2012年7月30日月曜日

Kimono Bag

今日はようやく気温が上がって暑くなったモントリオール郊外。

昨日までは最高気温が27℃前後で、湿度も低く、本当に快適で過ごし易いのは有り難いけれど、でも余りにも爽やか過ぎると「泳ぎたいっ!」って衝動には駆られないのよね、残念ながら。

やっぱり30℃以上になると、さすがに暑くて、意気揚々としてプールに飛び込める。

快晴の青い空の下でゆらゆらと光が揺らめく水の中で泳ぐのも勿論、最高に気持ちいいのではあるけれど、今日みたいに夕食の後、すっかり太陽が沈んで月明かりの中で静かに泳ぐってのも寛げる。

まるでリゾートって感覚で。

心の中で"I ♡ SUMMER!!!"ってのを何度も念じながら。

短い夏を出来るだけ満喫しておかなくちゃ!





・・・でもって何気に。突然。

<日本でのお買い物記録>


*ラフォーレ原宿の地下に入ってる店で見つけた
"Kimono"柄の"Chirimen"素材で
"Shibori"技法の
ユニークなデザインのエコバッグ@自分用*


*面白い「コイン型」と言うか「ボタン型」と言うか
円形の形状記憶加工が施されてる着物柄*


つづく



2012年7月29日日曜日

一日だけの"Harajuku"@東京

Day12(日本での滞在記つづき):

今回は3週間の短い日本滞在でもあるし、前回3年前の時みたいにディズニー・リゾートに泊まって遊ぶ予定も無いし、長い間都内で暮らしてた姉も浜松町駅前の汐留のマンションを引き払って地元に戻ってるし、大抵の用件は地元で済んでしまうから多分、今回はわざわざ都内へ出掛けて行く機会は無いかも?なんて思ってたケド。

それでもやっぱり北米の東部くんだりから折角遠くニッポンへ足を運んだからには、世界屈指の大都市"TOKYO"も一度くらいは覗いておきたい、、、そんな欲求もアリ。

特に、晴れて"Teen"の仲間入りしたばかりの13歳のErikaには、世界的なファッション・トレンドの発祥地ならではのエネルギーや、個性的でユニークなサブカルチャーや、日本の、東京ならではの特殊なケオスちっくな雑踏などに直接触れて、目撃して、生の体験をさせてあげたい気持ちもあったりして。

「トーキョー行きたい?」と訊いたら手応えがあったので、やっぱり一日だけ特別Erikaの為だけに東京まで出掛けることにした。

今までは新幹線で東京駅まで出て、そこから山手線というパターンだったけれど、最近は新しく便利なラインが出来て、渋谷まで直通の快速(だったかな?)で、快適なグリーン車に乗っても新幹線より安く行ける、ってのでその手を利用。


お喋りしてる間に2時間くらい乗って渋谷駅に到着。


渋谷界隈で散策したい衝動を抑え、懐かしい緑のライン山手線に乗り換えて目指した先は勿論『Harajuku/原宿』。



下りたのは表参道口ではなくて、より"Harajuku"らしい雑多な雰囲気の竹下口だったけど、何しろ夏休み前の平日(月曜日)午前中だったから、それ程には混み合ってなくてちょっとだけ拍子抜け。



それでも、ひと度路地に軒を連ねてひしめくブティック群を眺め始めるとErikaの興奮が伝わって来て、私までワクワクとして「あぁ〜やっぱり連れて来てあげて良かった!」を実感。


あれもこれもと欲しがるかと思いきや、意外とそうでもなくて、ただパンクなファッションの店を真剣に眺めてデザイン・アイデアを脳裏に納めたり、通り過ぎる今どきのニホンジンの女の子たち♪のファッションに刺激を受けたりってだけでもう充分にお腹いっぱーい!って感じみたいだった。

↑パンクなファッションはある意味、ハサミと安全ピンさえあれば奇抜にオリジナルのが創作出来る気がするし。




そんな訳で、竹下通りの後はちょこっとラフォーレを覗いて、表参道に出ると『オリエンタル・バザー』を取り敢えずのお約束、みたいに覗いて(何も買わなかったケド!)、お待ちかねの『キディランド』でリラックマにメロメロ〜♪



