2016年1月24日日曜日

日曜の徒然

取り立ててコレと言った事もなく気がついて見れば既に日曜日も終わりに近く。

日本だったら『サザエさん』を観て、翌日の月曜を想い切なくなってしまう頃。

有り難いことに我が家は今夜、近所のレストラン『Kyoto』へ出向き、寿司をはじめとした何やら怪し気な「和風」メニューの中から食べ放題の夕食を楽しむ予定。

時々、無性に食べたくなる寿司の存在は、やっぱり自分が日本人だからなのかどうか、それとも体が何かしら「酢」のものを欲しているのかどうか。

体とか潜在的な体の維持システムが、体内で欠如している栄養素を含む食べ物を何気なく暗示して欲するような気もするから、そんなサインが出た際には、取り敢えず抵抗せず、食べてみて、欲求を満たしてみるって感じの傾向。

そんな流れで、金曜日はギフトショップにてのヴォランティアの後、カラダが欲するままマクドナルドへ直行、クリスピーチキン・ラップと共にフレンチフライ(←これが主な目的)とアップルパイも買って、ちょっと遅めの独りランチに。

うちの子供たちは、小学校の授業(カナダ)で徹底的に「マクドナルドの真実」的な教育を頭に叩き込まれて以来、その手の食べ物には一切、手を出さないようになってしまって、ソレ自体はまぁ健康志向という目で見れば決して悪いことではないけれど、影響として見ると、ちょっとした「洗脳」とも言えなくもない部分では怖い気もする。

特にワタシが独りでこっそりと食べた昼食の包装紙なんかをゴミ箱の中に無造作に捨てたのを子供たちのどちらかに見つかったりなんかすると、「マック行ったの?」「へぇ〜、マック行ったんだ」「未だにこんなカラダに悪いもの食べてるの?」みたいな感じに、あからさまに嫌な目で見られたりするから、妙に肩身の狭い思いをしつつ、マックのポテトを食べるのも容易でないわ、、、と溜め息を付きながら、いい年して可哀想なオバさんの悲哀モードに浸ってみたり。ふぅ〜。

もうこの先、何十年も生きる訳じゃないんだから、好きなモノ好きなだけ食べさせてよ〜ってな立ち位置の自分。

まぁ先の事は解らないけれど、1月は実家の両親の誕生日が揃ってあり、80歳を過ぎてもそれなりに揃って元気にしてるらしいのは本当に幸運。

とは言え、耳が年相応に悪くなって来たり、頭もそれなりにボケて来てたり(!)という現実もあって、たまに電話を掛けても話が遠かったりするのは辛い。

そもそも、例え耳が悪くなくても、頭が冴えていたとしても、日本を離れて異国の文化にどっぷりと染まってる私とは既に人生に対する価値観も大幅に違うし、置かれた環境が違い過ぎて共通の話題として会話になるのはお天気の話くらいかも。

あとは健康状態の話で、主に体の痛みのある場所や具合、あとは遠縁の誰かしらが亡くなった後の追加での情報とか。

なので2016年の現代に生かされてる恩恵を利用して「花キューピット」(Cupid/キューピッ「ド」でないのが特徴)で実家にお花を届けて貰うんだけど、インターネットとクレジットカードで色んな事が可能なのは素晴らしいと思う。

うちの子供たちが今の私の年代になる頃には、果たしてどんなテクノロジーの世界になってるんだろう?想像もつかないけれど。

そんな子供たちとは、楽しく仲良しの時もあれば衝突して険悪な時もあり、特に女の子は母親である私と同様、オンナならではのホルモンに翻弄される気分とか複雑な事もあって、だから思春期の十代の女の子との生活は大変。

