2015年7月31日金曜日

青い月夜にライオンを想う



またまた金曜日の夜。

そして、"Once in a blue moon"の「青い月」の晩だそうで。

道理で夕べ夜空に、ほとんど満月の月が煌々と眩しかった訳だ。

怖い程に辺りが眩しい月夜の晩は何となく神秘的。



今週の火曜日は Kaitoを歯科医の予約に連れて行き、虫歯になり始めてたらしい奥の方の歯を治療して貰った。

一回だけで完了するのが嬉しい。

日本だと数回の通院になるのは医療保険システムの違いなのかどうか、いつも謎。



そして翌日の水曜日は、再び Kaitoを口腔外科医の予約に連れて行った。

歯科医院と同じ建物内にはあるのだけれど、全く別のクリニックで別のスタッフ。

生え始めて来ていた親知らずを4本同時に抜いて貰う手術で、点滴による全身麻酔。

実は数ヶ月前、ミネアポリス周辺のクリニックで、同様の施術中に十代の女性が亡くなった事故のニュースをたまたま新聞の記事で読み、ちょっとだけ不安だった。

ラクロスの選手だったそうで、健康で活発なティーンだったのに、予期せぬ心臓発作を起こしたらしく、詳しい起因は不明の様子。

医師に予め、相談+説明を受けたのだけど、業界でも詳細は未発表とのことで、極稀なケースである事には違いなく、彼の28年の経歴に於いても未経験だから心配には及ばない、と説得された。

手術は45分程度とのことで、私は待合室にて編物などして待機。

持参した珈琲を飲みつつ。←愛用の Tim Hortonsの携帯マグで♪


歯科助手の女性に呼ばれて診察室に行くと、ちょうど Kaitoの麻酔が切れたところで、無事に目覚めたらしく意識がある様子を確認して安堵。

とか思ったのも束の間、まだ薬が効いているらしく幻覚症状っぽい感じ?

「どうして目の前が青いの? どうして部屋中が全部ブルーなの?」

口の中にガーゼを詰められて、目もうつろな感じで、支離滅裂な質問を立て続けに繰り返す彼を見て、何だか可笑しいような、ちょっと怖いような複雑な気持ちで、助けを求めるような視線で歯科助手の説明に耳を傾けてたんだけど、彼女が察して

「大丈夫ですよ、心配しなくても。 まだ完全に薬から醒めてないんです。 麻酔の後は皆さん、大体こんな感じなんですよ。」

(ちょっと面白いから Videoにでも撮っておきたいくらいですよね)

ってのは内緒の笑い話で冗談みたいに。


その後、彼を車椅子に乗せて、正面玄関に停めた車まで送ってくれた。


家に帰る車の中でもまだ、Kaitoは訳の解らないような事をしつこく言い続けて、まるで酔っ払いのくどいお喋りを聞かされてる錯覚。

思わずイラっとして「もういい加減、黙って大人しく口を閉じてなさいっ!」と怒鳴ったら、これまたまるで酔っ払いのオジさんみたいな反応で、「ありゃりゃ、怒っちゃった? ねぇ、ひょっとして怒っちゃってるぅ〜?」みたいな態度で、苛々しつつも可笑しくて笑ってしまった。


帰宅後はイブプロフェン系の鎮痛剤を服用、アイスノンで頬の辺りを左右交互に冷やし、食事は流動食みたいなものでヨーグルトとかミルクシェークとかオートミール、アップルソースなどなど。



そんなこんなの話題の最中に「ミネソタの歯科医師」が世間を騒がせてる事態が発生し、取り敢えず、私たちが掛かり付けの歯科医ではないです。はい。

偶然にも私の歯科医は名前が「Hunter/ハンター」だったりするってオチで。

あ、でも、彼が趣味で狩猟をするかどうかまでは知りません。

それでも、わざわざジンバブエまで出掛けて行って、法を犯してまでライオンを殺したりする「ミネソタの歯科医師」でない事は確か。



インターネットの凄さは、世の中の何処かしら、地球の裏側で起こった事柄でさえも直ぐに伝わって来てしまう事。

そして人々の間で署名運動が直ぐに始まる事。

ほんの短い間で30000とか50000とか、或は数十万とかでの署名が世界中から集まると、政府の機関などが動かざるを得なくなる事。

この現象が、常にポジティブな理由や方向で効果的に発揮される事を願うけれど。

問題はいつも白と黒、善と悪みたいに竹をスパッと割ったみたいに綺麗に分かれる訳じゃないから難しいよね。




2015年7月29日水曜日

棒針編みの人形


"SEARCH PRESS"から出版されている "Fiona McDonald"さん著の編みぐるみゴシック人形の本『Gothic Knits』を参考に、取り敢えず初めての一体を編んでみた。

が、しかし。

本の指示に従ってやっては見ても、なかなか本で見る写真のようには行かず。

結局は、適当に自分ながらの方法でそれなりに仕上げる、と言う結果で。

*何となくマイケル・ジャクソンっぽい顔かも*


体型とか手のカタチとかは結構、気に入って。

でも問題は頭、と言うか顔の仕上げで。

「お人形は顔が命」って、まさにその通りだと思うんだけど、これが難しい。

本の手法では、全ての作業の後半で顔を仕上げるってやり方で、頭の部分をポリエステルの綿で詰めた後に目と口の部分にフェルトを縫い付けて、その上に刺繍する、って事になってるんだけど、丸く仕上がった頭に刺繍するって容易じゃない。

私としてはやっぱり、平面の部分に顔を作って、自分の好きなように、気に入った顔を仕上げてから、その「彼女」の為に身体やら手足やらを作ってあげて行く、と言う順序での作業の方が、人形に対する愛着が徐々にこもって行くような気がするし、ラクだと思うのよね。

