学校や仕事が連休になる人も多いみたいで、火曜日に Textile Centerの仲間との昼食で、地元で人気のビールの醸造をしてるレストラン『Surly』http://surlybrewing.com (メニューも今風で料理も美味しい♪)に行ったら、広い店内のテーブルはどれも埋まって、ほぼ満席状態の活気に驚いた。
ウェイトレスさんの話では、多分、ホリデーで遊びに来てる州外の親戚とか、遠くの大学に通い帰省してる学生さんたち仲間とか、とにかくサンクスギビングで人々が集まる機会でもあり、ランチ+ビールにこぞってやって来てるのだろうって事。
アメリカのサンクスギビングは、何だかカナダのそれよりも大袈裟な印象。
ともすればクリスマスのホリデーと同等か、それ以上くらいな勢いで。
うちの近所の通りにも普段見掛けない車が多く停まってるのを見ると、親戚や友達が集まっての食事会なのだろうなぁ〜と想像する。
ミネソタ暮らしのカナダ人一家の私たちにとって、そんなイベントや光景はちょっとだけ羨ましくもありつつ。
でも実は、正直なところ、そんなに社交的とは言えない私たちなので、沢山の人が一度に集まって交流するのは苦手な部分もあり、だからそうした面倒なこともなく静かに家でのんびりと、自分たちの好きなことをしてだらだらと過ごせる連休は、とっても幸せなことだったりもする。
とは言え、近所には顔見知りの友人やご近所さんも多く、ヴォランティアや趣味を通じて集まる仲間が沢山いるので、この土地でのエイリアン的な孤独感とか疎外感とかは一切ないのではあるけれど。
そしてミネソタの気候は変化が激しく、既に今季は2度の降雪もあったり、昨日は−10℃くらいでいよいよ寒いと思ったら、明日は一転して10℃くらいまで気温が上昇する予報で、Davidは再び自転車に乗って出掛ける予定に嬉々としている。
私は隔週で火曜日に参加していたラグ・フッキングの仲間が、新たなグループを月曜日の晩に始めて、会場がうちの近くの教会(もの凄く大きな建物で部屋が幾つもある)なので、早い晩ご飯の後にパジャマで出掛けられるような気軽さで。
そのお陰で、Textile Centerも隔週でなく、毎週火曜日に顔を出せるようになったお陰で、以前にも増して仲間やスタッフとの関わりが濃く深くなった気がする。
やっぱり人との関係は、時間や会話を重ねて距離を縮めたり信頼を築いたりするものなんだって事を改めて実感するような。
そんなタイミングで Textile Centerの資金集めのキャンペーンがあり、事務局のジェニーさんから、ニュースレターに掲載する為の短い記事を書く依頼を受け。
英語が母国語ではないながら、自分の書いたメッセージと顔写真が載ったニュースレターが会員たちにメールで発信されたのを見るのは感慨深かった。
まぁこの時期、寄附や募金を募る団体は少なくないので、キャンペーンを成功するのは容易ではないのだけど。
フッキング仲間のジェイン・Nさん(ジェイン・Zさんとの区別でNを表記)も恒例でホームレスのシェルターに寄附する為の靴下集めをしているし。
善意とか貢献とか、どこで線を引くのか難しいところ。
私はヴォランティアとしてシニア施設に時間を提供しているし、それがたまたまギフトショップでもあり、ヴォランティアは20%のディスカウントもあるので時々そこで買物もして資金の貢献もしてる。
Textile Centerではギフトショップに作品を提供して、売り上げの40%が差し引かれてセンターへの資金となるので、それが私なりの貢献かと思ってる。
だから実際にお財布からお金を出して寄附するのは、もっと生死に関わるような、切羽詰まって援助を必要とするような場所(戦火の医療施設での器具や難民の為の毛布、発展途上国の子供たちのワクチンなど=ユニセフ)に贈りたい。
確固とした線引きが自分自身の中にはあるものの、でも、ホームレスの為の靴下をあげない事に対する後ろめたさみたいなものがあったりするのが嫌。
前回の Textile Centerでは、私が納品?したばかりのネックレスが2つと、ニードル・フェルティングの鳥と樹株のピンクッションが早速に売れていまい、ギフトショップのコーディネーターであるナンシー・Gさん(周辺にナンシーさんが沢山いて、ナンシー・Mさん、ナンシー・Kさん他)も嬉しかったみたいで、私の顔を見るなり報告してくれて、ついでに High Five/ハイ・ファイブ(空中で互いの手を叩くこと=日本では何故か「ハイ・タッチ」と言うやつ)もした。