「育児は育自である」とか言われるけれど、育児はまさに修行だな、と思う。

特に自己中心快楽主義みたいな私にとっては。

私の十代の頃を、母も苦労したんだろうなってのがようやく解る。


*Trixieは単純にハッピーでいいなぁ〜♪*



2016年1月18日月曜日

Mermaid Sisters: Knitted+Hooked

今日は月曜日なのだけど「Martin Luther King Jr. Day」の祝日でお休み。

アメリカならではの祝祭日には未だもって不慣れで馴染みが薄い感じ。

なので3連休の週末でも、Davidは昨日の夕方まで気付かず、月曜の朝には普段通り仕事に出掛けるつもりだったらしい。

休みなのを知って「え?なんで???」って驚いた後は大喜びでジャンプしてた。

うちの家族の中で一番下の子供って感じで、アタシゃシングルマザーか、みたいな。

とても寒い週末で連日−25℃前後。

全然アクティブじゃない家族だから外出の予定もないし助かる。

Erikaがギフトショップのヴォランティアと、Davidがポーカーに出掛けた程度。





私は編物での人魚作りが楽しかったから、フッキングでも作って見た。

*ラグ・フッキングの手法で作った人魚(手前)*


編物でのデザインの単純さをそのまま活かして。


何故か人魚のテーマにハマってるっぽい最近で、海の中の風景を想像しながら色んな生物を作ることを考えるのは凄く楽しい。

ヒトデとかタコとか、珊瑚礁や海藻とかも編んで見る予定で。




2016年1月14日木曜日

クリスマス劇場と人魚

編物本を頼りに、北米ならではの編物記号の勉強と、自分にとっての編物そのものの復習を兼ねた練習する目的で、「The 12 Days of Christmas」の数え歌に登場するキャラクターたちを編み上げた。

本来は "free spirit"、"free form"、そして "fearless"を自分自身へのモットーとして、型にはまることなく自由自在に独自の手法やデザインでの物作りを楽しみたいと思ってるから、ここからが応用編。

作品展で発表するカタチとしては、「劇場版」に仕上げたプレゼンテーションにする計画で作業中なのではあるけれど。

"Partridge/パートリッジ(ヤマウズラ)"は歌詞の中で♪A partridge in a Pear Tree♪と歌われ、この鳥にとって「梨の木」の存在は必須であり、切っても切れない関係の止まり木でありながら、でも、私が見本にした編物本の中には「木」の部分の編み方は無く、「付録」として厚紙にプリントされたものを2枚組み合わせて立体の3Dとして立たせることが出来るものが裏表紙のポケットに入ってた。

