話してみると、彼も同様に
「僕の物忘れの酷さは僕が5〜6歳の頃からだから、何も新しい事じゃない」
とか、或は
「一体いつ頃から忘れっぽくなったのか?さえ忘れて思い出せないもん」
とかって言われる始末だし。


家族に話しても埒が明かないし、だから今週、出掛けたテキスタイル・センターで複数の人々と活発な会話が出来たのは快感だった。

手芸家の皆さんは私よりも年配でも、とても活動的で知的で魅力ある人間味に溢れた女性ばかりなので、本当に良い刺激を与えて貰えて有り難い。

その事を今日はしみじみと再認識して、やっぱりもう少し、外に出掛けて行く口実を作り、歩き廻ったり、人と会ったり、会話したり、の機会を増やした方がいいんだろうな、と。


因みに火曜日のランチは『Tea House』と言う名前の中華レストランで、Mary W.さん、Mary L.さん、Deanieさん、Roxanneさんと私の5人で。

女同士、話題があちこち飛び交って、彼女たちのそれぞれの歴史や背景や価値観や、人間関係なんかが見えて来るのが興味深く。

私が「最近、脳ミソが退化してて心配」とか言うと、でも、二カ国語を使うって点で、それだけでも脳にとっては、かなりの運動量になってるんじゃないの?と言われ、まぁ、確かに言われて見ると、そういう可能性もなきにしもあらずにも思えない事もないような?

そんな見解で解釈されてる自分を知って意外だったり。


「英語しか話さない」ってのが典型的なアメリカ人の中にあって、Mary L.さんは異例?の英仏のバイリンガルであり、本を何冊も出版してる作家でもあるんだけど、久し振りにグループの中で会って喋ってみると、色々と突出した彼女の要素に特殊なもの(才能だったり人間性だったり)を感じて興味深い。

果たしてそれが、英語人と多言語人との違いによるものなのかどうか?

私の主観ではあるんだけど、母国語以外の言葉を話すことによって、物事の多面性を知ると言うか、別の観点や別のアプローチや別の選択肢が存在すると言う認識が深まると言うか、単純に言うと、多少に拘わらず視野を広げるような効果はあるんじゃないか?と言う気がしてる。

だからと言って自分の視野が広いか?と訊かれても困るんだけど。

私の話はいつも自分の事は棚に上げて、、、ってのが前提だから。


とにかく色んな人の話を根掘り葉掘りあれこれ聴き出すのは、相手のストーリーの中に入り込んで彼女たちの立場を疑似体験するような楽しみもあり、本当に面白いと思う、まるでインタヴューするみたいに。

インタヴュアーの仕事、かなり上手く出来そうな気がするんだけど、気のせいか。


そして、今週の手仕事は:


いつ始めたのか?自分でも思い出せないくらい長い時間が掛かって少しずつカタツムリのペースで捗ってるキルト。

2月はヴァレンタインズ・デーがあった事もあって、赤と白のギンガムチェックの部分には♡型のステッチをすることに。


あとは引き続き、葡萄のスカーフ(マフラー)。


取り敢えず土台となる部分は終了したので、あとはここにかぎ針編みした葡萄を増やして行く行程の予定で。


テキスタイル・センターでのミーティングに持って行くと、まさに "brainstorming"って感じの勢いでメンバーの皆さんが、あれこれと技術的、デザイン的、参考資料などの助言を熱心に好意的にいい感じに浴びせてくれて、それだけでも参加する価値があるって感じ。