実際、今回の場合、立体になった頭部の顔の部分に繰り返し針を刺して引っ張る刺繍の作業をしてるうちに、顔がぺったんこになってしまったし。

それで仕方なく、とにかく顔を仕上げた後で、新たな後頭部となる部分を編んで縫い付け、そこに更に綿を詰めてふっくらさせた。


そんな訳で、後頭部が予想外に重くなってしまい。

髪はいつものようにライオン・ブランドのホームスパン糸を使用。

派手なピンク色と紫色の2色使いにして、部分的にストレートとドレッドのコンビネーションにしてみた。

作業としては、割りと楽しい感じ。

特に髪の仕上げをするのは、どんなクレイジーなスタイルにするのも自分次第なので面白い。

何しろ毛糸の色が綺麗なので扱うのも嬉しくて。



2015年7月27日月曜日

クリムトの映画

昨日は家族で映画を観に行く話になっていて、アメリカン・コミックの実写版で私の好きな俳優 Paul Ruddが主演してる『Ant-Man』と決めていた。

主流の大ヒット作と言う訳でもないらしく、家から近い映画館ではちょうどいい時間帯での上映が無かったので、少し離れた場所にある映画館で、しかも劇場とレストランが合体したような施設で、注文した料理を楽しみながら同時に映画が観られる、私にとっては目新しい体験になりそうで楽しみにしてたんだけど。

映画までの時間に数時間あったので、愛用のリカンバントに乗りサイクリングに出掛けた Davidだったのは良いとして。

出掛ける予定の時間になっても帰って来ず。

何しろ、距離にして60kmとか80kmとかのトレールを自転車で廻って来るので、帰宅した後は汗だくだから、外出となるとまずはシャワーをしないとイケナイし。

結局、1時間近く遅れて帰って来たので、外出の予定を変更したんだけど。

取り敢えず、転んで怪我してた、、、とかじゃなくてホッとしたのは勿論。

数ヶ月前、サイクリングに出掛けた Davidから電話があって、「転んで怪我したから車で迎えに来て」って事例もあり、彼が自転車で出掛ける度、無事に帰宅するまでは何気に不安だったりする。

その際、自転車の修理を要したのと、彼の膝小僧が擦り剥けたのと。

転倒の理由は道路にあったんだけど、Davidの事故後、数週間以内に修繕されてた。

さすがにアメリカだから、道路を管理するオフィスを相手に訴訟を起こせば、ひょっとして勝訴して賠償金が貰えたりしたかも?なんて。

だって「怪我をしたら◯◯弁護士へ電話を!」なんて看板をあちこち見掛けるし。


とにかく、無事に帰宅した彼の話によると、公園で休憩をして水を飲んだりスナックを食べたりしていたら、見知らぬ迷子の老婦人が助けを求めて来たのだそう。

散歩に出掛けたら道に迷ってしまって、家に帰れなくなってしまったらしく。

多分、ちょっとした認知症かアルツハイマーの初期症状だったのかも知れない。

そんな老女でも自動車の運転免許証を所持してたらしく、住所をスマートフォンで確認して、帰宅の補助をしたんだそうで。

そんな理由ならば、遅刻を責める訳にも行かず。


結局、夕方になって Davidと Kaitoの二人だけで家の近くの劇場へ行くことに。

私はあとで DVDで観ればいいや、ってので。


夕食は中華の持ち帰りで、アメリカで典型的な「店屋物」代表。

ワンタン・スープとか春巻きとか、ガーリック風味が利いた炒飯に骨無しスペアリブやジェネラル・タオ・チキンなどなど。

おまけに付いて来たのは、お約束のフォーチュン・クッキーたちで。

それにしても、今でこそ MSGフリーなのは善しとして、明らかに合成の着色料と思うド派手な色が付いてるソースの数々なのが中華料理の不思議なところ。

真っ赤なBBQソースとか真オレンジのプラムソースとか。

ちょっとだけ食欲が減退する感じなのは否めない。


金曜日のギフトショップのヴォランティアでは売り上げが多少あって安堵した。
(何しろ、前の回にはたったの5ドルの売り上げだったから!)

店内の様子をざっと見渡して、客が居ないのを確認すると、私のところにやって来て「ちょっと写真の撮影を手伝って貰えないかしら」と見知らぬ女性に言われた。

ギフトショップ前のホールに出て見ると、車椅子に座った老紳士を中心に、ざっと3家族くらいの人々が赤ちゃんを抱いた女性も含め、子供を連れて集まっていて、多分、お爺さんのお誕生日会か何かの機会に集まられたみたいな様子で。

写真にこだわりのあるらしい女性が高価なカメラを抱えて、家族の立ち位置などを指定した後、カメラの撮影モードなどを設定してから私にカメラを手渡し。

たまたまヒマそうなギフトショップから引っ張って来たアジア人のこじんまりした中年の私が、何やら予想に反して写真の撮影に熟れてる様子だったのを感じ取って、その意外性に驚いたらしく、そのご家族の中の数名の男女たちから何度も繰り返してお礼を言われたのが興味深く印象に残った。

単に、シャッターを押すタイミングでの掛け声とか、複数での撮影とか、アングルを変えての撮影とか、あとは安定したカメラの構えとか、そういう事かと思うけれど。

あ、これでも昔、写真を少しだけ学んだ経験があり。

そういう背景は外見で計り知るのは不可能なので。

外見とか容姿とか、外からの情報に基づいた先入観によってカテゴライズされた人が、実はまるで相反する要素や素質や性格を持っている、と言う事は多々あり。

目で見えるものや情報だけに頼らないよう努める訓練は常に必要だと強く思う。

特に北米で暮らす移民は何かにつけて過小評価される傾向にあるかと思うので、意外性を発揮して、過小評価する人を驚かせたり、再認識させたり、先入観を覆させたりする機会になったかも?と思える場面にちょっとした快感を覚える。

ま、自己満足の範囲ではあるんだけど、いつもの事ながら。


先週、うちで観た DVDの映画『Woman in Gold』がとても良かった。

*IMDbからの画像*


Helen Mirrenと Ryan Reynoldsが主演の実話を元にした作品で、私も大好きな絵画、Klimtの "Portrait of Adele Bloch-Bauer"(アデール・ブロックバウワーの肖像画)、通称:Woman in Goldの所有権を巡る裁判の話なんだけど。