私独自の劇場版には、場面を全て、編んだ大道具+小道具で演出したいので、ステージに収まる寸法での梨の木を創作。


木の部分は適当に編んで、枝を縫い付け、葉っぱの部分はかぎ針編みで。

梨の実はお得意の Etsyで注文したチェコ製のガラス・ビーズを針金で装着。

葉っぱの数はあとでもう少し増やすかも知れないけれど。


そして最後に編み上げた登場人物は太鼓を叩く "Drummer"。


数え歌の中では12人のドラマーたちが居るはずなんだけど、さすがにこんなのを12個も編む気力はないので省略。

「劇場」に仕立てる為の木の箱も既に用意したし、カーテンに作り上げる為の真っ赤な別珍風の生地も端切れセールの見つけて買っておいた。


クリスマス劇場のプロジェクトとは全く別の企画で。

ボテっとした体型でひょうきんな顔の登場人物たちに愛着が湧いて、だから応用編として独自に人魚として発展させてみた。


青い目をして赤毛の人魚は私の気に入り。

色や表情を変えて幾つか作ってみることにして、2つ目は碧色を基調に濃い目の茶色の髪の人魚。


3つ目は紫色の尾びれにピンク色の髪をした人魚を作成中。

海の底を、編物とかぎ針編みで、それこそ色んな毛糸をあれこれと取り混ぜて使って、海の中の生物を再現したジオラマに仕上げる計画。

夏の作品展コンテストに向けて、色々と作りたいものがあり過ぎて困る。



2016年1月12日火曜日

家のはなし

今日は第二週の火曜日だから、私は久し振りに White Bear Lakeのラグ・フッキングのミーティングに出掛けるつもりだった。

家には車が一台しかないから、私が外出する際には、まず Davidを彼の仕事場まで送るのが手順で、だから割りと早めに家を出るんだけど。

今朝はとても寒くて、気温が氷点下20℃くらいしかなく。

それでも、ガレージが家屋に接続してるし、ガレージのドアはリモコンで自動開閉だし、ガレージにはキッチン脇のドアから直接行けるので、外気に触れることなく車に乗り込めるから、寒さは余り気にならないから助かる。

と、ところが!

今朝はキッチン脇のガレージへのドアが不具合で開かず。

じゃあ、ちょっと寒いけど、玄関から外に出てガレージのドアを開けて車に乗り込めばいいじゃん?とか思ったものの、ガレージドアを開閉するスイッチは2ヶ所、ガレージ内に設置されているし、肝心のリモコンは当然、車の中だし、そして当然、車はガレージの中だし。。。

ってので、途方に暮れて家の管理会社に連絡し、古くなったドアノブを交換してくれる人に速攻で来て貰う事が出来て助かった。

何しろ、この家は "Mid Century Modern"と呼ばれる建築のカテゴリーに入るくらいだから、およそ築70年前後で、だからドアノブも当初からの建具だとすれば、いよいよ古くなって機能しないのも無理はないって話で。

古い家ならではの個性とか雰囲気は魅力なので住むのは楽しいけれど、実際に所有して管理するとなると、かなりの維持費や修繕費が掛かるのは目に見えているので、暮らすのと所有するのとは全く別の事であり、だからある程度の期間限定で借りて暮らすのは本当に気ままで負担も無くてラクだなぁ〜と思う。

どんなに気に入って好きな家でも、買って暮らすには不向きな場合はあるし、それは車とか、極論で結婚する相手とかも同様かと思う。

あと数年はこの家で暮らしたい思いつつ、次回、この土地で家を買う時が来たら、果たして、どんな家を探すことになるんだろう?なんて漠然と考える。

その頃、子供たちが二人とも独立して家を出たとすれば、当然、残るのは Davidと私の二人きりだから、多分もう、そんなに大きな家は必要ないだろうし。

たまたま何の意味もなく、昔、暮らしたオンタリオ州(カナダ)の家を懐かしくグーグル・マップのストリート・ヴューで眺めたら、見覚えのある通りや家の風景に昔の記憶が蘇ったり、家の周りに新しくフェンスが出来ていたりするのを見るのは妙な感じだったり、自分がペンキを塗ったドアの色がそのままだったりするのを確認するのは微妙に嬉しくて、今となっては、まるで関係ないはずの見ず知らずの他人が住む家なのに、自分がそこで時間を刻んだ事実の形跡みたいなものを見つけて、それに安堵するのは不思議な感覚。

偶然 Erikaが「なにしてるの?」とやって来たので、コンピューターの画像を見せて説明しながら、「この家、覚えてる?」とか、そう言う話になり。

ちょっとだけ懐かしい家族の昔話をしたり。

「ついでにケベック州(カナダ)の家も見てみたら」と Erikaに言われて何の気なしに同様のグーグル・マップで懐かしい過去の我が家を訪問してびっくり。

家の庭に「売り家」の看板が立ってた。

私たちが10年近く住んで、内装工事をして、売りに出して、アメリカに引っ越して、売れて、、、から、まだ、ほんの2年くらいなんだけど。

私たちから家を買った人たちに直接会う機会は無かったけれど、10歳以下のお子さんが二人いるフランス語系の若いご夫婦だったと言うことは、私たちの代理で署名に出向いてくれた義理の母から聞いて知っていた。

せっかく購入した持ち家を僅か1〜2年で売りに出すことになった理由が果たして何なのか?私たちには一切、関係のない事だとは勿論、理解しつつも、でもやっぱり何となく気になる。。。

転職とか転勤とか、或は離婚とか、可能性は色々とあるだろうけれど、とにかく北米では本当に頻繁に家を売り買いするんだって現実。

「万が一、Daddyが失業してカナダに引っ越すことになったら、もう一度、あの家を買って住むってのはどう?」とか言う Erika。

オイっ!