何しろ私は色んな分野で「自己流」なので、本格的で基本的な知識が無かったり、ルールに沿ってなかったりするので。


昨日、今日と、外気温が氷点下20℃以下で、風による体感温度は−30℃とかって言う気候だった。

もういい加減、寒いのにはうんざり。

でも、朝起きた時、少しだけ薄明るかったり、鳥のさえずりが聞こえたりして来て、日中の陽射しもかなり眩しくなってるのが嬉しい。

早く暖かくなって欲しいけれど、そしたら編物もラグ・フッキングも疎遠になりがちになるだろうから、それはちょっとだけ寂しいかな、とも思いつつ。

温かいウール素材を使う手仕事を今のうちに満喫しておこうと改めて思う。


2014年7月24日木曜日

『進撃の巨人』でびゅー

普段なら月曜日を私の洗濯日として、週の初めを新たな気持ちで迎えるべく掃除と洗濯に勤しむのがパターンなのだけれど。

何しろ夏休み中であるからして、色んな事が自分の思い通りのペースでは捗らず。

月曜は Kaitoを映画に送る約束だったので彼の送迎のついでに用事を済ませたり。


因に彼が観た映画は『Purge 2』で、「一緒に観ない?」と誘われて迷ったけれど、やっぱり暴力的な要素が怖いので止めておいた。

*IMDbよりの画像*

Kaitoはこの夏いったい何本の映画を観ることになるのだろう?


この間は Davidと一緒に『Snowpiercer』も観たばかりだし。

*IMDbよりの画像*

これも評判は良かったらしいけれど、何故か家の近くの『AMC』では上映されず、ちょっと離れた映画館まで行かなくてはならなかった。


引き続き夏の間は面白そうな大作映画が目白押しで今から楽しみ。


とは言え、最近は歳のせいか余り暴力的なシーンのインパクトが強いのが苦手で。


Erikaから半ば強制的に強引に執拗に誘われて渋々一緒に観る日本のアニメも、『Nana』は問題なく楽しかったし、他の少女漫画風なものは良いんだけど、『進撃の巨人』はやっぱりどうしても怖過ぎて、なかなか「Yes」と言えず、色々と理由をこじつけては断り続けて来た。

が、しかし、私の築いた「壁」も巨人(←この場合 Erika)によって呆気なく破壊されてしまい、結局、肩を並べてテレビの前に座ることと相成ってしまった。

*IMDbよりの画像*

もうね、コレを巡っては色々とエピソードもあり。

ここまで辿り着くのにかなりの時間を要した感じ。

Kaitoと Erikaはもう随分と長い間で、まだカナダに住んでる頃から年中『Attack on Titan』の話題を口にしてたので、大まかな話の筋や登場人物の名前なんかは割りと把握と言うか、聞き覚えがあるって感じで。


なので Davidとラスベガスへ旅行した際にも、子供たちへの適当なお土産("tacky"じゃなくてそれなりにセンスのいいアイテム)が見当たらないので、「何でここまで来て?」ってな感じではありながら、何だかとってもオタクな感じのアニメぐっず専門店へ足を伸ばして見たら、「ほらね」って感じで『進撃の巨人』ぐっずが結構いい感じに揃えてあったりして感動した@『Anime Revolution』。


なのでその時点では訳も解らずテキトーに「お土産」を見繕って。

なんかこのアイロンで付けるバッヂ?がカッコ良さそう?とか。


「薔薇のデザインが素敵じゃない?」なんて。←無知

あとはやっぱり登場人物キャラクターのぐっずと言えばキーチェーンとか。


どれが誰なのか?訳も解らず。

特に "Mikasa"や "Armin"なんて、果たしてそれが男の子なのか?女の子なのか?性別の区別も付かない、知らない程の無知で。

そんな私たちに接客してくれたのが店のオーナーのお母さんで、若くしてアニメやコミック好きな趣味をビジネスのカタチに実現したみたいな息子さんが運営する夢のようなお店を手伝ってるらしく、彼女も熱烈な『Attack on Titan』ファンを自称、それがどんなに素晴らしいアニメか語り、ぜひ観て見るように力強く説得された。


お土産を披露されて Erikaが大興奮だったのは言うまでもなく。


そんなこんなで遂に私も観る羽目になった。


観て見ると衝撃的ではあったりもするけれど、でも、それなりに面白い。


You Tubeを "Raspberry/ラズベリー" (と言う名のコンピューター機器)でテレビに繋いで大型の迫力で日本のアニメを英語字幕で観ることが出来る。


いつもの事ながら、日本語を聞きながら英語の字幕を読んでみると、解釈の違いや簡素化された言い回しの便宜上の表現によって、訳された意味合いとオリジナルの日本語での意味合いとの間にギャップが出来るのが興味深く。