第二次世界大戦のナチスの時代に端を発するストーリーでありながら、暴力的な描写が控えられてるのが私的には良かったし、観易かった。
(最近、歳のせいもあってか過度な暴力シーンに弱くなってる自分を感じる)


*有名なクリムトの作品『Woman in Gold』*


やっぱり私はこの時代のクリムトの作品に魅力を感じるなぁ〜と。

そして考えるのは勿論、この作品を何かしらテキスタイルや繊維で表現するのに挑戦してみたい、って事なのはいつもながらで。

ラグ・フッキングかパッチワーク・キルト、或はビーズを使った作品でも。


たまたま少し前に Davidの提案で、週末の旅行にニューヨークに行くのはどう?ってのがあり(彼はブロードウェイで Penn and Tellerのショーを観るのが目的)。

私はこれまでニューヨークへ行った事が無く、人生の中で一度は行って見たい場所の一つでもあるから、勿論、実際に行けることになれば嬉しいんだけど。

でも、実は余りニューヨークについて知らない。

だからもし日本に住んでたら、咄嗟に「地球の歩き方」を買いに走る場面。

せっかくニューヨークに行っても、かつてペーター佐藤(イラストレーター)に縁のある場所を廻る程度で、ずっと行って見たいと思ってた「ニューヨークの高島屋」は今は既に無いし、、、あとはデリでベーグルを食べるとか、、、そんなとこかな。

勿論、有名どころの観光スポットとか美術館巡りってのは候補だけど。

が、しかーし!

今は新たな目的が出来た。

それはクリムトの『Woman in Gold』に直接、会いに行くこと。

何しろ現在はニューヨーク五番街の Neue Galerieの所蔵だそうだから。
(映画にも登場した通り Ronald Lauderが Maria Altmannから常設展示で一般に公開する事を条件に高額で買い取った)

それにしても、私が自分のこと本当に無知だなぁと思うのが、Estée Lauderがフランスの化粧品会社だと思ってたこと。

彼女の名前のEにアクセント記号があるから。←単純

高級化粧品に興味がナイ、、、ってのも理由の一つではあるんだけど。


あ、映画の話に戻って。

Ronald Lauderの役を演じた英国俳優が、本人を彷彿とする容姿で、本当にピッタリな人を見つけたなぁ〜!と感心させられた。

目立たない役どころだったので、余計に作品のこだわりのようなものを感じた。





2015年7月26日日曜日

アップリケ作業

「手芸好きの主婦」と言う肩書きにはいつも、自分自身の中で何となくの後ろめたさみたいなものがあって。

外に出て汗して働かなくとも家に居て好きな事に時間を費やせる、経済的に切羽詰まってない、呑気でお気楽な奥さん、って感じの罪悪感みたいな。

現実にその通りであって、恵まれた環境や毎日に感謝してる。

勿論、専業主婦としての役割りも「自宅勤務」と認識して、自分也には割りと真摯に受け止めて家事に当たってるつもりでもいるのではあるけれど。

これまで長い間で、私にとっての仕事の中心は母親業であり、それは24/7でオンコール状態の勤務だったし、何よりも社会の一員として世に送り出す事の出来る人間を形成する、社会的に重要な役割りを持った仕事だと自負してる。

そんな子供たちもいよいよ18歳と16歳となって、さすがに私も四六時中の待機状態で彼等の面倒を見ていると言う訳でもなく。

自分たちの部屋の掃除や洗濯や、昼食のサンドウィッチ作りなど、ほとんど大抵の事を自分たちでこなすようになってしまい私の手が掛からなくなったお陰で、私はこれまでに無く自分の時間が持てるようになった。

そんな状況も手伝って、だから余計に手芸好きの主婦の域を卒業して、もう少し熱心な「手芸家」みたいなものを目指したいと思ってるこの頃。

ま、英語で言うと "Fiber Artist"ってトコなんだけど。

勿論、自分自身の中での自己満足的なカテゴリーなので、ビジネスの可能性を模索してるとか言う訳でもなく。

社会に対する弁解みたいなものかな。

別に誰かに遠慮する必要があると言う訳でもないんだけど、変なの。

ひょっとするとニホンジン的な気質とか社会性の影響なのかどうか。

とにかく、今までの人生の中で一番楽しく熱心に手仕事に取り組んでる。

この家には自分の「スタジオ」とも「アトリエ」とも呼べるスペースがあるし、手法に限定せず、私の作品の全てを見て楽しんで、褒めて応援してくれる人々が周囲に沢山いることも励みになってる。

近い将来 Textile Centerのギャラリーで作品展を開いたら?なんて、冗談混じりに声を掛けてくれる人たちもいて、なるほど、そういうのを目標にするってのもアリだな、なんて、何となく自分だけの小さな指針と言うか指標みたいなものが目の前に現れた感じで、そんな方向性で作業が楽しめたら、もう少し意味合いのある日々(動機とか目的意識とか持った)が送れる気がしてる。

自分にとっての小さな「夢」とも呼べるかも知れない。

そういうのがあるって素敵♪



今週末の作業の一つは "Art Quilts"の路線かと思うんだけど、かなり昔に始めてたアップリケを何とか仕上げて見ようかと、針を進めてる。

*架空の部屋の場面を綿の生地で表現*
(Size: 16" x 9")



たまたま、ちょうど良さそうなプリント生地を少し前に購入。

*黒地に珈琲カップのデザインのプリント*



コーヒーテーブルの上にカップを2つ置いてみた。




最終的にキルティングを少し施し、ウォールハンギングに仕上げる予定。





2015年7月23日木曜日

浮世絵、Ukiyoe、若しくは Ukiyoé

インターネットで偶然カッコいいものを見つけた。

Star Warsが浮世絵になったイメージ。


これがもの凄く雰囲気的にまんま浮世絵な感じで。


驚く程に浮世絵の世界にハマっていて感心してしまった。


詳しいことを書いてるブログを見つけたのでココに添付。

http://www.spoon-tamago.com/2015/07/13/images-of-star-wars-reimagined-as-gorgeous-ukiyo-e-prints/