なんかもうカワイ過ぎて発狂しそう〜〜〜。

Erikaは仲良しのお友達へのプレゼントを幾つか購入〜。

でも本人は実はどデカイ黄色いトリのクッションが欲しかったらしいケド、当然持ち帰りが大変だから諦めたらしい。

途中、『agnis b. voyage』の表参道店に寄ってサマー・セール中の価格に「ラッキー♪」とショルダーバッグを幾つか購入。

遅いランチには適当なレストランを知らず、『壁の穴』に寄ったら定休日でアンラッキー↓、次に入った店は煙草の匂いがしたのでパス(←モントリオールでは殆ど全ての公共の店が禁煙だから無煙の環境が当たり前になってしまったかも)して、結局、『ロッテリア』でチャチャっ!と簡単に済ませてしまったけれど、何だか意外と美味しかった海老バーガー(←北米では食べられないメニュー!)でラッキー♪。

帰りは再び渋谷からの電車に乗る為、歩いて来た道を戻りつつ買い忘れが無いか?確認しつつ竹下通りを上がって原宿駅へ。


昔と同じ場所にまだ『大中』(中国雑貨の店)なんてのがあってビックリした。なんか過去にタイムスリップしたような錯覚。

何しろ私が十代後半の頃に頻繁に徘徊してたような場所に、数十年後の今更、足を運ぶことになるだなんて思わなかったし、あの頃の自分を懐かしく思いつつ、隣にいる「あの頃の自分と同じような年代の女の子」がまさか自分の娘!!!って現実に激しく打たれた感じ。

当時の私は、まさか数十年後にこうして遠く北米から帰省して、北米で産んだ自分の娘と連れ立って原宿ファッションを一緒に買物して歩く図だなんて、思い描いて見ることも無かっただろうなぁ〜。

何だかとても感慨深く、同時に想い出深い一日になった。




2012年7月28日土曜日

うだうだと板挟み症候群


*DavidがAmazonで購入したシリコンの製氷皿*


日本で過ごした3週間の夏休みの後、カナダに戻って来てからずっと「時差ボケ」と称してのらりくらりと家に引きこもっていたのは、やっぱりある種の「リハビリ」だったんだろうなぁ、なんて自分的に理解している。

頭の切り替えの速い人と違って、私は何とも鈍いところがあるので、日本とカナダをスムーズに行ったり来たりする事が出来ないらしい。

私の中で二つの国は既に「あっちの世界(日本)」と「こっちの世界(カナダ)」ってくらいに大きな隔たりがあって、それぞれの世界に対応する自分仕様が異なる感じで。

今回は3年間もの間、継続的に「こっちの世界」だけに浸ってたから、その分「あっち」に対応するにも時間が掛かった気がするし、だからその反動で「こっち」に帰って来てからも元の日常的な感覚に戻るのに余計に時間が掛かったのは、ひょっとすると加齢に依るところも大きいのかも?(環境に馴染む柔軟性の衰え)なんて思ったり。

そう考えるともう「あっち」へ行ったり「こっち」へ帰って来たり、その度に二回もそれぞれの環境や生活習慣に順応し直さなくちゃならなくて、ちょっとシンドイなぁ〜、そんな感じのお年頃。

「こっち」に戻ってからも暫くの間は何となく「あっちの世界」を引き摺ってしまう(名残惜しい気持ちとか、現実の世界に戻りたくない気持ちとか、日本で心地良かった馴れ合いの習慣とか人とのやり取りの方法とか、価値観とか精神的なこと全てひっくるめて)ので、それを断ち切る為の「リハビリ」。

自分の中で線引きをして、思考回路的にも感情的にも「こっちの世界」の基準に合わせ直す為の「リハビリ」。

それは「諦め」とも呼ぶかも。

「あっち」に住む自分に決別して、「こっち」に住む自分にアジャストし直す。

そんな頑固な頭の私は、とても国際人にはなれない気がする。


*上に同じ:Have an ICE day!*


熱いロンドン

モントリオール市街へ行ける通勤電車の無料定期券が9月いっぱいまである、と Davidから言われ、だったら使わないと勿体ない!と思い、急遽、当ても無く市街へ遊びに出掛けようとかと思ったんだけど。