縁起でもない冗談は止めて。。。

ってか、もしカナダに再び住むことになったとして、でもケベック州だけは選択肢に無いような気がしてる。

色んな理由で。

たまに遊びに行くのは勿論、楽しいけれど!

でも実際にそこで暮らすのはやっぱり違うから。


そして話題にはまるで関係なく。


意外なところ(世界中からの家具や用品雑貨を扱う『World Market』と言う店)で初めて目にした「チョコバナナ味のグリコ・ポッキー」を思わず買ってしまった。

日本では売れてるのかなー?とか思いながら、未だ試してみてないケド。

割りと日本のものが身近で売られてる現場を見掛けるミネソタと言う興味深い場所。




2016年1月7日木曜日

展覧会と講座の季節

*センターから届いた案内のポストカード*


私が月に2回程度の割合いで、火曜日に足を運んでいる Textile Centerにて、新年早々のほぼ2ヶ月の間で「A Common Thread」と言うタイトルの展示が毎年恒例であるらしく、会員である私も、去年に引き続き2回目の出品をさせて貰ってる。

去年はクリムト風のラグ、今年は金魚鉢の手提げ。

大それた展示発表会ではないけれど、センターを訪れた人たちに観賞して貰えるのは手芸家としての励みにもなり嬉しい。

他に展示されてる作品群は、織物だったりパッチワークのキルトだったり、染色やフックド・ラグ、衣類や帽子、人形など、様々な手法の作品が見られて楽しい。



年が明けたばかりのマーケティングは、フィットネスやエクササイズ、あとは身の回りのオーガナイズみたいで、買物に出掛けると、エクササイズ用のタンクトップやスニーカーや、部屋の模様替えに活躍しそうな商品類が目白押しで、まるでカンケー無い私にとっては、ちょっとゲンナリって感じ。

さすがにハロウィンからクリスマスに掛けての楽しい商品が氾濫するワクワク感は独特で、ちょっと名残惜しくもあり。

まぁ、少しだけ待てば楽しいイースターが再びやって来るけれど。

そして新しい年の始めには、色々と新しい目標を立てて新しい事に挑戦したりする人達も多いから、地元のコミュニティ・センターからのガイドブックが届いて、気軽に申し込んで参加できそうな講座やアクティビティが沢山あって目移りする。

*コミュニティ・センターから色んな講座案内ガイド*


スポーツやフィットネスだけでなく、アート(モザイクや陶芸、石鹸作りから編物などの手芸含む)やダンスや音楽、お料理教室、外国語、ビジネス、テクノロジーなどなど、多岐の分野をカバーしていて感心してしまう。

私は取り敢えず、以前から「あればいいのになぁ〜」と思っていた犬のグルーミング講座を見つけたので、それと、あとは護身術みたいな講座に申し込むかも。

Trixie(うちの犬)をブラッシングしたり、週に一度、爪を切ってはいるものの、実は果たしてどこまで短く切っていいのやら?まるで解らず、切り過ぎて深爪したり、出血したり、痛い思いをさせて恐怖心を持たせるのも嫌だから、いつも遠慮がちに切っていて今一つ自信がないのよね。

先週、Davidが Trixieを検診に連れて行って、健康的な問題は無かったものの、予想していた通り、歯垢が溜まりつつあることを指摘されて、このまま悪化すれば来年は麻酔して歯を綺麗にして貰うことになってしまうとのことで。