元々、鎧兜とか刀とか古い日本から引っ張って来た印象はあったけれど。


私的にはこの路線で何かしらのファイバー作品にしてみたい欲求。

勿論、コピーライトを尊重し、飽くまでも個人的な達成感を目的として。

あとは当然、図柄をそのまま拝借するという事も無いけど。

アイデアとして、かなり魅了された感じ。


てか、「星間大戦絵巻」とか「暗黒師」とか上手いなぁ〜。


北米での "Startup"的な存在の運営が
日本では "Makuake"(幕開け)という名前なのも面白い。

外国語をカタカナ表記で使うのでなく、
敢えて自分の言語をアルファベット表記する手法を新鮮に感じる。


実際、そのまま「英単語」になっている日本語も数多くある訳だし。


今でこそ、寿司やカラオケ、天麩羅がそのまま通じるのは当然として、
「布団」("futon"は折り畳みの長椅子だけど)や
「火鉢」"hibachi"だとか
「班長」(音的には "honcho"だけど)ってのが
広く英単語として浸透してることを知った時には驚きを感じた。




昔、日本在住の外国籍人の友人たちがこぞって皆、
自分達の名前を漢字で表現したくて四苦八苦してたのを思い出す。

ま、一部の人々は印鑑を作る必要性とかがあって、
その場合、カタカナや平仮名ででも作って貰えるんだけど。

やっぱり漢字の方が風格がある分、人気だったような。

名前の発音次第で当て字を簡単に見つけられる場合もあるし、
日本語に存在しない音を持った名前の人は苦労したり。

"David"なんかも難しい名前の一つかも。

何しろ日本語では "V"の発音が無いし。

ま、"B"(ばびぶべぼ)で妥協すればいいだけの話だけど。

そして名前はまだいいものの、苗字となると更に大変。

苦し紛れのように、
日本人の私でさえも使ったことのないような漢字が登場し
無理矢理にあてがわれたり。




いずれにしろ、やたら外国語表記を使いたい日本人がいたり
逆に、日本語表記を使いたい外国人がいたりするのは面白い心理。

未知のものにエキゾチックなものを感じるんだろうけれど。

ただ自分にとって未知なだけに、
知らずに誤って使ってないか?確認の配慮は必須かと思う。

とんでもない単語がプリントされたTシャツは取り返しがつくとして、
tattooとしてカラダに印字されたら痛いから。




話はちょっと逸れるけど、この間、通りすがりの看板に
『LA FITNESS』と言うのを見掛けて。

アメリカなだけに、当然、LAは Los Angelesの事、、、と。

きっと私もあと数年アメリカで暮らしたら自然と思い付くかと思うんだけど。

何しろ10年近くをケベック州で暮らしたものだから

『ラ・フィットネス』と読んでいた自分に気付いて大笑いした。

独りで大ウケしつつ、実は同時に愕然としたのではあるけれど。

当然、フィットネスはフランス語じゃないし、
おまけに男性名詞なのか女性名詞なのかも知らないのに。
(仏語では単語の性別によって、le、la、lesの使い分けがある)

いやぁ〜、自分が身を置いていた環境の影響って意外と大きいな、と。

仏語が得意だった訳でも全然ナイのに。。。だはっ。







2015年7月22日水曜日

メラミン食器と映画の話

今週のミネアポリスは夏の良い天気が続いて。

毎日の最高気温は連日28℃前後。

湿度が低くサラッとしてるし、時折、爽やかな風も吹くので本当に気持ちがいい。

身軽な服装で素足にサンダルで気軽に過ごせる季節が嬉しくて仕方ない。

裏庭に出した椅子に腰掛け、Trixieと一緒にのんびり寛いだり、お茶を飲みながら本を読んだり、小鳥のさえずりを聞きながら風の音にも耳を澄ませたり。

陽射しがいっぱいに入るサンルームで過ごす時間も快適で、リゾートに行かなくても、まるで楽園な感じ。

開放的で身も心も軽くなるような嬉しい季節。

それは食生活にも反映して、BBQの夕食だったり、野菜が中心の食事だったり、サンルームで済ませる簡単な食事だったりするから、食器類も敢えて陶製でなく、メラミンの軽い使い心地のものが頻繁に登場して活躍する季節でもある。

店頭にもメラミンの食器類が豊富に並び、今年ならではの人気の色や柄の路線でのデザインを施したものが揃って目を楽しませてくれた。

メラミン食器の難点は電子レンジで使えないこと。

それでもメラミンならではの手頃な値段と、日常使いでは絶対に選ばないような派手でカラフルで大胆なデザインのものが選べるので、既に結構な数のお皿をひと夏じゅう使い回せるくらいは持っているから、新たに買い揃える必要も無いんだけど。

それでも益々、デザイン性の面で進化し続けるメラミン皿の魅力に惹かれ、今シーズンも少しだけ買い足した。

これまで馴染みのあるメラミン皿と違って、厚みと適度な重みがあり、表面にもちょっとしたデコボコした表情があるのが面白い。


白地に藍色のデザインにも、何処となく和に通じる雰囲気を感じて選んだ。


どうしても欲しかったのが、色の綺麗さが格別だったこれ。

Williams-Sonomaから出されてる、この夏のメラミン。


このシリーズも、ちょっとした重厚感があって、しかも薬を掛けて焼いた際の陶器に出来る微妙な「ひび割れ」感まで表現された色合いに、あとは縁の部分、塗装が剥げたみたいな仕上げで、いい感じに "rustic"な雰囲気が演出されてるのが憎い。


たまたま、その週にラグ・フッキングの集まりで、メンバーのジェーンさん宅に各自サラダを持って集まる、と言うランチを兼ねたフッキングのイベントがあったので、自家製のたっぷりな分量でのサラダを入れて持参するのにも丁度良く、ピッタリなタイミングで買うことが出来て良かったし。

これまでサラダ・ボウルは大きめでも鉢形をした深いものしか持って無く、レタスや若いホウレン草みたいな葉ものは、トッピング(トマトとかオリーヴとかチーズなど)の重さで沈んでしまいがちなサラダなので、今回、大きくて浅いカタチのボウルを入手して、同様のサラダでも見た目の違うプレゼンテーションが出来ると言う意味でも、用途の違う使い道が増えたのも嬉しいところ。