少し前、ナンシー・Gさんとはちょっとした確執があり、メールでのやり取りで問題を解決しなければならない経過があったので、それを解消してわだかまりが無い事をお互いに示すことが出来たみたいなのは良かった。
その件で、Textile Centerのディレクターであるカールさん(明治のカールおじさんを連想してしまうけれど!)も巻き込んでたのだけど、彼がわざわざ私のところにやって来て、声を掛けてくれたことにも感謝しつつ、「すっかり問題は解決したので大丈夫です♪」と伝えることが出来て良かった。
何かしら問題が起きた場合の対応とか解決する手法とか、日本と北米との間で随分と違うのは、やっぱり歴史的背景に基づく文化や国民性の違いが大きく、その上で価値観の個人差や気質/性格なんかも当然あるから何かと勉強する事は多い。
明らかなのは、日本の「出る杭は打たれる」に反して、北米では、特にアメリカでは「Squeaky wheel gets grease」(ギシギシと音を立てる車輪は油を注してもらえる)ってメンタリティの土壌があり、カナダはその中間って感じ。
長年の北米暮らしで私は随分と違う自分になったのを実感する。
勿論、日本で暮らしたとしても、歳と共に経験を積んで分別のある思慮深い賢明な老人へと成長することも出来ると確信するのではあるけれど。
郷に入っては郷(Hiromi Go!を連想してしまう自分に苦笑)に従うべき場面が多々あるのは現実で、日本ならでは発想が通じなかったり、不利になったり、危険だったりさえする事もあるから、やっぱり私は郷に添うよう進化したのだろうと思う。
その過程で、何を失ったかのか(日本らしい、日本人ならではの何か)を自問自答することはあるけれど、ちょっとだけ残念な気もしつつ、けれど、それは仕方の無いことなのだ、ってな開き直りの気持ちもあり複雑。
そして手作業の場面でも季節柄のホリデーがテーマとなり。
手持ちの毛糸で色んな(クリスマス)ツリーを試作中。
幾つか作ってインスタグラムにアップしたり。
*Textile Centerのギフトショップに納品しようと思ったら
仲間うちのメアリーさんが「英国の友達に贈りたい」ってので
ツリー(↑家の直ぐ右側)を一つ買ってくれた♪*
相変わらず、面白いなぁ〜と思ったり、意外で新鮮に感じることは、第三者の嗜好は、まるで予測が出来ず、見当が付かず、自分ではまるで解らないという現実。
自分で「傑作!」と思ってもウケなかったり、何だか「ちょっと不格好」とか「今一つ」とか思うようなものが気に入られて褒められたり。
「え”ぇーっ、ほんとに!?」とか「そ、そうなの!?」とかの連続。
人の好みは様々で、他人の好みは解らない。
だからこそ、作品が短期間で売れたりするのは余計に嬉しい。
認められた気がして。共感して貰ったような感じで。
かと言って、売れたからもっと作る?ってな気分にもなれず、つくづく自分はビジネス思考の人間ではないなぁ〜と思うのだけど。
売りたいけれど売れ筋を作る葛藤があったり。
自作の作品を売ると言うことに関する場面で、まだまだ試行錯誤の手探り状態で、自分との問答を延々と繰り返してるのが、何となく哲学的だったりもして、時に仏教の思想みたいだったりもして、やっぱり自問自答の過程は面白い。
本当に自分が望むものを見極めたり、自分の才能や本質を掘り下げて探求したり。
Textile Centerでの仲間は皆、知的で個性的で、それもそのはず作家だったり写真家だったり彫刻家だったりするプロ集団でもあるので、そんな魅力的な大人の中に身を置いて多大な刺激を受ける。
一方、ラグ・フッキングの仲間の多くは一般的な主婦で、作業するフッキングのデザインのほとんどは「買った」ものだから、自分でデザインをしたり手描きをしたりの "Creativity"の核とも言える下地の部分をやらない人が多い。
話題も子供たちのスポーツだったりTV番組のシリーズだったり。
全く別の、要素の違う女性たちのグループではあるんだけど、、、だからこそ、そのどちらにも関わることが出来るのは面白い気がしてる。
この先どうなるか?は解らないけれど。オプションとか選択肢があるのは素敵♪
明日は Thanksgivingの翌日で巷で言われる "Black Friday"と言う大セールの日。
店によっては早朝から開店するところもあるみたいで、目玉商品を狙って店の前に行列が出来たりもするんだけど。
そんな中になって、私はシニア施設のギフトショップでヴォランティア予定。
高齢の入居者たちが争って押し掛けないといいけど。
そんな事になったら死者が出ない可能性も無いとは言えないから。
高齢者ならば尚のこと。ひぇ〜。