食材の買い出しだとか、銀行へ行く用事だとか、地元図書館に行きたかったりもしたので、思い立った市街行きプランは来週まで延期にした。

これまでの経験上の私的ジンクスでは、軽い思い付きで行動すると予定外の失敗に見舞われる、って可能性も少なからずあったりするような気もするし。まぁ場合にも依るんだけど。


市街へ出掛けなかったお陰で、ロンドン・オリンピックの開会式をライヴで観ることが出来た!


実はすっかり忘れてはいたんだけど、4年に一度のイベントだし、出来れば観たいと思ってたから、今日の遠出は潜在意識的に阻止されたのかも?なぁんて思ったり。

ロンドンとの時差が5時間前後のお陰で、開会式の生中継はモントリオール時間の午後4時から、カナダの"CTV"チャンネルで観ることが出来た。

熱狂的なオリンピック・ファンと言う訳ではないので、競技も開会式の模様も、欠かさずに観るって訳ではないんだけど。その証拠に、前回、中国の時の開会式の模様とか通しで観た記憶が無いし。ってのはまぁ、開催国との時差の関係も大なのだろうけれど。


いずれにしろ、オリンピックってのは私にとって壮大な人間ドラマ過ぎて、いやぁ、もう色んな場面に感動が散りばめられ過ぎていて、つい感情的になり過ぎてしまって思わず涙腺が緩んじゃう場面多過ぎ。

オープニングのセレモニー/開会式を観ていても、各国の選手団が入場行進する場面で、世界の国々から大勢の選手たちが誇らしげな笑顔を浮かべて、自国の旗を片手に堂々と行進する様を観て感動してしまった。

各国代表として厳しい試合を勝ち抜いてオリンピック会場まで辿り着いた選手たちは、既にもうそれだけで皆がみんな金メダルものって感じで。

皆よくやったね、良く頑張ってここまで来たね!

特に名も知られていない小さな国を代表して、2人とか5人とかの少数な選手団だったりすると余計に。

数百人の選手団から成る大国に比べたら、施設や練習場だって充実してないかも知れないし、コーチ陣だって豊富にいないかも知れないし、経済的な支援も少ないかも知れない。

それぞれの選手が置かれた多様に異なる環境の中で、それぞれの生まれ持った資質を活かして、夢を信じて頑張り続けた成果がオリンピック。そんな気がして。

なので私的には、どこの国がメダルを幾つ獲ったか?なんてのは、もう殆どどうでもいいくらいに二次的な事だったりする。


それでもまぁ、入場行進の中継で"CANADA"の選手陣が場面に登場すれば「イェ〜い!」って感じに盛り上がったりはするけれど、勿論。(←基本ミーハーなので)

だから当然、"JAPAN"の選手団が登場するのも辛抱強くTVの前に座って待ってたんだけど。

"ITALY"、"JAMAICA"と紹介されて、あぁ次だわ、次っ!と待ち構えてたのに、ほんの1〜2秒の画像で場面は"JORDAN"選手陣に変わり、日本は国名や旗手名や選手団の人数紹介のテロップさえも(カットされて)映らなかったからビックリ、、、ってかガッカリ。

余りにも予想外のカットに唖然。

半ば放心状態で「CTV、ニホンをカットしたよぉ〜!」と何度も叫んだら、Davidがいかにも申し訳なさそうに「カナダを代表してお詫び申し上げます」ってので笑ってしまったケド。


いずれにしろ、各国代表の選手団を見てるだけで、その国々の民族衣装的なものが見られたり、国旗や民族衣装を反映したデザインのそれぞれ個性的なユニフォームが見られて楽しかったり、選手たちの骨格や体型、顔立ちに見られるその国ならではの特徴が興味深かったり。

あとは選手たちの表情とか動作や行動なんかにも国民性が見て取れる気がして、カナダの選手団の中には、カラダの大きな男性選手たちの何人かが小柄な女性選手たちを肩車してたりもしてて、本人たちが誰よりも一番楽しんでる光景は、いかにもカナダらしく微笑ましくもあり。

