2014年7月24日木曜日

『進撃の巨人』でびゅー

普段なら月曜日を私の洗濯日として、週の初めを新たな気持ちで迎えるべく掃除と洗濯に勤しむのがパターンなのだけれど。

何しろ夏休み中であるからして、色んな事が自分の思い通りのペースでは捗らず。

月曜は Kaitoを映画に送る約束だったので彼の送迎のついでに用事を済ませたり。


因に彼が観た映画は『Purge 2』で、「一緒に観ない?」と誘われて迷ったけれど、やっぱり暴力的な要素が怖いので止めておいた。

*IMDbよりの画像*

Kaitoはこの夏いったい何本の映画を観ることになるのだろう?


この間は Davidと一緒に『Snowpiercer』も観たばかりだし。

*IMDbよりの画像*

これも評判は良かったらしいけれど、何故か家の近くの『AMC』では上映されず、ちょっと離れた映画館まで行かなくてはならなかった。


引き続き夏の間は面白そうな大作映画が目白押しで今から楽しみ。


とは言え、最近は歳のせいか余り暴力的なシーンのインパクトが強いのが苦手で。


Erikaから半ば強制的に強引に執拗に誘われて渋々一緒に観る日本のアニメも、『Nana』は問題なく楽しかったし、他の少女漫画風なものは良いんだけど、『進撃の巨人』はやっぱりどうしても怖過ぎて、なかなか「Yes」と言えず、色々と理由をこじつけては断り続けて来た。

が、しかし、私の築いた「壁」も巨人(←この場合 Erika)によって呆気なく破壊されてしまい、結局、肩を並べてテレビの前に座ることと相成ってしまった。

*IMDbよりの画像*

もうね、コレを巡っては色々とエピソードもあり。

ここまで辿り着くのにかなりの時間を要した感じ。

Kaitoと Erikaはもう随分と長い間で、まだカナダに住んでる頃から年中『Attack on Titan』の話題を口にしてたので、大まかな話の筋や登場人物の名前なんかは割りと把握と言うか、聞き覚えがあるって感じで。


なので Davidとラスベガスへ旅行した際にも、子供たちへの適当なお土産("tacky"じゃなくてそれなりにセンスのいいアイテム)が見当たらないので、「何でここまで来て?」ってな感じではありながら、何だかとってもオタクな感じのアニメぐっず専門店へ足を伸ばして見たら、「ほらね」って感じで『進撃の巨人』ぐっずが結構いい感じに揃えてあったりして感動した@『Anime Revolution』。


なのでその時点では訳も解らずテキトーに「お土産」を見繕って。

なんかこのアイロンで付けるバッヂ?がカッコ良さそう?とか。


「薔薇のデザインが素敵じゃない?」なんて。←無知

あとはやっぱり登場人物キャラクターのぐっずと言えばキーチェーンとか。


どれが誰なのか?訳も解らず。

特に "Mikasa"や "Armin"なんて、果たしてそれが男の子なのか?女の子なのか?性別の区別も付かない、知らない程の無知で。

そんな私たちに接客してくれたのが店のオーナーのお母さんで、若くしてアニメやコミック好きな趣味をビジネスのカタチに実現したみたいな息子さんが運営する夢のようなお店を手伝ってるらしく、彼女も熱烈な『Attack on Titan』ファンを自称、それがどんなに素晴らしいアニメか語り、ぜひ観て見るように力強く説得された。


お土産を披露されて Erikaが大興奮だったのは言うまでもなく。


そんなこんなで遂に私も観る羽目になった。


観て見ると衝撃的ではあったりもするけれど、でも、それなりに面白い。


You Tubeを "Raspberry/ラズベリー" (と言う名のコンピューター機器)でテレビに繋いで大型の迫力で日本のアニメを英語字幕で観ることが出来る。


いつもの事ながら、日本語を聞きながら英語の字幕を読んでみると、解釈の違いや簡素化された言い回しの便宜上の表現によって、訳された意味合いとオリジナルの日本語での意味合いとの間にギャップが出来るのが興味深く。

それはどんなに努力しても永遠に埋める事の出来ないギャップであり。

それこそが異なる文化毎の独自性と言うか。

だからこそ、それを無視して欲しくないと思う。


印象に残った場面で、「(お前が)お母さんを助けられなかったのは・・・」の理由として、「お前に力が無かったからだ」と言う日本語のフレーズがあるんだけど、英語の字幕版では色んな訳があって。

「You lacked the strength」とか、因にコミック版だと「You weren't strong enough」になってるのは良いとして。

*近所の本屋で閲覧、つまり立ち読みか*


「because, you were weak」お前が「弱かったから」だ、、、と言うのもあって、それはちょっと違う、と思う。


最終的な意味は同様としても、似通った言い回しでありながら、その後の活躍に期待して鼓舞するのか、現実を捉えて慰めるのか、非情に否定して断言するのか、ではニュアンスにかなり大きな違いがある。

だから言葉って深くて難しい。


私は日常の殆どを英語でやり過ごしながら、それでも日本語で思考する事も勿論あり、頭の中で英語と日本語との間を行ったり来たりするうちに誤差が生じて、それが大きくなって爆発する、って事は今でもたまにある。

まぁ昔ほどの混乱は無いにしろ。



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