2017年12月21日木曜日

回顧2017 その2

今年の作業を振り返るつづき。


本格的な夏がやって来る頃は、ミネソタの州祭に出展する為の作品の準備に取り掛かり、果たしてどのカテゴリーに登録するのか?最終的に何点を出品するのか?考えながら素材を集めたり、作業を進めたり、プレゼンテーションを意識しながら作品を仕上げるのは、単に目的もなく純粋な趣味としての物作りよりも、明確な目標があってやり甲斐もあり、自分にとっての励みや動機になった。

この時点で既に、テキスタイル・センターで開催された作品展には3度(1月の「会員展」と3月の「プリンス・キルト展」と5月の「グループ展」)も参加したので、とても充実して幸せな上半期だった。

*初春の作品展の後、夏の展示も終えて手元に戻った作品*

*2018年はウィスコンシン州での作品展に出展される予定で
私の手元には無いプリンス*


それ以外で私の転機となったのは、テキスタイル・センターのスタッフであるケイティさんからのコミッションで、彼女の愛猫をニードル・フェルティングの手法で創作するというもので、作品に対する報酬を得るという体験が、それまで自分の中で意固地なほどに堅く閉じられていた扉を開くきっかけになった気がする。


テキスタイル・センターのナンシーさんから、会う度に声を掛けられ、センター内のギフトショップで販売する為の作品を作って欲しいと言う誘いと提案だったのだけど、私は、販売する為の作品を作るのには向いてないと確信していた。

それは作る全ての作品がオリジナルで一点物であるから、それなりの執着心もあり、手放すことが容易でなく、しかも売値に対する価値のバランスを図るのが不可能な気がしてた。

例えば、手提げ鞄のように使える作品を作ったとして、その機能や耐久性についてはまるで自信が無かったし、逆にオリジナリティのある芸術作品として手間ひまと丹精込めて作った作品に対して値段を付けるのが難しいと感じた。

それでも、興味半分、試験的に自作の作品をセンター内のギフトショップの棚に陳列して貰い、少しずつ、作品が売れて行き、ほんのわずかな金額ではあるものの、売り上げの60%を報酬として小切手で受け取ることは私にとって新鮮な達成感であり、新たな衝撃と快感と、次なるステップへの挑戦のきっかけとなった事は確か。

ある意味、新しい自分の可能性の発見というか。

自作の作品を手放すことにも慣れて来た。

テキスタイル・センター自体、人の流れが多くある訳ではないので、ギフトショップの売り上げ自体、大きくないとは思う。

しかも、来店する人の背景が割りと限定されているし。

そういう意味でも、一体どんなものが売れるのか?見当が付かない。

現在、自分なりにマーケティングの勉強中♪な感じで、学ぶところが大きい。


とにかく、作品に話を戻し、、、7月頃には夏らしい作品を完成させた。


毛糸を手にした際、ひと目で「タコ!」を連想した。

そんな糸を使い棒針で8つの脚の部分を編み、頭部をかぎ針編みで。

キャンバスに固定した後で、ガラス仕上げに見える塗料でペイント。


その後もニードル・フェルティングの作業が楽しく。

テーマを決めて幾つかの猫たちを作り、背景を設定して仕上げ。




ビーズやポンポンや、ミニチュアの小物を使うのも楽しく。

どこでどんな素材が役に立つか解らないので、益々ガラクタ集めの趣味に歯止めが効かない感じで、Etsy徘徊の趣味にも拍車が掛かり。

もはや作品を作るのと同様に、素材を集める趣味が楽しくて堪らない。


上半期の作品群終了〜♪




回顧2017

12月も三分の二が終了。

いよいよ今年1年を振り返る時期みたいで、インスタグラムでも多くの人々が「今年の傑作ベスト9」を発表してるのを見掛ける。

私はどうだったかな?と写真のアルバムでこの1年を振り返って見た。

作品が多過ぎて、だから細々と小さなものは除いて。

あとはやりかけのプロジェクトも多過ぎるので、飽くまでも完成させたもので、そして自分的に割りと納得して気に入っているもの限定で。

それでも写真数が多くなるので、上半期と下半期とに分けて、ここに記録として残してみようと思う。


すっかり自分でも忘れていたけれど、1月は割りと熱心にかぎ針編みをやっていたみたいで、薔薇の花を作ったり、♡型のリースを作ってみたりしてたのは2月のヴァレンタインズ・デーを意識してたから。

*左がかぎ針中心、右はフッキングした面も加えて*


春先はイースターの為の作品を仕上げた。

ウサギやひよこや卵にニンジンやマッシュルームなど。

*麻布を土台にフッキングしたパーツを飾り*


5月にミネアポリスのテキスタイル・センターにて、グループ展をすることが決まって以来、俄然やる気が湧いて集中的に作業が捗ったクリムトのシリーズ。

何故か作品を仕上げる手法として好きらしい傾向のある「箱に入れる」形態で、シャドウボックスとして完成させた3点は、ラグ・フッキング、刺繍、ビーディング、縫製、編物、かぎ針編み、ニードル・フェルティングを要所に駆使し組み合わせた、所謂ミックスド・メディア。