と同時に、「これってもし日本人選手団の誰かがしたらどうよ?」みたいな事を考えてしまうのはいつもの癖で。

この辺りには今でも大きな文化的ギャップを感じる。個人的に。

カナダでは主観的に自分が一番楽しく幸せな事を尊重するとしたら、日本では客観的にまず「他の人の目から見た自分がどうあるべきか?」を尊重するよう子供の頃から社会に教育されてる気がするので、特にオリンピックのような晴れの舞台で「他の選手たちと一緒に揃って行進するよう」指示されているであろう中、「選手同士での肩車」ってのはまずあり得ないだろうしタブー視されるんじゃないかなと想像する。飽くまでも想像だけど。


余談で、カナダみたいに多国籍多民族な国家で暮らしているお陰で、それこそ日常的に色んな文化的背景を持った異国出身者たちと出逢ってかかわり合う訳なので、カナダで知り合った全ての友人、知人、ご近所さん、趣味仲間、クラスメイト達、と色々含めると、それこそ合計で何カ国に渡って知り合いがいるか見当も付かず。

入場行進で紹介される色んな国を見れば、自然とその国に因んだ、過去に交友のあった人々も含め、懐かしい顔触れが次々と脳裏に浮かんだりするから面白い。

彼等も皆TVの前に釘付けになりながら、今現在暮らすそれぞれの土地で、それぞれ自国を誇らしく応援するのかな、なんて想いを馳せる。

彼等の多くが、自分の出身国を応援する傍ら、現住地の国も応援したり、配偶者の国や、成人した子供たちが赴任中の国や、または成人した子供たちの配偶者たちの国々もそれとなく心の中で応援するような状況もあったりして、国際化した近頃の社会では皆、応援するのも忙しかったりするんだろう。


私がオリンピックの最中に最も見苦しく感じるのは、自国の選手やチームがメダルを獲ることに捕われ過ぎて、応援する気持ちに熱狂し過ぎて、相手国の選手やチームが失敗することを望むような発言や発言をする人々。

国に拘らず全ての選手たちが正々堂々と本来の力を発揮すべき場所がオリンピックであるならば、どの選手にも、辛い日々を頑張り抜いた成果を発揮出来るチャンスであるべきだと思う。

誰も後悔する事の無い、見事な試合をして欲しいと願う。


私自身その昔、テニスの選手であったし、規模は小さくインターハイとまでも行かず県大会でのベスト8が最高ではあったにしても、それでも未だに覚えている、忘れられない試合の「後悔の一瞬」ってのを引き摺ったりしてるから、それがオリンピック選手ならば尚の事、ほんの一瞬のミスや迷いで試合を棒に振る事なんかがあったりしたら、その後ずっと悔やんだり恨めしく思うような人生を送ることだってあり得るんじゃないかと想像すると、それは余りにも可哀想過ぎて胸が痛む。

そういう意味では、種類は違うけれども、ギリシャ代表で三段跳び選手の女性がツイッターでの人種差別発言を理由に出場失格になってしまったことは、とても残念な結果だと思う。


あとは今年がミュンヘン・オリンピックでのテロ事件からちょうど40周年と言うこともあり、捕虜となって殺害されたイスラエル代表の選手やコーチ陣や、巻き込まれた関係者たち11名を正式にオリンピック会場にて追悼する機会を望むカナダ他の国々からの声が強くあったらしい。(IOC側の反発を受け拒否されたらしいけど)

平和の象徴オリンピックではありながらも、運営委員会ってのはまた別のレベルみたいで国益だとか力関係だとか人種問題だとかの歴史や軋轢、確執なんかが見え隠れしたりするのは残念。


いずれにしろ、カナダから参加してる代表選手たちは総勢277名だそうで、全ての選手の顔写真が新聞に大きく載ってた。

日本からは293人でカナダとほぼ同じくらい。

米国と英国はそれぞれ530人と541人だそうだからもう、メダルの獲得数が多いとしても納得。

出来る事ならば、代表選手が2人とか3人とかの国々に頑張って貰って、人々の先入観いっぱいの予想を裏切るかたちで夏のゲームを面白く引っ掻き回して欲しい、ってのが私の個人的な希望♪


