2010年10月24日日曜日

金曜の晩:後記

*Théatre Outremont(検索先からの画像)*

何て言うか、平凡な日常の生活の中でさえ、ある種の「自分にとって起こるべき物事」というのは、自分が意図する以前に、意識しない脳ミソの裏側の盲点みたいな死角で「発生」して、こっそりとベルトコンベアーに乗せられ、自動的に運ばれ「物事」が成就する。。。

そんな事を実感させられるRyuichi Sakamotoコンサートだった。

つまり、私が彼のコンサートに行くことになるのは何かしらの、目に見えない不可抗力的な「運命」だったような気がする。

と言うのも、彼が異例の北米ツアーをしてる事実、まして、Montrealにも立ち寄る事さえ知らなかった10月16日(たまたま何も予定の無かった土曜日)の朝、何だか解らないけれど、何故だかそうしなければイケナイような不思議な気持ちに突き動かされて、その晩の夕食に、急遽、私の退院後に初めて、義理の両親を招くことにした。

パジャマで過ごす”怠け者の土曜日”を過ごすことも出来たのに。

義理の両親、特に義母 Carolが大好きなメニューを料理し、ワインと、デザートのアップル&キャラメルパイも美味しくて、一緒の晩餐を満喫したらしく嬉しそうに、帰り際、何度もお礼を言ってくれた。

翌朝、無防備に開いた紙面に、コンサートの広告を目にして、
「あぁ、これだったのか」
そんな気がした。

市街でのコンサートに出掛けるとしたら、子供たちにシッター(またはお泊まりで、いずれにしろCarolに頼む)が必要なのは明白だし。

会場であるThéatre Outremontの規模が小さく、当日(22日)まであと1週間弱なのにも拘らず、多少の残席があったのも幸運。

おまけに、予想外に意欲的な夫の参加合意にも拍子抜け。

何だか全ての条件が、お膳立てされたように揃った感じ。

そしていよいよ金曜日の晩、こじんまりとしたThéatre Outremontでのコンサートは、広告の見出しの通り、まさに『An evening with Ryuichi Sakamoto』という感じの距離感で、俗に言う”アットホーム”な雰囲気のものだった。

批評家ではないので内容の評価はともかく、
私の個人的な人生の中で記憶に特別な体験(演奏そのものだけでなく、その周辺の、ちょっとだけお洒落して出掛ける非日常的な高揚した気分とか、市街へ向かう車の中での会話や、日の暮れた会場界隈を散策してCaféを幾つも覗きながらやっと軽い食事をしたこと等々)として刻印され、多分いつまで経っても思い出せるよう大切に保管されるんじゃないかな。

十代の時、渋谷で観たYMOのコンサートと同様に。
(仲良しの友達3人で踊ったり、渋谷界隈で迷子になったっけ)

あの頃、数十年後の自分が海外に暮らして、
グレーの髪をした”教授”の単独ピアノ・コンサートで、自分もそれなりに年老いて、緑色の瞳をした配偶者の隣に座り、モントリオールの地元の人々に囲まれ、紛れ、同化したモントリオール人の一人として、彼(教授)に再会する日が来るだなんて、まるでこれっぽちも想像するのは不可能だっただろうなぁ〜と、つくづく思う。

人生って、本当に分からないものである。

今、こうしている瞬間にも、私の知らない場所でベルトコンベアーは動いてるんだろうか。




2 件のコメント:

まゆ さんのコメント...

このブログを読みながら、パソコンの前で
やたら頷いている私。(笑)

‘自然にかつ運命的に訪れる出逢い’というのは、なんともドラマティックで気分を高揚させてくれますよね。

きっと、パンナさんへの神様のご褒美だったんですよ!

勢いで、大好きなお得意のお料理を披露することに決めて実行に移すあたりは流石ですね。

この流れが、また新たな縁へと繋がるよう。
ベルトコンベアーが、静かに‘幸せ行き’に
Mayumiさんを誘うよう願っています。

Mayumi さんのコメント...

まゆさん

ありがとうございます。
でも、
最近は余り、神様からご褒美が貰えるほど頑張ってないので、何だかちょっと申し訳ないような気持ちがあったりするんですけどね。(笑

それでもやっぱり、人との巡り合わせとか、予想外の出来事とかには『縁』があるんだろうな、なんて思いますよね。

良い「縁」を導けるよう、お互いにポジティブな『気』を高めたいものですね!