*通称『Woman in Gold』で有名なクリムトの作品
アデール・ブロックバウワーの肖像と、
グスタフ・クリムト画伯を彼の愛猫と一緒に加えて*


*『The Kiss』*


*『メーダ・プリマヴェージ』の肖像*


作品展の為の作業が無事に終了してほっとした後は、再び自分の好きなものを作る事に時間を費やせることに歓びを感じながら、試験的なもの作りをしたり。

仲間から譲り受けた彼女の作業から出てスクラップ布を使ってイメージを作ったり、伸縮性のある綺麗なプリント柄の布でフレームを覆ってみたり。




額に入れて仕上げる作品を作るのが楽しくて、プリンスの横顔も彼の大好きだった花ヴァイオレットを添えて仕上げてみた。

久し振りに足を運んだ画材店で、新しい感覚の、シリコン系やガラスのように仕上がる塗料を見つけ試さずにはいられず、わくわくとした気持ちいっぱいに作業したのが夏の初め頃のこと。




スクラップ素材を使ってイメージを表現する手法の延長は、ラグ・フッキングの際に出る「スニペット」の通称で呼ばれる切り落とされた細いウール生地を使った絵。

モザイク的に配置してメタリックの糸を用い固定。

行き当たりばったり的なイメージとして「2本の樹」に見えるかどうか。



写真が増えて、しかも長くなったので、ここでひと息。 

次回につづく。。。


2017年12月20日水曜日

映画三昧

ミネアポリスのテキスタイル・センターにて、来年の年明け早々から春先までの3ヶ月間で開催される作品展に参加する為、出展作品を昨日、搬入した。

審査なく、会員ならば誰でも参加できる展示会なので、毎年、割りと気負いも無く気軽に出展してるし、私にとっては、お正月の縁起担ぎのような恒例の儀式になってるような、そんな感じ。

そして今年の出展作は、今までで一番大掛かりなマネキンサイズの上半身。




人間とほぼ同じサイズで、しかも人間のカタチをした作品なので、それを車に乗せて運ぶのには何だかちょっと妙な神経を遣った。

何しろ、後部座席を倒し、使い古しのシーツを広げ、作品が汚れないよう包む計画通り、シーツの上に上手く寝かせたボディを包んだら、まるで「死体ですか?」みたいな予想通りの格好だったから。

うっかり警察官に停められたりなんかしたら、「ち、ちょっと、そのシーツに包まれてる死体みたいな荷物は一体。。。!?」とビビられ、拳銃を向けられて「両手を上げてゆっくりと車から下りなさいっ!」なんて命令されたりなんかしたら笑えない冗談みたいでヤダなぁ〜、なんて。

多分、ほとんどあり得ない、、、とは思いつつ、ドラマチックなシナリオ劇が脳内で展開されるのは、やっぱりここがアメリカって背景と現実もあり。

とにかく難無く無事に搬入を終了したのではあるけれど、勿論。

そして今日は小雪が降っていたから、昨日、済ませて良かった。

雪のせいもあり、日中も薄暗いような日だった。

空模様が暗いと作業も捗らないし、何だか気分も滅入ってしまう。

でもまぁ、それが典型的な冬って感じなのかも。

それならそれで、開き直ってどっぷり冬の気分に浸ってしまえぃ!みたいなノリで、冬はやっぱり「コタツにみかんにテレビ」の3セットで。

さすがにコタツは無いけれど、テレビが置いてある地下のファミリールームには日本から引越しの際に持って来た電気のホットカーペットがあるし、最近 TARGETで買った電気毛布もあるし、日本のみかんのようなオレンジもある。

普段まったく見ないテレビなので、特にこれと言って観たい番組が無い代わりに、映画のコレクションは沢山あるし、図書館から借りた DVDも幾つか常にある。

最近 Davidに頼んで借りて来て貰った映画は、まさかのトワイライト・シリーズ。


*全巻セットでどーん!と箱入り*


実は私、映画『トワイライト』が割りと好き♪

1番目の映画が一番好きで、続けて2作目も DVDで観て、その流れで3作目も観た覚えがあるんだけど、その後は何だか興味が薄れてしまい、もうどうでもいいやってな気分で忘れてたんだけど、最近になって懐かしくなって、取り敢えず、完結して最後まで観ておかないと中途半端な気がしたから。

