日本で生まれ育った資質を北米スタンダードと融合させつつ、感性に引っ掛かった気になるものとの出逢いや、あれこれ欲張りに触手を伸ばして楽しんでるArts&Crafts(Fiberarts)の記録としての備忘録、、、みたいな。Instagram:mayumifiberartsculpture
2013年11月3日日曜日
門限とか
うちの娘 Erikaは14歳で、日本で言えば中学3年生。
昨日は仲良しの女友達(うちの娘と同名で Erika)と、彼女のファンキーな叔母さん:ダニエルさん(若くて綺麗でカッコいい刺青もしてて、音楽関連の仕事をしている旦那さんがいるらしい←うちのErika談)に付き添われて、市街の『メトロポリス』と言うライヴハウスであった『Black Veil Brides』のコンサートに出掛けたのはいいとして。
友達の家まで送り迎え役の私は、当初、「9時半か10時頃には帰って来ると思うので、電話するから迎えに来て」と言われて、その頃からずっと待ってたけれど、Erikaからの電話がなかなか無くて、結局、夜中過ぎまで心配しながら待っていた。
ダニエルさんが同伴してるし、心配はナイはずではあったけれど、事前の打ち合わせ不足で、彼女の携帯電話の番号を貰い忘れてた事に気付いて後悔。(Erika自身も携帯を持って無いし)
多分、今どきの十代ならば、自分の携帯電話は勿論、iPhoneさえ持ってるのが常識になりつつあるんだろうけれど。
娘を心配しながら夜遅くまで彼女からの電話を待ちながら、私は自分自身の若い頃のあれこれを思い出して、今現在の彼女と比べて、色々と感慨深い想いに浸った。
日本の地方都市の田舎で14歳だった頃の私の人生は、中学生活での勉強と部活動でのテニスがほとんど毎日の全てだった気がする。
音楽と言えば、エリック・カルメンとかビリー・ジョエルとかを少しだけ好きだった程度で、同級生はベイシティ・ローラーズに夢中な時代でも、まさか彼等のライヴ・コンサートになんて到底、行けるような環境でなく。
友達と夜遅くまで出掛けるだなんて事さえあり得なかった。
高校生になってようやく初めて友達同士で電車に乗って東京へ行く体験をして、それは原宿で「竹の子族」が出現してた時代でもあり。
初めて行ったコンサートも正確には覚えてないけれど、多分、渋谷公会堂だとか武道館だとかで、これまたビリー・ジョエルだったか、YMO/イエロー・マジック・オーケストラだったか、そんな懐かしい年代で。
多分そんな時には例外的に遅い時間での帰宅だったのだろうとは思いつつ、それでも普段での門限はずっと長い間で夜の10時だった。
門限に厳しい父親と、厳しい父を恐れる母親と、そんな親の心知らずの私は時々、門限を破って帰宅すると、文字通り「仁王立ち」の父が玄関で待ち構えてたり。
そんな父と私の間に立って、母は大変だったろうと今更思う。
未だに母があの頃の話をする度、多分、実際に胃の痛くなるような想いで毎晩、祈るような気持ちで私の帰りを待ってたんだろうと思う。
Erikaは結局、コンサートの後でライヴハウス近くのピザ屋に寄って、ダニエルさんに夜食をご馳走になったらしいけれど、ライヴの興奮も覚めやらず盛り上がったお喋りやら、楽し過ぎて私に電話するのを怠ったんだそうで、私にこっぴどく叱られて反省した(ように見える)っぽいけれど。
いずれにしろ、私はこの歳になってようやく、いよいよ、あの頃の自分の両親と同じ体験をしてるんだなぁ〜と感慨深く。
「いったい今頃、何処で何をしてるのか?」なんて思いつつ、娘の安全と無事な帰りを祈り、不安に時計の針を睨めながら延々と待ち侘びる親としての宿命。
今後、身を削るような心配に吐き気を催すほどの胃の痛みを抱えながら、眠れない夜を過ごす幾つもの晩を迎える事になるんだろう。
そんな、「女の子を持った親」ならではの特権みたいな世界に「ようこそ♪」と、そんな有り難くもない新たな局面の入り口に立って、迎えられてるような気がして、何だかちょっと目眩がしそうな、気が遠くなりそうな、不安に戸惑う私。
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6 件のコメント:
んだんだ。
私は子を持つ事は無かったけど中学生を持つ母の気持ちには激しく共感できます。
と言うのも自分もまだ若いお姉ちゃんの時に妹を扶養する運命になりあの数年はひたすら親の苦労を感じましたなー。
我が家も門限が大正時代並みに厳しく「今どき」そんな家はないっ!!!と反抗してましたが今なら親の愛だったと思えますね。
娘さんもちょっと大人の世界に踏み込んだワクワクと親への反省等入り混じった感じなのかな~~?