でもって、今夜はBBQで焼いたチキンにピタ・パンとガーリック・ハマス、それに沢山の野菜で中東風?な夕食。って、オリンピックにあんましカンケー無いケド。だはっ。







2012年7月26日木曜日

庭仕事予報

3週間留守にした
うちの裏庭の野菜ガーデン。

ちょっとボーボーと野生化したけれど
でも
思った程には荒れなかった感じ、かな。


Cilantro(日本名でコリアンダー又はパクチー)は
丈が伸び過ぎて花が咲いてるケド。。。(右端)




Green Pepper(ピーマン)は立派なのが一つだけなってる!




アオいけどトマトはいい感じのサイズのが幾つもなってるし。




Sweet Red Pepperもまだアオいのがいいサイズで一つだけ。


ようやく明日は朝から庭仕事に復帰する予定で
ジャングルみたいな花壇の草取りとか剪定とか
黙々と無心に土をいじりながら
私にとっての「禅」みたいな。

雨上がりの曇り空で
最高気温24℃の予定の明日のモントリオール。

庭仕事にはちょうどいいかも。



2012年7月25日水曜日

ひと目惚れ携帯ストラップ


携帯にジャラジャラと色んなモノを下げてる人を
北米では余り見掛けない。

だからか、
日本で色んな種類のストラップを見ても
まるで興味なかったんだけど。

帰りの成田空港の売店で見つけた。

豊富なカテゴリーでデザインされたクマのストラップ。

全てのひとを網羅するくらい
趣味や特徴やスタイルを現したデザインが幾つもあって
ひと目見ただけで身近な誰かを連想してしまう
その楽しさに、つい買ってしまったわ。


写真、一番左から:

- 猫好きなご近所さん@アメリアさん用

- パンクなうちの娘@Erika 13歳用

- 熱烈なQuilterの義母@キャロル用

- 幾つになっても尖ってるFunkyな義妹@ジェン用

- 意地悪でEvilな@あたい用





溜まった新聞

日本での夏休みから戻って1週間。

時差ボケを装って未だまったりと呑気に過ごしてるうちに、今度はちょっとした「ホームシック鬱」みたいなのに襲われて気分がダウンしてる感じ。

私にとっての「ホーム」は勿論、ココであり、私と私のパートナーと子供たちと日常の生活がある場所である、、、って定義には揺るぎないんだけど。

それでもやっぱり日本での滞在を振り返って見ると、それは余りにも夢のように短か過ぎて、特に私の脳裏に焼き付いた、あの日本のマーパーマーケットでの新鮮で豊富で、私にとって馴染みのある溢れんばかりの商品たちが整然と並べられた店内を思うと、まるで殺伐とした風にしか思い出せない北米での地元のスーパーマーケットへ出掛けて行く意欲も湧かなくて。

だってココにはヤクルトもカルピスもチーズイン・ウィンナーも売ってないし、鯵や秋刀魚や鯖やししゃもやたらこみたいに焼くだけで美味しく食べられる新鮮な魚も並んでないし。

買って来てそのまま食べられる天麩羅だとかコロッケだとか煮物だとかのお惣菜コーナーもなければ(いや、お惣菜コーナーはあるが置いてあるモノがまるで違う、、、クスクスのサラダとかピザとかロースト・チキンとか)、美味しいお惣菜パンが豊富に並んだベーカリーも備えてないし(これまたベーカリーはあるが焼いてるパンの種類がまるで違う、、、オリーヴ・パンとかクランベリー・パンとか。サンドウィッチ類は惣菜コーナーで売ってるケド)。

そんな無いモノづくしの生活にもすっかり慣れて、充分に楽しんでた筈なのに。ちょっと逆行しちゃった感じ。

ココにはチョコレート・ミルクやアトランティック・サーモンやロースト・ターキーや、本場のベーグルや豊富な種類のシリアルや、日本には無い美味しいものだっていっぱい溢れてる筈なんだけどね。