カウチの上で電気毛布に包まって熱いお茶を啜りながら「トワイライト祭り」とか「トワイライト・マラソン」とか、そんな盛り上がりで愉しみました。

ま、たまにはそんな日があってもいいよね!?と漠然とした後ろめたさを払拭するよう「この後、アイロン掛けするから♪」と自分で自分に言い訳して。

いったい誰に対する後ろめたさなのか?世間に対する罪悪感なのか?自分でも良く解らないんだけど。

そして昨日の晩は Davidとふたりで映画『スター・ウォーズ:最後のジェダイ』を観に行った。

私たちは夜8時からのを観て、Kaitoは午後1時頃からのを観て来たらしい。

本当は週末に3人で行くはずだったけれど予定が合わなかったので。

コミュニティ・カレッジでフィルム・メイキングを学ぶ Kaitoは、映画撮影の仕事が週末にあって出掛けてた。

何だかんだで家族がみんな映画好きだったりするのは面白い現実。

私だけ付いていけない映画絡みの内輪ジョークは沢山あるけれど。

理解できるよう、最大ネタのモンティ・パイソン映画を観るべきかどうか。


2017年12月14日木曜日

師走の奔走

11月の中旬を過ぎてしまうと時間の経過が本当に速くて。

気がついて見ればあっと言う間に12月も半ば。

毎日毎日の小さな出来事の連続に追われ、気持ちの抑揚や葛藤やに翻弄されつつ、この時期ならではの Winter Blue とか Winter Blur とか、パッとしない気分の冬鬱傾向に気分が傾いてしまう感じで。

それを口実に、やらなくてはならない目の前の雑用から逃避したり。

それらが雪だるまみたいに溜まって大きくなって行って圧倒されてしまって、余計に何も手に付かない気分になってパニックモードだったり。

クリスマスがやって来る華やいだ気分は楽しくて大好きでも、この時期ならではの行事やらイベントに伴う準備やらのあれこれを考えると憂鬱になる現実もあり、複雑。

ここ数年「自由人」的な生き方が許されてる自分にとって、「しなければならない」と「するべき」とか、そういった強制的かつ義務的な業務が負担。

多分、世間一般の人々が難無くこなせるような物事の一つ一つが、私にとってはいちいち重大な事件= Big Deal だったりして、余計な神経を擦り減らし無駄に疲労してるのも解ってはいるんだけど、「落ち着け自分」と言い聞かせるくらいしかなく。

ちょっとした「年末年始パニック症候群」って感じかも?

小さな懸念としては「クリスマスの晩餐をどうする?」ってな事で、冷静に考えて見れば単純で下らないことだったりするんだけど。

取り敢えず、家族内でクリスマスの朝に交換するプレゼントの数々(一人に一つずつと言う訳じゃなく複数)の買物は無事に済ませたのでいいとして、実はこれ自体が既にもうかなりのストレスだったんだけど。

北米でのクリスマス・ショッピングは、ハリウッドの映画にもなるくらい人々の思い入れも強く、小売店の年間売り上げの半分以上を占めるのがこの時期だし、だからこの時期での買物は本当に混雑して大変。

昨日はようやく家で独りの時間を見計らってプレゼントを包装した。

複数の、デザインの違うクリスマスの包装紙で、宛名用のステッカーも貼って。

数が多いし、どうせ内輪だし、どうせゴミになるのでリボン掛けは無しで。

日頃お世話になっているご近所さんに渡す為のクリスマス・プレゼントは、日本のお歳暮みたいな感覚で、箱詰めのチョコレート(この時期、特設営業の See's Candies!)と一緒にカリフォルニア・ワイン(個人的に大好きな Gallo)とかキッチン・タオルとかペーパー・ナプキンとかハンド・ローション(私的に贔屓の Crabtree&Evelyn)などなどで、それらは綺麗に包装してりぼんも掛けなくては。


そんな時期にあって、ヴォランティア先のギフトショップも割りと忙しい。


前回、私のシフト日がたまたまブラック・フライデー(サンクスギビングの翌日で世間一般の大特価日)で、でも私には関係ないと思って行ってみたら、しっかり店内のあちこちに「Black Friday Sale」の張り紙があってビックリ。

全然聞いてないよ〜と思いつつ、でもよくよく思い出して見ると確か去年もそんな感じだったかも?なデジャヴぅ〜だったのは余談で。

私が金曜日で、Erikaが土曜日のシフトって事も多々あり、私の「売り上げが割りと良くて忙しかった〜」てな充実感に浸った翌日、Erikaが更に私の3倍くらいの売り上げでシラッとしてたりするのを見て、ちょっとだけ複雑な衝撃を受けたり。

若くて、要領が良くて、接客上手だったりする彼女にほんの少しの嫉妬、と言うか。

所詮ヴォランティアなので、ライバルって訳では勿論ないのではあるけれど。


で、家のクリスマスに話は戻り、業務(!?)の一つに「飾り付け」ってのもあり。

ハロウィンやサンクスギビングの飾り付けを片付け、今度はクリスマスのデコレーションを見繕って、電飾その他の諸々を引っ張り出して。

今年は諸事情に依り、クリスマスツリーを買わないことを家族会議で決めたので、その代わりと言う意識が潜在的にあったのかどうか、TARGETの店頭で見掛けた電飾のディスプレイに心を奪われ、帰宅後、検索してみたらネット上では既に売り切れて「在庫無し」ってのにガァ〜ン!