それはどんなに努力しても永遠に埋める事の出来ないギャップであり。

それこそが異なる文化毎の独自性と言うか。

だからこそ、それを無視して欲しくないと思う。


印象に残った場面で、「(お前が)お母さんを助けられなかったのは・・・」の理由として、「お前に力が無かったからだ」と言う日本語のフレーズがあるんだけど、英語の字幕版では色んな訳があって。

「You lacked the strength」とか、因にコミック版だと「You weren't strong enough」になってるのは良いとして。

*近所の本屋で閲覧、つまり立ち読みか*


「because, you were weak」お前が「弱かったから」だ、、、と言うのもあって、それはちょっと違う、と思う。


最終的な意味は同様としても、似通った言い回しでありながら、その後の活躍に期待して鼓舞するのか、現実を捉えて慰めるのか、非情に否定して断言するのか、ではニュアンスにかなり大きな違いがある。

だから言葉って深くて難しい。


私は日常の殆どを英語でやり過ごしながら、それでも日本語で思考する事も勿論あり、頭の中で英語と日本語との間を行ったり来たりするうちに誤差が生じて、それが大きくなって爆発する、って事は今でもたまにある。

まぁ昔ほどの混乱は無いにしろ。



2014年6月1日日曜日

まずはドーナツ♪

夢から醒めました。

夢から醒めたら洗濯物の山がドサッとありました。

と、まさにそんな感じで現実の世界に引き戻された感じで。

私にとって初めての Las Vegasは、まるで大人の為のディズニー・ワールドのような、まるで楽しい夢を見ているような、超非現実の世界で。

豪華で煌びやかで国際的で娯楽的で、何もかもがピカピカと眩しくて、素晴らしく綺麗で楽しくて美味しくて、「これは現実の世界?」それとも「これは夢の世界?」みたいに、夢とも現実ともつかないような夢と現実とが交錯する世界で、まるで楽しい長い夢を見ているような、文字通り「夢見心地」を体験する旅の経験で、一分一秒の全てを満喫して来ました。

なので毎日ぐったりと疲れ果て、ブログを書くような余力も無く。

まぁ、滞在先でのインターネットへのアクセスが面倒だったりってのもあり。

あとは現実の世界とのコンタクトで、夢から醒めたくない、みたいな。

とにかく、とにかく、(殆ど)何もかもが素晴らしく楽しいバカンスだった。

もう一瞬、一瞬が印象的過ぎて、全てを綴ることが出来ないのが残念ではあるけれど、自分にとっての記録として、記憶を辿りながら、一粒で二度美味しい(←古っ)みたいに楽しかった「昨日見た夢」を再度、反芻しながらブログに残すかも。


いずれにしろ、米国住民になった私たちにとって、ラス・ヴェガスは最早「国内旅行」な訳で、ま、当然と言えば当然の事ながら、飛行機に乗るのに「パスポートが要らない」ってのが私にとっては凄く新鮮な気がして。

Davidは勿論、他のアメリカ人旅行者たちが空港で(アメリカの)「運転免許証」を提示してるのが何とも印象的で。

そっか、これは「海外旅行」じゃナイのよね、ってのを実感。


空港に着いてレンタカーでホテルに到着して、まずはひと泳ぎした後に向かった先は、ラス・ヴェガスでお約束の観光スポット「歓迎サイン」前。


大型の観光バスも停まって、多くの観光客たちが順次、看板前で思い思いのポーズをとって記念撮影をして去って行く、と言うパターンで。

私たちも勿論、お互いを撮り合ったり、近くにいる別の観光客(ドイツ人のカップルだった)を捕まえて、二人一緒の写真を撮って貰ったり、お礼に彼等を撮ってあげたり。


ちょうど小腹が空いた頃に向かった先は、ホテル+カジノ『Excalibur』内の『クリスピー・クリーム』。


何しろ残念ながら何故かミネソタ州には出店してないので、随分と長い間で食べたい欲求に駆られてた念願のドーナツに、遥々の Nevada州でありつく事が出来て満足のスタート。


余談で、"Casino"は英語で発音すると「カスィーノ」って感じで「カシノ」に近いのに、カタカナ表記では一般的に「カジノ」で浸透してるのが面白い。

同様に "Las Vegas"も勿論、発音的には「ヴェガス」ではあるけれど、カタカナ表記では「べガス」で浸透していて、わざわざ音に忠実な「ヴェガス」表記にすると一瞬「ん?」と違和感があったりするかも?