このままずっと夏を満喫していたい。


話はまるで変わって。

うちの近くにあるレトロなハンバーガー・レストラン『Snuffy's』で映画の撮影があり、私の大好きな俳優の一人でもある Woody Harrelsonが来ていたらしいのを新聞で知って、ちょっとコーフンした。

*私的には 
「David Lynchの作品にでも登場しそうな内装」
って印象な店だったんだけど*


歳は喰っても相変わらずのミーハーですわ。

映画の題名は『Wilson』で、Kristen WiigとBill Haderが双子役を演じて興味深い作品だった『The Skeleton Twins』と同じ監督が撮影とのこと。

9月から地元のカレッジにて映画を学ぶ Kaitoだけど、ミネソタ州のこの辺りは、意外とその分野で話題(コーエン兄弟絡みや Kevin Smith絡みなど)になる事も多く、撮影のロケになるのは勿論、劇場(映画でなく、演劇、だけど)も複数あるし、映像に関連した仕事に従事する人々も数多くいるらしいという話で。

まだまだ未知の世界が広がるミネソタ。。。


それにしても、私の話はいつも脈略も関連もなく果てしなく続くのであった。








親知らず+社食体験

あら。

気付いて見るとブログを1週間近くお休みしてて。

ほんと、あっと言う間に毎日が過ぎてしまいびっくり。

相変わらず平和に幸せな日々で、毎晩、感謝しながら眠りにつく有り難さ。


最近の出来事をダイジェストで振り返ると。


木曜日は「木」に因んで庭仕事の日とし。

たまたま雨が降りそうな曇り空の中、庭に出てガレージの片付けなどをしていると小雨が降り出し、地面が湿ると草が抜き易いので草むしりに精を出した。


金曜日は老人施設内のギフトショップにてのヴォランティアで3時間ほど店を開けてたのではあるけれど、まるで閑古鳥が鳴くような日で売り上げが5ドル程度しか無くてがっかりしてしまった。

ヴォランティアによって運営される非営利団体の施設だから良いものの、これが普通に販売員を雇っての経営だったとしたら、と考えると、ビジネスの世界は本当に厳しいものだと考えさせられる。


息子:Kaitoは18歳になって、いよいよ「親知らず」(wisdom teeth)が生え始め、そのうちの1本は完全に横向きで生えて来てるので、通院中の歯科医から専門の口腔外科を紹介され、初診と相談に行って来た。

カナダと違って、歯科、矯正、口腔外科と専門毎に医師も医院も分かれてるので、同時進行の施術をして貰う場合、ハシゴしなければならないのが面倒。

専門医の話では、若いうちの抜歯の方がリスクが少ないそうで、全身麻酔で1時間半程度の口腔手術では4本の親知らずを同時に抜歯し、費用は3000ドル程度。

幸いなことに、大部分は加入している医療保険で負担されると思うけれど。

日本と違ってカナダの健康保険では歯科が対象外なのと同様、アメリカは更に、医療の全てが個人に委ねられてるので、うちの場合は Davidの勤務先が企業として加入している保険会社に保障されている点で、恵まれている。

彼の勤務先には小さなクリニックがあって医師か看護師が常勤しているらしいし、この間は従業員とその配偶者を対象にした健康診断の無料サービスがあった。

ま、身長と体重と胴囲と血圧、心拍数を計られ、あとは血液検査の為の採血だったんだけど。

アメリカでの医療行為は全てビジネスである分、顧客サービスがとても良いのは言うまでもなく、スタッフは皆、一様に笑顔でフレンドリー。

数日後に結果が郵送されて来た。

ほとんど全てのカテゴリーをクリアしてるものの、塩分がほんの少しだけ過多なのと、あとは悪玉コレストロール値が高かった。

良玉コレステロール値もそれなりに高く、血圧はまるで高くないから、即座に心配する必要は無い気もするんだけど、取り敢えず医師に報告+相談しておくべく、クリニックに予約を入れた。

女性の医師を希望して予約出来たりする部分も、医師不足のカナダで専属(掛かり付け)医を見つけるのさえ困難だったりしたのに比べると、雲泥の違いと言えそう。

普段、Davidを仕事まで送迎するものの、社内に足を踏み入れる機会が無かったので、この時とばかり、彼にツアーして貰いカフェテリアで朝食体験。

ちょっとした集合住宅と言うか商業施設みたいな感じに、銀行やカフェやギフトショップが入ってて便利。

元々ゴルフ場だった立地に建てられた全面ガラス張りの施設内から緑が眩しい屋外を眺めながらワークアウト出来るジムは、従業員は勿論、その配偶者も使うことが出来るんだそうで、ヨガやエアロビのクラスも毎日、日替わりであるらしい。




 中途半端な時間外だったので、人影もまばらだったカフェテリア。


朝食は9時半まで、ランチは11時から、だったかな。

ブッフェ形式で選択できるエリアも広く、目の前で卵料理などを調理してくれるブースがあり、専属の料理人が何人もいる雰囲気だった。


時間外だったので仕方なく選んだのは4種類のサラダ。

*お皿に取って量り売りだったサラダたち*


あとはクロワッサンと珈琲での簡単なブランチになった。

次回は何とか、ここでのランチを体験してみたいと思う。



2015年7月16日木曜日

12 Days(knits) of Christmas

手作り作業のプロジェクトには事欠かないのではあるけれど、先日、Amazonで新たに注文しておいた編みぐるみの本が届いた。


気が早いけれどクリスマスのテーマの編みぐるみ本。

北米では小学生くらいの子供たちも知っている、、、つまり誰でも知ってるクリスマスの「数え歌」で、楽しいメロディに乗って1から12までを数える『Twelve Days of Christmas』に登場するキャラクター達を、棒針での編みぐるみの手法で作ろう♪と言う主旨の本で、表紙の可愛さに惹かれて欲しくなってしまったから。

*1は Partfidgeで山うずら*



*2は Turtle Dovesでキジバト*



*3は French Hensで雌鳥*


その後
4は Calling Birds
5は Golden Rings
6は Geese (Laying)
7は Swans (swimming)
8は Maids (milking)
9は Ladies (dancing)
10は Lords (leaping)
11は Pipers (piping)
12は Drummers (drumming)
と続くんだけど。