「店頭に並んでるのを早くゲットしなければ!」の気持ちに拍車が掛かり、早速、週末の朝早くに出掛け、混雑の前に無事に買って来た。

*一目惚れして後から真っ先に買ったガチョウの親子3点セット*


*躊躇いつつ一緒に購入した子鹿=Fawnも一緒に暖炉前に設置*


私は現実的に「無収入の専業主婦」であるから、割りと大きな買物をする際にはそれなりの躊躇いもあって、脳内での会話を良くするんだけど、「コレって本当に必要なの?」「必要じゃないけど、可愛いじゃ〜ん♪」「要らないよ」「でも欲しいの」「駄目」「お願い♡」そんな不毛な綱引きみたいな会話。

大抵の場合は、理性のある「却下」ってのが勝って、自分の中では諦めて納得したつもりで買わずに帰るんだけど。

家に帰った後、忘れることが出来ずにグズグズとズルズルと問答するって事も少なくなくて、結局、エイっ!と買うことに意を決して店に戻ると既に欲しかった商品が売れてしまってる→→→大きな後悔→→→以前にも増して更にもっとソレが欲しい欲求に駆られる、、、と言うパターンを何度も経験している。

にも拘わらず、相変わらずそのパターンを繰り返す自分って。。。!


今回、そんな葛藤の後に、でも無事に購入する事が出来たのは子鹿の父♪

*親子一緒で嬉しそう♪(!?)*


子鹿だけでは寂しそうだったし、やっぱりアントラー=角のある鹿も欲しかった。

これ自体、電飾としてはかなり真っ白で寒い光なので、昼間は暖色のボール状の電飾を鹿の足元に飾ってる。

*スーパームーンを翌日の明け方に玄関から見た*


今季は既に本格的な雪も3度くらい降り、窓の外は文字通り白銀の世界。

確実にホワイト・クリスマスを迎えるんだろうと思う。

久々のブログで長くなるので、次回につづく。。。


2017年11月23日木曜日

Thanksgiving Weekend

今日はアメリカの収穫祭/感謝祭でつまり "Thanksgiving/サンクスギビング"。

学校や仕事が連休になる人も多いみたいで、火曜日に Textile Centerの仲間との昼食で、地元で人気のビールの醸造をしてるレストラン『Surly』http://surlybrewing.com (メニューも今風で料理も美味しい♪)に行ったら、広い店内のテーブルはどれも埋まって、ほぼ満席状態の活気に驚いた。

ウェイトレスさんの話では、多分、ホリデーで遊びに来てる州外の親戚とか、遠くの大学に通い帰省してる学生さんたち仲間とか、とにかくサンクスギビングで人々が集まる機会でもあり、ランチ+ビールにこぞってやって来てるのだろうって事。

アメリカのサンクスギビングは、何だかカナダのそれよりも大袈裟な印象。

ともすればクリスマスのホリデーと同等か、それ以上くらいな勢いで。

うちの近所の通りにも普段見掛けない車が多く停まってるのを見ると、親戚や友達が集まっての食事会なのだろうなぁ〜と想像する。

ミネソタ暮らしのカナダ人一家の私たちにとって、そんなイベントや光景はちょっとだけ羨ましくもありつつ。

でも実は、正直なところ、そんなに社交的とは言えない私たちなので、沢山の人が一度に集まって交流するのは苦手な部分もあり、だからそうした面倒なこともなく静かに家でのんびりと、自分たちの好きなことをしてだらだらと過ごせる連休は、とっても幸せなことだったりもする。

とは言え、近所には顔見知りの友人やご近所さんも多く、ヴォランティアや趣味を通じて集まる仲間が沢山いるので、この土地でのエイリアン的な孤独感とか疎外感とかは一切ないのではあるけれど。

そしてミネソタの気候は変化が激しく、既に今季は2度の降雪もあったり、昨日は−10℃くらいでいよいよ寒いと思ったら、明日は一転して10℃くらいまで気温が上昇する予報で、Davidは再び自転車に乗って出掛ける予定に嬉々としている。

私は隔週で火曜日に参加していたラグ・フッキングの仲間が、新たなグループを月曜日の晩に始めて、会場がうちの近くの教会(もの凄く大きな建物で部屋が幾つもある)なので、早い晩ご飯の後にパジャマで出掛けられるような気軽さで。

