日本だったら『サザエさん』を観て、翌日の月曜を想い切なくなってしまう頃。
有り難いことに我が家は今夜、近所のレストラン『Kyoto』へ出向き、寿司をはじめとした何やら怪し気な「和風」メニューの中から食べ放題の夕食を楽しむ予定。
時々、無性に食べたくなる寿司の存在は、やっぱり自分が日本人だからなのかどうか、それとも体が何かしら「酢」のものを欲しているのかどうか。
体とか潜在的な体の維持システムが、体内で欠如している栄養素を含む食べ物を何気なく暗示して欲するような気もするから、そんなサインが出た際には、取り敢えず抵抗せず、食べてみて、欲求を満たしてみるって感じの傾向。
そんな流れで、金曜日はギフトショップにてのヴォランティアの後、カラダが欲するままマクドナルドへ直行、クリスピーチキン・ラップと共にフレンチフライ(←これが主な目的)とアップルパイも買って、ちょっと遅めの独りランチに。
うちの子供たちは、小学校の授業(カナダ)で徹底的に「マクドナルドの真実」的な教育を頭に叩き込まれて以来、その手の食べ物には一切、手を出さないようになってしまって、ソレ自体はまぁ健康志向という目で見れば決して悪いことではないけれど、影響として見ると、ちょっとした「洗脳」とも言えなくもない部分では怖い気もする。
特にワタシが独りでこっそりと食べた昼食の包装紙なんかをゴミ箱の中に無造作に捨てたのを子供たちのどちらかに見つかったりなんかすると、「マック行ったの?」「へぇ〜、マック行ったんだ」「未だにこんなカラダに悪いもの食べてるの?」みたいな感じに、あからさまに嫌な目で見られたりするから、妙に肩身の狭い思いをしつつ、マックのポテトを食べるのも容易でないわ、、、と溜め息を付きながら、いい年して可哀想なオバさんの悲哀モードに浸ってみたり。ふぅ〜。
もうこの先、何十年も生きる訳じゃないんだから、好きなモノ好きなだけ食べさせてよ〜ってな立ち位置の自分。
まぁ先の事は解らないけれど、1月は実家の両親の誕生日が揃ってあり、80歳を過ぎてもそれなりに揃って元気にしてるらしいのは本当に幸運。
とは言え、耳が年相応に悪くなって来たり、頭もそれなりにボケて来てたり(!)という現実もあって、たまに電話を掛けても話が遠かったりするのは辛い。
そもそも、例え耳が悪くなくても、頭が冴えていたとしても、日本を離れて異国の文化にどっぷりと染まってる私とは既に人生に対する価値観も大幅に違うし、置かれた環境が違い過ぎて共通の話題として会話になるのはお天気の話くらいかも。
あとは健康状態の話で、主に体の痛みのある場所や具合、あとは遠縁の誰かしらが亡くなった後の追加での情報とか。
なので2016年の現代に生かされてる恩恵を利用して「花キューピット」(Cupid/キューピッ「ド」でないのが特徴)で実家にお花を届けて貰うんだけど、インターネットとクレジットカードで色んな事が可能なのは素晴らしいと思う。
うちの子供たちが今の私の年代になる頃には、果たしてどんなテクノロジーの世界になってるんだろう?想像もつかないけれど。
そんな子供たちとは、楽しく仲良しの時もあれば衝突して険悪な時もあり、特に女の子は母親である私と同様、オンナならではのホルモンに翻弄される気分とか複雑な事もあって、だから思春期の十代の女の子との生活は大変。
「育児は育自である」とか言われるけれど、育児はまさに修行だな、と思う。
特に自己中心快楽主義みたいな私にとっては。
私の十代の頃を、母も苦労したんだろうなってのがようやく解る。
*Trixieは単純にハッピーでいいなぁ〜♪*