かぎ針編みで作る編みぐるみでなく、棒針で編む編みぐるみってトコがポイントで、個人的には、棒針で編む方が見た目で可愛いような気がしてる。

ま、どちらも可愛いのではあるけれど。

とにかく、クリスマスに向けて間に合うような適当な時期に始めて見たいと思う。

最終的にどの程度の時間を要するのか?見当も付かないのではあるけれど。


そんな折、ラグ・フッキングのミーティングで 『Bear Patch』(White Bear Lakeにあるキルト店)に行った火曜日、現在作業中のアップリケに必要なコットンのプリント生地の端切れを適当に探してたんだけど、そんな中から偶然にも1枚だけ、1ドルで売られてるプリント柄が「12 days of Christmas」なのを発見。


パッチワーク用のピースとして、端切れで売られてるだけに、多分、去年のクリスマスからの処分品と見られ、これが最後の一切れらしく。

せっかくなので、編みぐるみでの「12 days of Christmas」とコラボして、パッチワーク・キルト的な壁掛けに仕上げたいと思う。

絵が切れてしまってる箇所は、何とかアップリケで繋げて完成させるつもり。

何だか急に楽しくなって来た!

そして勿論、私の頭の中では楽しい「12 days of Christmas」のメロディが繰り返してるところ。。。










2015年7月14日火曜日

和風のネックレス 2作

本当につくづく私は気が多くて、あれこれ種類の違うモノ作りに手を出すので、一つの決めた道で極めることが出来ない性分なんだなぁ〜と諦めつつも反省。

ある時はラグ・フッキング、ある時はフェルティング、ある時は編物。

そして今回はアクセサリー作り。

たまたま雑誌の切り抜きをクリアケースにファイルしてデザインのアイデア帖としてるのを整理しようとして、、、と言うのも最近ではデザインのアイデアが欲しい際にはネット検索するばかりなので、クリアケースのバインダーを開く機会もめっきり無いし。

あとは未だ定期購読を続けてるフランスの手作りアイデア雑誌『マリー・クレール・イデー』も溜まる一方だから、気に入った頁だけを保存したい、と言うのもあって。

長いこと保存してるバインダーの頁をパラパラめくっていたら、あぁ〜あれも作りたい、これも作りたい、って感じに私の関心があちこち飛ぶ中、際立って特別に目の留った頁があって、そこには布製(織り柄のある、多分ウール素材)のビーズで作られたネックレスがあった。

とても気になって、自分でも作って見たくなって。

あ〜ぁ、まただよ、、、と内心、自分でも思いながら。

雑誌の頁とは違って、私が自分の収集素材の中から取り出したのは着物柄がプリントされたポリエステル素材。

まずは、その布をミシンで縫って綿を詰めたビーズ作り。


柄の出具合も大きさもカタチも不揃いのビーズたち。

カタチも色も綺麗に揃ってない、不完全なデザインに魅力を感じる。

Etsyで最近、買ったばかりの vintageの大玉セラミック・ビーズには、金魚の図柄と、何故か「大」の漢字が手描きされてるのが面白く、色合いが綺麗な「楽焼き」のビーズと一緒にフォーカルポイントとしてぶら下げて見た。

*アジアンちっくな手作りネックレス*


あとは銅のチェーンにリボン風の綺麗な色合いの糸をかぎ針編みしたネックレスに、これまた vintageで日本製の黒いガラスビーズを中心に、あとは思い付くままジャラジャラと色んなビーズを無造作に取り付けて仕上げ。


何となく元気が欲しい時、パワフルな赤い色のアクセサリーを首の廻りにジャラジャラさせたい場合はいっその事、一気に二つ一緒に重ね付けするのもアリかと思う。


いずれにしろ、アクセサリー作りを極めてる訳ではないので、作業中は何となく時間を無駄にしてる感覚があるのではあるけれど、テキスタイル作家、又はファイバー作家が作る遊びにアクセサリーってカテゴリーで許して貰おうと思う。




2015年7月12日日曜日

バービー風 Rag Doll

火曜日に Textile Centerで初めて会ったサンドラさんは布製の人形を創る人なんだそうで、私も気紛れに時々、人形を作ったりする事を話したら、私の作品も是非、見てみたいと熱心な感じにリクエストされたので、気を良くして過去に作った人形の数々を持参+披露する意欲満々で。

とは言え、私は毎週参加する訳ではないので、隔週なんだけど。

「では2週間後にまた会いましょうね」と言って別れたあとで、せっかく2週間もあるから、何かしら新作の人形も作ってみようかな、という気持ちが持ち上がり。

そう言えば最近、人形というものを作ってなかったし、、、と言うこともあり。


以前、Davidの祖母(既に他界)から譲り受けた余り布の麻っぽい生地があったので、それを刺繍用のフープに貼って、下絵無しで気紛れにイラスト風の顔を刺繍。


髪は『Lion』ブランドの毛糸で私が気に入ってる "Homespun"シリーズ。

人形に髪に最適な柔らかい素材感で、複数の色が微妙に混じり合った綺麗な色が豊富に揃ってるし、縮れ具合も絶妙に私のツボ。

*靴はこれから作ります*


身長は40cm程度で、長い首、そして長い手足をもった人形。

仮に経済的なゆとりが無く、子供に既製の「バービー人形」が買ってあげられない状況だったとしたら、その際に作ってあげる的なハンドメイドのセクシー・ドールって感じで、だからちゃんと胸("boobs")もしっかり作って綿を詰めて胴体に2つ縫い付けた。



下着もちゃんと真っ白なコットンで作って、ブラジャーは何とワイヤー入りだし。

自作の人形にワイヤー入りのブラジャー縫ってる自分は、やっぱりかなり "Geek"な感じ?と自虐的に、複雑な想いが交錯する作業で。

ま、一応、今、世間で呼ばれるところの "Art Doll"ってカテゴリーかな。

気が向けば同じ様式で幾つか試作し、増殖するかも。

Barbieには Kenがいるように、ボーイフレンドも作って見たい気もするし。

あ、でも、Geekなだけに細部にもこだわって作る場合、喉仏とかの出っ張りや髭にもこだわって作るのはいいとして、股間の辺りはどうしよう?みたいな躊躇いもあり、ソレはちょっと避けたいような気もしないでもなく。うーーーん。