そのお陰で、Textile Centerも隔週でなく、毎週火曜日に顔を出せるようになったお陰で、以前にも増して仲間やスタッフとの関わりが濃く深くなった気がする。

やっぱり人との関係は、時間や会話を重ねて距離を縮めたり信頼を築いたりするものなんだって事を改めて実感するような。

そんなタイミングで Textile Centerの資金集めのキャンペーンがあり、事務局のジェニーさんから、ニュースレターに掲載する為の短い記事を書く依頼を受け。

英語が母国語ではないながら、自分の書いたメッセージと顔写真が載ったニュースレターが会員たちにメールで発信されたのを見るのは感慨深かった。

まぁこの時期、寄附や募金を募る団体は少なくないので、キャンペーンを成功するのは容易ではないのだけど。

フッキング仲間のジェイン・Nさん(ジェイン・Zさんとの区別でNを表記)も恒例でホームレスのシェルターに寄附する為の靴下集めをしているし。

善意とか貢献とか、どこで線を引くのか難しいところ。

私はヴォランティアとしてシニア施設に時間を提供しているし、それがたまたまギフトショップでもあり、ヴォランティアは20%のディスカウントもあるので時々そこで買物もして資金の貢献もしてる。

Textile Centerではギフトショップに作品を提供して、売り上げの40%が差し引かれてセンターへの資金となるので、それが私なりの貢献かと思ってる。

だから実際にお財布からお金を出して寄附するのは、もっと生死に関わるような、切羽詰まって援助を必要とするような場所(戦火の医療施設での器具や難民の為の毛布、発展途上国の子供たちのワクチンなど=ユニセフ)に贈りたい。

確固とした線引きが自分自身の中にはあるものの、でも、ホームレスの為の靴下をあげない事に対する後ろめたさみたいなものがあったりするのが嫌。

前回の Textile Centerでは、私が納品?したばかりのネックレスが2つと、ニードル・フェルティングの鳥と樹株のピンクッションが早速に売れていまい、ギフトショップのコーディネーターであるナンシー・Gさん(周辺にナンシーさんが沢山いて、ナンシー・Mさん、ナンシー・Kさん他)も嬉しかったみたいで、私の顔を見るなり報告してくれて、ついでに High Five/ハイ・ファイブ(空中で互いの手を叩くこと=日本では何故か「ハイ・タッチ」と言うやつ)もした。

少し前、ナンシー・Gさんとはちょっとした確執があり、メールでのやり取りで問題を解決しなければならない経過があったので、それを解消してわだかまりが無い事をお互いに示すことが出来たみたいなのは良かった。

その件で、Textile Centerのディレクターであるカールさん(明治のカールおじさんを連想してしまうけれど!)も巻き込んでたのだけど、彼がわざわざ私のところにやって来て、声を掛けてくれたことにも感謝しつつ、「すっかり問題は解決したので大丈夫です♪」と伝えることが出来て良かった。

何かしら問題が起きた場合の対応とか解決する手法とか、日本と北米との間で随分と違うのは、やっぱり歴史的背景に基づく文化や国民性の違いが大きく、その上で価値観の個人差や気質/性格なんかも当然あるから何かと勉強する事は多い。

明らかなのは、日本の「出る杭は打たれる」に反して、北米では、特にアメリカでは「Squeaky wheel gets grease」(ギシギシと音を立てる車輪は油を注してもらえる)ってメンタリティの土壌があり、カナダはその中間って感じ。

長年の北米暮らしで私は随分と違う自分になったのを実感する。

勿論、日本で暮らしたとしても、歳と共に経験を積んで分別のある思慮深い賢明な老人へと成長することも出来ると確信するのではあるけれど。

郷に入っては郷(Hiromi Go!を連想してしまう自分に苦笑)に従うべき場面が多々あるのは現実で、日本ならでは発想が通じなかったり、不利になったり、危険だったりさえする事もあるから、やっぱり私は郷に添うよう進化したのだろうと思う。

その過程で、何を失ったかのか(日本らしい、日本人ならではの何か)を自問自答することはあるけれど、ちょっとだけ残念な気もしつつ、けれど、それは仕方の無いことなのだ、ってな開き直りの気持ちもあり複雑。

そして手作業の場面でも季節柄のホリデーがテーマとなり。

手持ちの毛糸で色んな(クリスマス)ツリーを試作中。

幾つか作ってインスタグラムにアップしたり。

*Textile Centerのギフトショップに納品しようと思ったら
仲間うちのメアリーさんが「英国の友達に贈りたい」ってので
ツリー(↑家の直ぐ右側)を一つ買ってくれた♪*