犬の歯を綺麗に保つって難しい気がする。

一応、気がついた時には歯磨きするよう心掛けてはいるものの、それだけでは不十分らしく。

ナイロボーンを噛ませたり、歯を綺麗にする効果があると言われるおやつを時々与えたりもしてるんだけど。

なので暫くの間、毎日の歯磨きを継続してみることに決めた。

別名「三日坊主の女王」とか、飽きっぽい自分には自信あるので不安だけど。

自分の子供たちは二人とも、それぞれ虫歯ゼロを目指し、歯列矯正も済ませ、責任を果たしたと思っていたのに、今度はまさか犬の歯磨き担当になるとは。



いずれにしろ、アメリカならではの土地柄なのかどうか、カナダのコミュニティ・センターでは見たことのないような講座もいっぱいあって興味深い。

筆頭は当然ながら、銃の安全使用に関する講習で、狩猟の免許を取得するには必要不可欠な知識や技術が学べるらしい。

あとは肥満傾向の人々が多い背景もありダイエットや栄養学の講座。

異色なのが、スピリチュアルやサイキックの講座。

そして催眠術の講座まであるの!

離婚に関する情報の講座があるのもさすがに納得な気がするし。

そしてトドメの講座がコレ→ "Ghost Hunting 101"

"Learn the basics of ghost hunting!"って!!!

"You will see evidence from actual investigations, discover what equipment works best and learn investigation ethics and proper investigating techniques."

「実際に、調査からの証拠を見たり、調査に最適で有用な道具を知り得たり、倫理的な方法での調査の技術を学びます」って!!!

さすがアメリカ。

まるで映画『Ghostbusters』の世界だわね、、、って感じに妙に納得。

夜間の課外授業として調査に出掛ける実習があるらしいので、ビビりの私はさすがにパスだわぁ〜。

因に、2回のセッションで講習料は39ドル也。

果たしてこれが安いのか高いのか?まるで見当も付かないけれど。

そして一体どんな人々が参加してるのか、それも興味津々だったり。

奥深いアメリカと言う国。





2016年1月4日月曜日

お正月休み明け

早くも、お正月の三箇日があっと言う間に過ぎ。

毎日だらだらと美味しいものをたらふく喰っちゃ寝ーしてたので、ほぼ予想通りに典型的な「正月太り」は避けられるはずもなく、体重計に乗った結果を見て「そりゃそーよねぇ〜」と妙に納得。

中年オバさんならではの開き直りで特にジタバタするでもなく。

ま、時間の経過と共にゆっくり元に戻るハズ、、、とタカをくくってる。


お正月とは言っても日本のようにお節料理を食べるでもなく。

金曜日の夕方に急遽、Erikaの彼が遊びに来ることになって、だったら晩ご飯も一緒に、じゃあ人数が増えたことだし、今週末はどうせ Erikaに選択権(外食かテイクアウト)のある週だからってので、彼女は『Toppers』のピザを選び、電話で注文したのをピックアップして来て5人で食卓を囲んで一緒に食べた。

2016年は、そんな訳で元旦からピザ。。。まぁ、そんなもんです。

食による季節感とか風情とか、まるで無し。

あ! それでも、お正月ならでは、ってので、箏曲の CD掛けました。

究極の「春の海」とか、、、琴に合わせた尺八の音色と共に、これぞ和の音楽であり、ミネソタのこの家が突然、和の空間に変身。

*食べ切れなかった分は翌日のランチに♪*
(北米人は翌日の朝食に
冷たいままのピザを食べるのが好きだったりもするケド)

*初めて試してみたポテトが乗ってる斬新なピザに*
日本ならでは(北米ではあり得ない種類)の
ユニークなトッピングのピザを懐かしく思い出してしまった


明日から Davidと Erikaはそれぞれ仕事と高校で通常のスケジュールに戻るけれど、カレッジ生徒の Kaitoは更に1週間、継続して休みらしく、だから引き続き家にいるみたいでちょっと気が重い。