外国語の言葉を日本語表記する難しさと、カタカナで表現出来る能力の限界があるのはいつもながらのじれったい現実で。


"Poker Player"である Davidが、あちこちのホテルで「ポーカー・ルーム」を視察するのに付き合って、一緒に色んなホテル内のカシノは勿論、建築や内装や調度品を観て回るのはとっても目に刺激があって楽しく、まさに「眼の保養」って感じ。


*天井の造作とか照明、カーペットのデザインも凝っていて豪華*



*趣向を凝らしたエジプト風の"Luxor"ホテルでは
タイタニックやボディ・ワールドの企画展(?)が催されてた*



*"Excalibur"はディズニーの大人版「シンデレラ城」みたいな存在感*


あれこれ見て歩いて刺激を受けて頭の中の回路がパチパチと音をたててショートする感じながら、ヴェガスの夜はまだまだこれから長い一日は終わりを知らず。

この後はホテル+カシノ "Venetian"から "Bellagio"、"Caesar's Palace"、"Mirage" (『シーザース・パレス』と『ミラージュ』は外から観ただけ)へと続く。



2014年3月22日土曜日

時に無知を知る

陽射しの眩しい晴天の土曜日。

が、しかし、気温は未だに−13℃の朝だったり。

いい加減、暖かくなったらどうだっ!と長過ぎる冬の寒さに苛立つ。


今夜は久々、サーモンのクリームソースのパスタを夕飯に作る予定で、それにはいつも缶入り『Sockeye Salmon』を使うんだけど、カナダからアメリカに引っ越して来たら、幾つかのスーパーマーケットへ行ってもソレがなかなか見つけられず。

サーモンに限らず、ツナや蟹や牡蠣の缶詰も店頭に並んではいるものの、アメリカで買い慣れてない私の目にはどれも馴染みが無く。

一体どのブランドのどの商品を買ったらいいのか???

と言うのも、どの商品も何だかラベルが時代遅れのデザインで怪し気な雰囲気。

『Geisha』ブランドの蟹缶↓なんて、ちょっと抵抗あるでしょ!?


ラベルを注意深く読んでみると、販売はアメリカの企業でも、製造は現地のベトナムだったりインドだったり韓国だったりで。

サーモン缶も "Sockeye"でなく「レッド・サーモン」だったり「ピンク・サーモン」だったりの表示で、それらには過去に縁が無く、買った経験もなく。


何かと Davidが御用達の『Trader Joe's』に行って、ようやく初めて「アメリカ製」の「パシフィック・サーモン:Sockeye Salmon」を見つけ、買うことが出来た。


『Trader Joe's』の扱い商品にはいつも特別な「こだわり」を感じて、それは時代のニーズを反映した流行に敏感な品揃えだったり、時にオーガニックだったり、時にエキゾチックでオーセンティックな現地(外国)ものだったり。

これまで色々試して見たけど、そのどれもが美味しくて外れた試しがない。

なので、今の時点での私にとって、かなり信頼のおけるブランドであり、物流業者って感じ。


そして今回、鮭の缶詰を探すに当たり、私がこれまで自分の頭の中でいつも「ソッケー・サーモン」と信じて疑わなかった名称が、実は「ソッカイ・サーモン」だと言う事実を初めて知って愕然とした。