相変わらず、面白いなぁ〜と思ったり、意外で新鮮に感じることは、第三者の嗜好は、まるで予測が出来ず、見当が付かず、自分ではまるで解らないという現実。

自分で「傑作!」と思ってもウケなかったり、何だか「ちょっと不格好」とか「今一つ」とか思うようなものが気に入られて褒められたり。

「え”ぇーっ、ほんとに!?」とか「そ、そうなの!?」とかの連続。

人の好みは様々で、他人の好みは解らない。

だからこそ、作品が短期間で売れたりするのは余計に嬉しい。

認められた気がして。共感して貰ったような感じで。

かと言って、売れたからもっと作る?ってな気分にもなれず、つくづく自分はビジネス思考の人間ではないなぁ〜と思うのだけど。

売りたいけれど売れ筋を作る葛藤があったり。

自作の作品を売ると言うことに関する場面で、まだまだ試行錯誤の手探り状態で、自分との問答を延々と繰り返してるのが、何となく哲学的だったりもして、時に仏教の思想みたいだったりもして、やっぱり自問自答の過程は面白い。

本当に自分が望むものを見極めたり、自分の才能や本質を掘り下げて探求したり。

Textile Centerでの仲間は皆、知的で個性的で、それもそのはず作家だったり写真家だったり彫刻家だったりするプロ集団でもあるので、そんな魅力的な大人の中に身を置いて多大な刺激を受ける。

一方、ラグ・フッキングの仲間の多くは一般的な主婦で、作業するフッキングのデザインのほとんどは「買った」ものだから、自分でデザインをしたり手描きをしたりの "Creativity"の核とも言える下地の部分をやらない人が多い。

話題も子供たちのスポーツだったりTV番組のシリーズだったり。

全く別の、要素の違う女性たちのグループではあるんだけど、、、だからこそ、そのどちらにも関わることが出来るのは面白い気がしてる。

この先どうなるか?は解らないけれど。オプションとか選択肢があるのは素敵♪

明日は Thanksgivingの翌日で巷で言われる "Black Friday"と言う大セールの日。

店によっては早朝から開店するところもあるみたいで、目玉商品を狙って店の前に行列が出来たりもするんだけど。

そんな中になって、私はシニア施設のギフトショップでヴォランティア予定。

高齢の入居者たちが争って押し掛けないといいけど。

そんな事になったら死者が出ない可能性も無いとは言えないから。

高齢者ならば尚のこと。ひぇ〜。




2017年11月12日日曜日

冬時間+11月初旬

先週の日曜日に夏時間が終わり、時計の針を1時間戻した。

ちょっと早めに目覚めた日曜の朝に、実はまだ「あと1時間眠れるのよ」みたいなのは何だかちょっとだけ得した気分で嬉しい♪

これでまた「夜明け」の自然な明るさで目覚めることが出来るのも嬉しい。

何しろ最近は朝7時になっても辺りは真っ暗で、寝室の電気を点けずに箪笥の引き出しからシャワーの後に着るための下着を選び出すのが困難になってた。

それでなくても私の引き出しの中は黒い色の衣類ばかりなので見分けが容易でないのに。

あとは、ミネアポリス市街のカレッジに通う Erikaが、木曜の午前中に早く始まる授業があるので、その日は早い時間の市バスに乗るため家を朝7時に出るのだけど、まだ夜が明けない真っ暗闇の通りへ向かって歩いて行く彼女の後ろ姿を見送るのは、何だか不安で心細いような気がしてた。

夏時間が終了したお陰で、今朝はすっかり明るくなった通りに見送ることが出来て良かった。(と、ここまで書いたのが既に数日前)

まぁそれと同時に日が暮れる時間も早まるので、夕方の早い時間にとっぷりと日が暮れてしまい、暗くなってからの時間に外出する用事があるともう、寒いし暗いし気が重く、出掛けるのが本当に憂鬱な季節の到来って感じ。

やっぱり私は夏の方がいいなぁ〜。

などと言っても仕方ないので、何とか気持ちを切り替え、これから暫くの間での季節ならではの楽しみにどっぷりと浸る覚悟ではあるんだけど。

手始めにスパイスの利いた林檎のジュースを温めて飲んだり、クラムチャウダーはじめ各種のスープを頻繁に味わったり、紅茶も美味しい季節ね〜♪とか言って、やっぱり楽しみは美味しいものからスタートが手っ取り早く。

あとはセーターやカーディガンやスカーフのお洒落も楽しい季節。

手仕事のプロジェクトとしては、季節に関係なく通年でウールを扱い編物も継続してるけれど、それでもやっぱりこれからの季節での編物は何だかしっくり来る気がするし、だから毛糸やウール素材を使った作業に費やす時間の比重も更に増えるかも。

まずは「クレージー・カーディガン」の第二弾として。

日本製の毛糸で北米でも人気の高い『NORO』のシリーズで "Kureyon/くれよん"はウール100%で手触りが柔らかく、発色の良い色が混じり合った毛糸で、いつかこの毛糸を使って何かしら身に纏(まと)うものを作って見たい欲求が、頭の中で沸々と大きく膨らんでた。