今はちょっとイジイジと無い物ねだり週間、みたいな。

*トロントを発ったばかりの上空*


それはそうと、留守にしてた3週間分の地元紙をとっておいて貰ったので、まとめて一気に目を通した。

不在の間に起こったような出来事は、一応、把握しておきたいし。


幾つかの印象に残った記事:


- Girl from Ipanema' is 67 as bossa nova turns 50

ボサノバの中でも大好きな曲の一つ「イパネマの娘」には歌詞のモデルとなった実在の女性がいて、彼女は今年67歳なのだそう。

彼女:Heloisa Pinheiroさんは金髪の長い巻き髪をした、華やかで美しい女性で思わず写真に見とれてしまった。

今度から「イパネマの娘」を耳にする時にはいつも彼女のイメージを思い浮かべそう。



- Yahoo hiring shows progress for women

"Yahoo"の新しいCEOとして迎えられる事が決まったのは、最近まで"Google"の役職に就いていた"Marissa Mayer"さんと言う37歳の女性で、しかも10月に出産予定の妊婦であると言う衝撃。「ガラスの天井」を破る快挙。

年齢にしろ、性別にしろ、妊娠にしろ、いったい何がどうなったらそんな凄いことになるのか?素晴らし過ぎて、単純な私には想像もつかない。

結婚して都内で就職活動した当時『とらばーゆ』で女性の採用募集してる条件要項には大抵「22歳くらい迄」ってのがあってゲンナリしたんだけど。

女性を年齢で制限する文化、日本でも少しは変わったかな?



- 12 dead, 59 wounded by gunman who told police, 'I'm the joker'
  (Denver victim had close call in Toronto)

映画『Batman』の最新作"The Dark Knight Rises"は、話題の超大作でもあることから日付が20日(金曜日)になったばかりの零時過ぎからの劇場公開になって、熱狂的なファンは仮装して観に出掛けたり、ちょっとしたパーティ気分的な盛り上がりを楽しめる事もあり、うちも Davidと Kaitoが二人して深夜からの映画を観に行こうか?なんて話してた。(結局は延期にしたけど)

事件の内容は衝撃的過ぎて、この頁では書き尽くせないんだけど。

個人的な印象は、「またコロラド州なの!?」ってのと、あとは深夜から公開の、重くて暗くて暴力的な内容の映画に「なんで子供連れなの!?」って疑問。

被害を免れた目撃者の中には4歳の幼児と、生後4ヶ月の乳児を同伴してた25歳の女性ってのもいて驚かされた。

犠牲者の中には6歳の子もいたのが痛ましい限り。

犠牲になったスポーツ・ジャーナリスト志望だった若い女性は、最近起きたトロントのショッピングモール"Eaton Centre"でのストリート・ギャング間の抗争襲撃事件では、たまたまそこに居合わせたものの危うく難を逃れたらしかったのに、短期間のうちに2つの襲撃に巻き込まれて、その二つ目で命を落とすことになるなんて。

トロントの時には
<"odd feeling" made her walk out of the shopping mall just minutes before shots rang out>
と、妙な予感に救われた彼女だったのに、Denverの時にはまるで彼女の"guardian angel"がふとよそ見をしてしまったみたいに。

最初の襲撃事件を運良く逃れた彼女が書いた言葉
<"I was shown how fragile life was… I was reminded that we don't know when or where our time on Earth will end.  When or where we will breath our last breath.">
ってのが今となっては、ある意味、説得力があり過ぎてとても皮肉。

彼女の死について彼女の弟がツイッターで"tweet"した内容が記事の最後に載ってて、何だかその軽さに情けない気分になった。

もう何でもかんでも"tweet"する必要は無いと思うんだけど。特にそれが人の、自分に近い人の死ならば余計に。



- Obituary of S.M. 1968-2012

そして最後は、Davidの同級生の訃報。

Hudson高校でのクラスメイトで、現在は米国シアトルに在住だった彼は、参加中の「鉄人レース」で自転車の後、水泳中に何らかの発作を起こし亡くなったらしい。

享年44歳。



人生が脆く、予期せぬものであることを思い知らされる。