2015年7月8日水曜日

Diorama: Zen Garden

毎月、1週目と3週目の火曜日に行く Textile Centerでは、『火曜日のテキスタイル・アーティストの会』と称して自由参加型に不特定の女性たちが集まって、各々、作業中のファイバー・アートを持ち寄り、テーブルを囲んで作業しながらお喋りを楽しんだりするんだけど、去年の9月から参入の私は、まさに「新入り」であり、「若造」であり、年配のメンバーさん達の10年とか20年とか、またはそれ以上での歴史的エピソードを聞かされる度に、凄いなぁ〜と感心させられる事も多いンだけど。

皆さんがそれぞれに何かしらの分野で、プロとしての芸術家だったりするし、国際的に活躍された過去があったり、あとはプライベートでのエピソードにしても色んな冒険談を聞くことが出来て、本当に刺激になるし、人生の勉強をさせて貰うって感じ。

色んな国や都市で暮らした経験のある人の人生はやっぱりそれだけ内容も濃い印象を受けるし、私も彼女たちのように充実した歳を重ねて、成熟した大人の魅力を醸し出せるような女性になれたらいいな、と漠然と思う。

今週、特に印象に残った話題としては、カトリーナさんが以前マダガスカルに暮らした頃のエピソード、ジェーンさんが来週から3週間の南アフリカへ姪御さんの結婚式に出席する為に旅行されること、ウェンディさんがバンクーバーからアラスカへのクルーズに向かうこと、などなど。

「可愛い子には旅させよ」とか言うけど、若い子に限らず、旅は人間を成熟させる機会になるんだろうと思うと、私ももっと非日常的な体験をする為の旅に出るべき、とか思いつつ、それでもやっぱり家が大好きな出不精だからなぁ〜と、葛藤の溜め息。

いずれにしろ、Textile Centerでは、常に何かしらの刺激を受けつつ、色んな新しいアイデアとか、動機付けを貰ったり、褒められたり励まされたりってのも心地良い。

前回、ロクサーヌさんが首に掛けていたビーズのペンダントが素敵で、面白いデザインだったので訊いたら、詳しく教えてくれて、それはたまたま Laura Leonardさんと言うビーズ作家の作品との事で、彼女の作品が載った本を Textile Center内の図書館で見つけて、持って来て見せてくれた。

せっかくだから借り出して家に持ち帰ったんだけど。

これまで正直、ビーズ作業には余り興味がなく、自分には向かないような先入観があって、だから縁も無かったンだけど。

ま多少のビーズは持っていて、気紛れにアクセサリー作りする程度だった。

それでも借りて来た本を眺めてたら、これまでの私の認識を遥かに越えた、信じられないくらいに複雑に手の込んだ立体的な芸術作品が豊富にあって、かなりぶっ飛んだ、と言うか、触発された。

そしたらやっぱりムズムズと居ても立ってもいられなくなり、手持ちのビーズを持ち出して試行錯誤しつつチクチクと試して見たり。

何となく要領が掴めたら、もう面白くてハマってしまった。

それでジオラマ=箱庭的な小さな "Zen Garden"を作ることに決めたんだけど、無心に細かいビーズを扱った手作業そのものが、ちょっとした「禅」みたいな感じ。




*この作品を作るのに際して新たに購入した材料が無かった
・・・ってことに自分ながら驚き*


楓の木と池も配し、うちの玄関先で咲いていたカンナの花をイメージしつつ、架空の花も植えてみた。

因みにサイズは 4" × 4" の正方形。

この作業は楽しくて、ちょっと病み付きになりそうな予感も。




*Textile Centerの図書館で借りて来たビーズ本*



*Laura Leonardさんの作品が載った頁*


シードビーズで緻密に作られた3Dの作品たちは圧巻!

取り敢えず私は平面的な作品に挑戦しようと思う。。。けど。



2015年7月6日月曜日

金魚鉢デザイン

日本人って金魚が好きね。

夏場は特に。

ガラスの金魚鉢に入った金魚は日本の夏の風物詩でもあり。

暑い夏の日に涼やかなイメージだから。


私も例外でなく、7月を象徴するデザインで

頭に浮かんだのはやっぱり金魚だった。


麻の布にフリーハンドで油性のマーカーでお絵描き。


参考のデザインは Etsyで検索して応用。

金魚鉢の底の円形はコンパスを駆使してぐるっと半円。

次のミニ・プロジェクトにしよう、、、

なんて思ってたんだけど、

金魚も水も、フッキングしてみたい魅力のアイテムで。

「ちょっとだけ・・・」

のつもりでフッキングし始めて見たら止まらなくなった。


割りと短い時間で、ほとんどの部分をフッキングし終えてしまった。

気分が乗って集中力が持続する時って凄い。

そのかわり、右の手首が痛かったりするんだけど。

自業自得、よね。


金魚のヒレの部分には、リボン風の糸を使って見た。

染めの色合いが綺麗で綺麗で、

うっとりしながら作業できて幸せだった。

綺麗な色合いの素材を扱ってる時が本当に幸せ♪


ラグ・フッキングは、私にとっての絵画なんだと思う。




2015年7月5日日曜日

Brickmaniaのイベント

息子にとっては、赤ちゃんの頃からなじみ深いオモチャ:『LEGO』。

レゴ・ブロックは未だに好きらしい。

何しろ、中年のオバさん(←私のことだけど)だってシリーズによっては欲しいと思うレゴのセットが売られてるくらいだし。

この間は、『Homer Simpson』シリーズのミニ・フィギュアを買ったら、サプライズでリサと猫(Snowball?)が出て嬉しかった♪ってのは余談で。


実はハロウィンの時期に店頭に並ぶ
モンスター・シリーズのレゴセットも欲しいんだけど、
かなり高額なので躊躇してるところ。



6月の下旬の週末に、3日連続で(レゴでは無いけれど)ブロック会社:『Brickmania/ブリックマニア』のイベント「World War Brick」とかってのがあって、Kaitoが参加すると言うので送り迎えをしたんだけど、これまで行ったことの無い倉庫街みたいなエリアで、建物の外に大きくてカラフルなブロックが配されてたり、面白そうだった。