地元の毛糸店を廻ったけれど何処も在庫が無いらしく、仕方ないのでネット検索したら全色が18種類あったので、全ての色を一つずつ18個、嬉々として注文。

届いてみると余りにも綺麗で嬉しくて、だから花束みたいに配して暫くの間うっとりと眺めてた。

*国内から17個が届き、何故か1個は遅れて英国から配達された*


編物の問題は「中毒性」があるって事かと思う。

ひとたび編み始めると「あと一段」「あと一段だけ」と心の中で呟きながら、なかなか手を止める事が出来ずに延々と編み続けてしまう。

だから他の事がなかなか出来なかったり、中途半端になってしまったり。

いつもの事ながら、他にも試作したいデザインのアイデアとか、試したい素材の山とか、仕上げるべきプロジェクトが目白押しに頭の中で爆発しそうになってる。

Textile Centerは常設のギフトショップに加え、ギャラリーの部分を全面開放して大規模にクリスマスをテーマにしたホリデー・ストアを展開してるので、そのスペースに展示/販売する為のクリスマス作品を数点仕上げて届けたの同時に、売れ残った分のハロウィンの商品を引き取って来たり。

*ニードル・フェルティングの手法で作った
「シュガー・クッキー」風のサンタの顔のオーナメント*




*クリスマスのガーランド*
(グレーの「紐」の部分は編物用に市販されてる極太の毛糸で
直径が1 〜 1.5 cm 以上あると思われる太さ)


作った作品を販売することは私にとって未だ目新しい体験でもあり、色んな分野での試行錯誤の段階で、実験的だったり、法的な問題の解決が必要だったり、関わる人々とのコミュニケーションの中での葛藤や誤解があって、その解決が必要だったり、何かと神経を擦り減らしたり、落胆したり、憤慨したり、忙しい。

代償として、その後には大抵の場合、嬉しい事があったり、充足感に満たされたり、自己満足感に浸れて幸せだったりもするんだけど。

気分が高揚したり下がったり、ハッピーだったり悲しかったり、本当に忙しいんだけど、それがきっと生きてるって事であり、生涯がずっと学びの連続であるって事なんだろうと解釈してる。

実感させられるのは、色んな局面に置いて扉は一つだけではないって事で、当てにしてた扉が閉じてしまうような場合でも、別の扉がいずれ開いてくれるってこと。

日本語で言うところの、まさに「捨てる神あれば拾う神あり」そのものですな。

まぁそんなこんなでの日々に追われながら、時に Erikaと母娘ならではの?激しい口論になるような日もあったり、かと思えば、Kaitoと外出した後に帰宅すると、家中にキッチンから大音量での音楽が響き渡ってて何事かと行って見ると、Erikaがゴム手袋して曲に合わせて鼻唄を歌いながら洗い物や台所周りの掃除をしてくれてたり、そんな感じ。

興味深いのは、Erikaが大音量で掛けてるような曲が何故か割りといつも80年代のヒット曲集ってことで、つまり懐メロなんだけど、私にとってのまさに「青春のメロディ」ばかりってこと。

『Spandau Ballet』に、『Human League』、『A-ha』や『The Cure』『 Tears for Fears』なんかで、たまたま私が帰宅した時には『Simple Minds』の♪Don't You (Forget about Me)♪だったものだから、つい反応してしまって、即座に荷物を放り出すと Erikaと一緒にハモりながら踊るって感じの盛り上がり。

世代を越えて愛される音楽の威力って凄いと思う。

特にあの頃はインパクトの強い楽曲が沢山ヒットしてた黄金期だった。

まさか将来、自分の娘と同じ音楽を共有するとは夢にも思わなかったけど。

そしてカナダのは既に随分と前に終わってしまった感のある Thanksgiving/サンクスギビング、アメリカのは今月の23日(今頃?って感じ)と遅めにやって来る。

秋の収穫祭でもあるサンクスギビングに付きもののデザートと言えば、やっぱりパンプキン・パイかな?ってので、ピンクッションを作った。


あとは最近、自分の好きな題材でもある鳥を色んな手法で作ってる。

*樹の切り株のピンクッションと青い鳥たち*


写真に撮ると割りと早い時期にインスタにアップする事が多いので、ブログとは重複してしまうけれど。

とにかく先行き未定の米国暮らしでありつつ、私自身は依然として働けるヴィザが無いので就労することも叶わず、自分だけの車も無いから、毎日、家に居てキッチン・ドリンカーになったりドラッグに手を出したり、気が狂ったりしないよう、手芸に没頭するよう努めてる訳だけど。

正直、この先に何を求めてるのか?自分でも謎。

手芸家として作品展と販売を愉しむのか、もっと芸術的な、繊維の彫刻家とか、繊維の絵画とかの表現の道を極めるのか、果たしてどの道でどの辺りのゴールを目指したいのか模索中。