いやはや。

『Sockeye』だから、確かに冷静に読んでみれば 「Sock-eye=Sokku-ai=Sokkai」なんだろうけど、私の中では何故か「Sokkei」だった。

そして、何故かこれまで自分の間違いに気付く機会が無かったって事実にも唖然。

10年も15年も、私の中ではずーっとずっと、「ソッケイ」だったサーモン。

そっかい、、、それは「ソッカイ」だったんかい。

なんて自分でも寒いぜ、、、と思うような駄洒落を吐きながら。


ついでに書くと、最近、もう一つ愕然とさせられた単語の読み間違いが発覚。

『Famous』は「フェイマス」だから、『Infamous』は「インフェイマス」だと信じて疑わず、これまた10年も20年も英語に囲まれて生活して来た訳だけど。

「Famous=féɪməs」が「Infamous= ɪ́nfəməs」の発音になるってこと知らずに生きて来た。

いやー、この単語をこれまで過去に会話で使う機会は何度かあっただろうとは思うんだけど、これまで敢えて誰にも指摘される事もなく、、、公の場でプレゼンテーションやスピーチする機会がある訳じゃないから、勿論、専属でプロのスピーチ・セラピストが付いてる訳でもなく、、、だから、これまで間違いに気付かなかった。


うわー、言葉って深いなぁ〜と改めて実感。

英語の本や新聞を読んだり、英語でメールのやり取りを日常的にしていても、発音に関しては矯正される機会も無いから、多分まだまだきっと多くの単語やフレーズで誤った読みや発音を身につけて、そしてそれを気付かず使ってるって場面は多いんだろうなぁ〜と思うと、ちょっと恥ずかしくもあり、そしてちょっとだけ怖いような気もする。

ふぅ〜。


今夜はまたまた我が家で "Poker Night"が催されるようで、10人前後の "Poker Buddies"(とは言え、時には珍しく希少な女性のポーカー・プレーヤーが参加する事もあるけど)がやって来るようだから、早めに夕食を済ませないと。

スナック(Chips + Dips)や飲み物(Soda Pops)だけ用意したら私は地下に潜って子供たちと一緒に映画でも観る予定で。



2014年3月7日金曜日

MinnesotaのIKEA

昨日の Mooshka(ムーシュカ?)人形の流れで。

つい最近なぜか買ってしまった別の人形、と言うかヌイグルミ@IKEA。

*このオオカミの屈託ない間抜け面な表情が堪らんっ!*


多分『赤頭巾ちゃん』に登場するだろうであろう「オオカミ」と「赤頭巾ちゃんのお婆さん」の最強コンビで、何故か肝心の主役「赤頭巾ちゃん」の姿は見当たらないって部分がツボ、この脇役同士でのコンビネーションの存在感を一層アピール。

IKEAのキッズコーナーの店頭にコレが山積みされてる訳ですが、同じ商品が大量にあると迫力に圧倒される消費者心理もアリ、イケアならではのお手頃価格設定の魔力ってのもあるから、家に子供がいたらきっと買ってしまうだろうなぁ〜、なんて。

いえ、私の場合は飽くまでも自分の為の購入ってのがミソですが。

このオオカミのポイントは、大きな口の奥に穴があって、シャツのボタン(実際にはマジックテープだけど)を開けたお腹の部分と繋がってるってとこ。

つまり童話の内容に沿って、「オオカミに食べられてしまったお婆さんを、切り開いたオオカミのお腹から救い出す」って設定を再現して遊ぶことが出来るという、小さな子供用玩具にして何ともカワイさと残酷さが入り交じったデザインに感嘆、気に入ってしまった。

まぁコレは予定外の衝動買いだったんだけど。

本来の買物の目的は、引越し直後の家で必要だったガラスのコップだとか、キッチンに置くステンレス製のゴミ箱だとか、勝手口に置いて上着や帽子を掛けるハンガー・スタンドだとか、小規模な部類の諸々。

ミネソタで初めて行く IKEAは、勿論 Google Mapでロケーションとルートを事前にチェックして。

ロケーションは、ミネアポリスの国際空港と『Mall of America』と隣接する一画で、途中、高速道路に乗って家からほんの20分程度の距離なのは、モントリオール郊外の時よりも若干、家から近くて便利。

空港の近くって設定なのはモントリオールと同様で、何となく懐かしい。


*カフェテリアの窓から巨大な『Mall of America』が見える*


場所は違えども、こうして再び以前のように、独りで気ままに車を運転してイケアに出掛け、買物を始める前にまずはカフェテリアに寄って珈琲と共に1ドルの朝食を食べたり(或はデザートやサラダだけだったり)、窓の外に飛び交う飛行機を眺めながらモントリオールでの日々を懐かしく思ったり、そんな静かな平日の朝のひと時を満喫しながら幸せな気分でいっぱいに満たされるのは何とも有り難い。