私はのんびりと満喫してた冬休みの名残りを惜しみつつ、久し振りにロバート・パーマーの音楽を掛けてるんだけど、彼の突然の訃報をニュースで聞いて衝撃を受けたのが、ついこの間のような気がしてたのに、2003年の9月だったそうで、かれこれ10年以上も前だった事実に驚き。

過ぎてしまえば何事も、あたかも幻だったかのよう。

54歳でこの世を去った彼の年齢に、そう遠くない自分を重ねてみると何だか急に死というものが身近に思える。

彼は心臓発作だったけれど、そういった突発的な死の原因だったら、私だって明日、死んでしまう可能性だって十分にあり得る訳だし。

果たして、あと何回くらいお正月を迎えることが出来るんだろう。

夕方、焼いたお餅を磯辺巻きにして「あちちちっ」とか食べながら、喉に詰まらせないよう気を付ける事を、必要以上に意識しながら食べた。

大瀧詠一さんは林檎を喉に詰まらせて、呆気なく亡くなってしまったらしいけれど。

とにかく、過去を悔やんでも取り戻せる訳でも無し、将来に不安を抱いても果たして将来がやって来るかどうか?保証がある訳でも無し、確実なのは今、現在だけ、、、と思って、今、生きてる自分の奇跡を十分に味わって楽しんで生きたいと思う。

そんな新年の抱負、、、かな。





2016年1月1日金曜日

明けました

明けましておめでとうございます〜。 

遠くで花火が上がる音と共に、平和に新しい年を迎えました。

発泡性のあるワインを飲んで寝たので、すっかり朝寝坊しましたが。

昨日、大晦日は午後から Erikaと二人で巻き寿司を作り、それを晩ご飯とし。

それに加えて蕎麦を茹でて一応「年越し蕎麦」の気分で少しだけ食べたり。

何よりも、Erikaと二人で仲良くお喋りしながら大晦日に寿司を巻くのは予想外だっただけに、それがとても印象に残り、母親としての自分にとっては、最高は幸せな気分で一年の終わりを締めくくることが出来たのは嬉しかった。

家族4人、時には喧嘩して大声で叫んだり、冷戦状態だったり、関係がギクシャクしたり、フツーに、完璧ではない生身の人間なので色々とあるけれど(あ、でも Davidだけは例外で、彼は大抵ハッピーで常に中立的)、それでも基本的にはお互いを尊重し合って、いい感じの距離感を保って、健康に平和に共同生活を営めている事に感謝している。

2015年は、アメリカで暮らし始めて2年目で環境や生活にも慣れて余裕が出来た分、とてもリラックスして毎日の暮らしを楽しめた気がする。

仲間や知り合いも増えた分、孤独感みたいなものも感じなかったし。

何処に行って誰と会っても英語が通じる分、第一公用語を仏語とするケベック州で暮らしてた時みたいに目に見えない疎外感に縛られることもなく、自由な解放感いっぱいだったり。

2016年は、だからもうこれ以上に欲張りに望むことも無いんだけど。

私自身は引き続き独自に勉強(主に英語)する時間を維持したり、体を動かす時間も出来るだけ取るようにしたり、あとは芸術的な感性を高める努力とか、創造力や集中力を持続させる努力とかを意識して、だからそれらを一応、目標に。

ブログは引き続き、飽くまでも個人的に自己満足の世界で、日本語で思考して表現する限られた練習の機会として、今現在の能力を維持する目的で。

そして備忘録としての日記風に、取り留めなく思い付いたことなどを写真と共に、プロジェクトの創作過程とか、あれこれ。

まぁそんな感じで気紛れでも続けて行けたらいいかな、なんて思う。

新年第一号の作品は、ゴッホの、個人的に大好きな作品『Starry Night』を自分風にアレンジしたもので、現在、作業中。


手染めされた綺麗な藍色の背景を活かし、ラグ・フッキングの手法を中心にウール素材を刺繍したりの Mixed Mediaで。