友人の母親は70代の後半に画家として著名になったエピソードなどを聞くと、私にもまだ十分な時間があるような気もするし。

でも、もう十分、自分の好きなように好きな事をして生きたような気もするし。

昨日、Erikaから徐に「どんな老人施設で余生を送りたい?」と訊かれて唖然とした。

たまたま一緒に老人施設内のギフトショップでヴォランティアをしてるから、ってなタイミングでもあったんだけど。

施設で多くのシニアやシニアのご家族や、看護師の人々と接する機会があり、体験談を耳にする度、色々と考えさせられるのは事実で、だから Erikaもふと気になったのかと思うんだけど。

日本人の私と、カナダ人の夫と子供たちと、米国で暮らす現状は良いとして、この国の政治や保険制度を考えると、将来的に長く暮らすのは難しい気もする。

日々、あれこれと考え思い悩む事は尽きないのだ。。。ふぅ〜。



2017年10月26日木曜日

モロッコな昼食

先週の土曜日は珍しく本格的に雨降りの一日で、どょ〜んと暗く。

玄関脇の窓から楽しみに観察を続けてた楓の紅葉も綺麗な最高潮に達した後は、てっぺんから葉を落として行き、見る見るうちにすっかりハゲ坊主。

*雨に湿って全体的に茶色っぽい風景に溜め息*


どんよりと暗い週末は家に籠って静かに好きなことをして過ごそう。。。

なんて思ってたら、Davidがいきなり「モロッコ料理が食べたい!」と言い出し。

何でも彼がいつも聴いていてポッドキャストのホストがリポートでモロッコへ行った際、現地で食べた料理がどれも美味しかったンだそうで。

それを聞いて、「そういえば、モロッコ料理って食べたことあったかな?」と思い、どうしても食べてみたくなったんだそうな。

検索したら、このエリアにも数店で専門のレストランがあるらしく。

翌、日曜日の昼食に出掛けることに。

取り敢えず選んだのは、気軽に行けそうなミネアポリスのミッドタウンにある店。

何度も通り掛ったことはあるけれど、建物を正面から見たことがなかったので、予想外に素晴らしいアールデコ風?な建築物に驚いた。


上階はアパートメントになってるらしいんだけど、このビルの一角に集合レストランやブティックが入っていて、とっても雑多で異国的な『Global Market/グローバル・マーケット』は何だかとってもエキゾチックな雰囲気。


私たちは日曜日、ランチの早い時間に行ったので混雑前だったし、開店してない店もあって割りと静かな感じではあったけれど、異国情緒たっぷりに国際色豊かなレストランが幾つも入ってフードコート状になってる空間は、映画『Blade Runner/ブレード・ランナー』の中でハリソン・フォードが「ヌードル」と「何か」を4つ注文して、屋台のオジさんに「2つで十分ですよぉ〜、解って下さいよぉ〜。」と言われる、混沌とした街の様子を彷彿するような。

*割りとひっそりとしてたモロッコ料理のブース*


Davidは骨付きラム肉の "Tagines/タジーン"なるものを注文。


クスクスの上に乗ったラム肉はじっくりと調理されて柔らかかった。

多少臭み(ラム肉特有の)があるので、私は味見させて貰う程度で十分だけど。

なので私の選択は「海老のタジーン」。


初めて注文する料理なので、一体どんなものを期待すればいいのか?ちょっとしたワクワク感を伴う不安もあったけれど、カラフルに絵付けされた大皿の上には色んな具材がたっぷりと乗っていて、最後に廻しかけてくれた熱々のスープ状のものが湯気を立てて美味しそうだった。

たっぷりの温野菜と、かと思えば冷たい野菜もあり、何だかその温度差を一緒に味わうのが面白い気がした。

ひよこ豆や、大好きなオリーヴもたっぷり。

私たちが食べていると、店の前に列が出来始めてた。

「ねぇ、モロッコに行って見たいと思う?」と Davidに訊いたら、「うーん、どうかなぁ〜」ってな返事で、それは私も同様。

余り冒険心があるとは言えない二人なので、多分、無難に近代化された都市にしか出掛けることは無いかと思われる。

なので、どんなにモロッコ料理が美味しくても、モロッコまで実際に出掛けて行って現地で本格的なモロッコ料理を食する可能性は激しく低い。

だからこそ余計に、こうして家の近くに居ながらにして、遠い異国のエキゾチックな味を試してみる事が出来る環境と状況を有り難いと思う。



ランチの後は別行動で、Davidは車に積んで来た自転車でサイクリングに出掛け、私はマーケット内をぶらぶらと散策して、特にこれと言って欲しいものも見つからず(←珍しい!)結局、何も買わずに車で帰宅。