こんな気持ちも後で考えるとほんの数年ですが貴重な思い出になり親子の絆もまた強くなりますね^^
親の気持ちも乙女のワクワクも感じるブログでなんか色々思い出しちゃったわ~~。遠い目。
ココアの美味しい季節、なんだかティーンの頃を思い出しながら飲みたくなりました。
しかしお子さん何事もなく楽しめたようで良かったですね。待つ母の気持ちを考えるとさぞかし胸が苦しかったと思いますが・・・
美味しいお茶で和んでくださいませね。
Mutsuko
Mutsukoさん♪
ありがとうございます。
ほんと、いよいよココアの美味しい季節ですね。
今日の朝は−6℃でしたよっ! ひぃ〜〜〜。
中学生、高校生の女子って、なかなか微妙な年頃ですよね。
くさい言い方をすると、まさに「大人への階段」を少しずつ上る過程と言うか。
色々と初めての体験とか、失敗とかも繰り返しながら人間力を培って行くんでしょうし。
「今の時代」と「自分の時代」と、比較して照らし合わせたりするのも楽しかったりしますよね。
余りにも違い過ぎて、比べようが無かったりもしますが。(笑
遠い目をしながら過去の記憶を辿ったり。
色々と乗り越えて、家族の絆として良い関係が維持出来れば、それは結果として幸せなことですよね。
まぁ、立場は違っても、一緒に成長し続けることが出来たらいいな、なんて思いますね。
今、カップスープをすすりながら和んでます♪(笑
中学3年生って本当に大人の階段のぼる時期ですよね~♪お嬢さんが、とにかく無事にライヴを存分に楽しんで帰られてホッとしましたね。どうこう言っても日本とそちらでの治安も違うし、「連絡を取るすべがない」っていう時のキリキリした気持ち、わかるような気がします。
私もまゆみさんのこのブログで、自分の中学生時代を思い出しましたよ~。我が家も一人っ子なんで、門限ばかりか、「今日は何時に誰とどこで何をして帰ってきたか」までの質問攻めに、反抗期ただ中の私は、いつもワンコのように心の中で「う~~~」と唸っていましたよ。そして、高校卒業したら、絶対に大学は県外に出て一人暮らしをするんだ~みたいな感じ(笑)
で、一人暮らししてみて、親の有難さがわかったりするんですよね。
なんだか、今の母との関係なんか当時は想像もできませんでしたね。「親は歳をとらない」とでも思ってたというか・・。
これからもお嬢さんや息子さんと素敵な関係を続けて下さいね~♪
中学生が一番大変な時期みたいですよ。学校でも先生たちが手を焼いていましたもの。
高校になると落ち着き、女の子は特に大人っぽく親の考えが分かったりして・…それに今は携帯を持つようになると、私たちの親ほど心配しなくていいでしょうね。
わたくしなんて、大学生になってもしょっちゅう電話で帰宅しているかチェックされ、翌日言い訳に困ったものです。あの当時、携帯があったらどうだったかな?なんて考えることもあります。
まゆみさん♪
確かに!
治安と言う点で考えても、多少は日本と違ったりするかも、ですね。
とは言え、米国ほどの銃社会でもないので、割りと安心はしてますが。
日本は小学生でも携帯を持つ社会みたいですから、中学3年生で持って無いのは希少なのかも知れませんね。
親の安心感の為にも、持たせた方が良いのかも知れないと、今回、実感しました。(遅いけど)笑
まゆみさんもやはりご両親との想い出深いイベントは数多くあるのですね〜。
親子の関係って、いつも微妙だったりしますよね。
「親は歳をとらない」って幻想、分かる気がします。
親はいつまでたっても永遠にいる感じで、だから若い頃には、当たり前のように受け取ってしまうんでしょうねぇ。(take it for grantedと言うやつですね)
だからこそ、年老いた両親を目の当たりにすると、何ともやりきれない切なさのようなものがあったり。
現実を受け止めるのが時々、難しかったりする事ありますね。
現在のまゆみさんは、ご両親との仲睦まじい貴重な時間を過ごされてること、微笑ましく羨ましいです♪
yanaさん♪
やっぱり中学生の時期って難しいんですね。
多分、子供でもなく大人でもなくって中途半端さが問題だったりするんでしょうね、きっと。
とは言え、私自身は本当に田舎の中学生で、世間知らずだったなーなんて、自分でも驚くほど子供だった気がするんですが。(笑
テクノロジーが社会をどんどんと変えてますものね。
今の時代の若い人たちは、私たちとはまるで別世界に生きてますものね。
人との繋がり方とか、価値観とか、随分と違うかも?
私たちの孫の時代には、一体どんな事になってるのか?興味津々でもあり、ちょっと恐ろしくもあり。(笑
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