*イケアのティラミス、意外と美味しかった♪*


店の入り口に立ってた店員のオジさんに「カタログ下さい」ってのがなかなか伝わらず、あぁ、何だ、ここミネソタでは「カタログ」じゃなく「きゃ〜たログ!」と発音しないとイケナイんだわ、、、ってな方言みたいに地域性のある英語の発音ってやつの存在を再認識させられたり。

私のアメリカ暮らしはまだまだこれから新しい発見がいっぱいの様相で、『未知との遭遇』的にワクワクどきどきな大冒険のはじまりはじまり〜♪なとこ。



2013年11月28日木曜日

隕石のち初雪でしょう

*窓越しに見る裏庭のデッキにうっすら積もった雪*


先週の4連休(がっこ)に続き、今週は3連休の子供たち。

休み多過ぎてズル休みする気も起こらなそう。。。


昨日の朝、起きたら辺り一面白銀の世界で、何しろ今シーズン初の積雪だから、ひょっとしてスクールバスが運休で学校閉鎖になるかも?と、急遽ラジオを付けた。

案の定、北の方とか山際とかのスキー場があるような地域では幾つかの学校が閉鎖になって、ローカルラジオ『CHOM97.7』の "Stormwatch: School Closure Update"のコーナーで、閉鎖になる学校名のアナウンスしてた。

学校が閉鎖にならないのを知って、がっかりするうちの子供たち。

これ以上休みが増えてどーすんの!?って親の心、子知らず。


ラジオで、キャリアの長そうなアナウンサーが
「僕は普段、英語の読みや発音、イントネーションは得意な方なんだけど」と前置きした後で、
「でも、これ(学校名)はどう読んだらいいのか、駄目だ、まるで解らない」
ってのが私にとっては意外で興味深く思った。

それらの学校は、川向こうにあるネイティブ、つまり原住民地区の由緒ある独特な言語に由来する名前らしいんだけど。

- Rotiwennakehte
- Aronhiatekha
- Ratihente 

多分、上記3つの小学校名と高校名だと思われる。


日本人の私にして見たら、知らない漢字を読めと言われてる訳でもなく、アルファベットの違う異国の言語(ロシア語とかアラブ語とかギリシャ語とか?)を読めって言われてる訳でもないのに、と
「ふぅ〜ん、そんなものなのか」と新鮮な驚きだった。


因みにそれらの学校は "Kanesatake"と言う地区にあり、音としては「カネサタケ」と何故か日本語を思わせる読み。

他にも首都オタワの近くには "Kanata"と言う地名があり、これも「カナタ」と言う読みはまるで日本語の「彼方」を思わせる。


この辺り、国の成り立ちや歴史、言語について深く掘り下げて勉強してみたら面白そう、とは思いつつ、、、取り敢えず目の前にある雑用をこなし、クリスマスツリーなんか引っ張り出して来て飾ってみたり、ほんじゃあせっかくだから気分を盛り上げよう、とクリスマスCDの曲に合わせてフンフンフ〜ン♪と鼻唄を歌う私の日常は、限りなく浅く平凡に過ぎる現実。


あ、そんな平凡な毎日でも、一昨日の晩は何やら耳慣れない「どーん」とした音があって、ちょっと怖かった。

あわや列車の脱線事故か?なんて想像したり。
(少し前、ケベック州で大きな被害を出す事故があった)

2階の部屋で Erikaがベッドから落ちたような音。

暫く前に同様の音がした際、それはこの辺りでは珍しい地震だったんだけど、モントリオール周辺の人々がツィートしてた分、「なんだ地震か」みたいな安心感があったけど、今回は音の原因をネット上でも見つける事が出来ず、気になってた。

ようやく今日の新聞で、それが「隕石」の爆発だったらしいってのが判明。

でも、それを明確に立証出来るような形跡が発見出来ないのだとか。

ちょっと、ちょっと、先週末にようやく最新版スーパーマン映画『Man of Steel』をDVDで観たばっかりなんですが。

或は空からトランスフォーマーとか落ちて来たらビビるわ。