(正規のレゴは戦争テーマだとか、暴力だとか武器などを製造しないので、ブリックマニアなど小規模な別会社がレゴに適応するそれらを「カスタム」として販売するらしい)


一見、怪し気な雰囲気の場所と建物だったりするも、小学生くらいの子供を連れた、いかにも「父と息子」、或は「祖父と孫」みたいな来場者の姿が結構、見受けられて安心。


何しろ私は入場パスを持って無いので、中に入れない分、様子がまるで解らないし。

3日間のイベントでは、色んな催しがあったり、参加型のアクティビティもあったり、トレードなども出来たらしく、結構、楽しかったみたい。

3日連続の参加者がもれなく受け取ったバッグの中には色んな記念品が入っていて、そんな中でもコレ↓ は一番、嬉しかったらしい。



やっぱりこういうのはレゴからは発売されないものね、多分。







学校訪問

少し前に遡る話。

息子は6月5日に高校を卒業する前日、つまり4日が、授業の最終日だった。

日本の学校のように終業式みたいなものはまるでなく。

因に、彼が最終学期で受講していた科目は5つ。

これまた日本の普通高校に通う3年生、特に大学受験を視野に入れた学生たちが勉強する授業とは、かなり違ってる気がするので話の種に書いて見る。

まずは、Physical Education(体育)、そして、 Painting and Drawing(美術:主に絵画とデッサン)、Astronomy(天文学)、Graphic Design(グラフィック・デザイン)、American Government(アメリカ政治学)、とこんな感じ。

今学期は、驚くことに英語も数学も科学/化学も地理も歴史も無し。

学年度の最終学期と言うこともあり、選択科目が多かったみたいで。

とにかく。

その数週間前に息子から

「グラフィック・デザインの授業のプロジェクトで、材料費が $35必要なんだけど」

と言われたので、学校宛の小切手を切って持たせた。

話によると、自分でデザインしたTシャツと、同じく自分でデザインしたマグカップの作成をして、仕上げて採点して貰った後、家に持って帰る、、、と言うので楽しみにしてた。

なので、学校の最終日に帰宅した息子が手ぶらで拍子抜け。

「Tシャツとマグは?」

と訊いたら、

「講師が不在で工程の手順が分からず、仕上げる事が出来なかった」

とか何とか、ったく十代の男子の説明には説得力が無いったら。


とにかく、腑に落ちなかったので、学校のウェブサイトを通して教諭に問い合わせのメールを送ったところ、彼女のお母さんの健康状態が良くないらしく、授業に出られない日が何日かあったとのことで。

それは避けられない不可抗力として、代理の教員やアシスタントにきちんと指示がなされてなかった様子が残念で、とにかく私としては、せっかく息子が作ったデザインがあるのだったら、材料費も支払っている事だし、卒業の記念にもなるので、何とか2つのアイテムを仕上げさせてあげたく、その為に必要であれば、ヴォランティアをして手伝いに学校へ出向く用意がある旨を伝えた。

息子は既に卒業してしまったものの、在校生の授業は引き続き行われていて、選択科目であるグラフィック・デザインの授業は学年が混合なので、11年生とか10年生とかが息子と同様のプロジェクトを仕上げてるはずで。(息子は12年生だった)


教諭との合意のもとに、学校の最終日に息子を伴って学校を訪問。

卒業したばかりの学校へ再び登校するのが妙な気分らしかった息子だけど。

しかも親を同伴して、とか。

学校の正面玄関のセキュリティでは、「訪問者」として顔写真を撮られ、即座に印刷されたステッカー式の名札を胸に貼ってパス代わりに。

気分はまるで授業参観なんだけど。


グラフィック・デザインの教室に行くと担当教諭のフィネガン先生がいて、初対面の挨拶と握手を交わした後、他の生徒たちの作業を見学しつつ、手伝ったり。

彼等にとっても学校の終業日と言うこともあり、教室の机の上には大量のドーナツが箱入りで置かれ、セルフサービスで食べ歩く生徒たちは、勿論、制服などと言うものを着ている訳でもなく(プライベート・スクールではないので)、特に夏場と言うこともあり、至ってカジュアルで、多分、一般的な日本の高校生やその父兄が見たら、腰を抜かすような驚きかと思うくらいにリラックスしてる。


とにかく、お節介に他の生徒たちの作業も手伝いつつ、息子が仕上げたマグカップを持ち帰ることが出来た。


ま、駄洒落っぽいコピーで。

とあるゲームソフトをプレイする人には解るオチらしいデザインなんだそう。

あとはTシャツのデザインをプレスする工程を見るのは初めてで興味深かった。

*確か200℃くらいだったと思うけど、高熱で数分間プレス*


何しろ、義理の父はかつて広告代理店を営んでいたので、一応グラフィック・デザイナーであったんだけど、私自身もデザイン関連には色々と興味があり、息子のように高校で実際的な授業が受けられる環境ってのが羨ましくもあり、一体それがどんな現場なのか?見てみたい欲求もあった。

実際に足を運んでみると、案の定、多数のMacが装備されていて、シルクスクリーンの機械だとか、割りと大掛かりで本格的な機器も揃ってて感心してしまった。

日本の多くの高校みたいにアカデミックではないにしろ、実社会で役に立つかも知れない技術や知識を早い時期から体験することが出来る利点は大いにある気がする。

ま、そんなこんなで熱転写されたデザインで仕上がったTシャツも持ち帰り。


たまたまうちに滞在してたグラフィック・デザインの元プロの義父にアイテムを披露して、コメントを貰ってた Kaito。

ま、当時と今とじゃ手法もデザインの傾向も何もかもが違うンだろうけれど。

何しろ義父の時代では、多くの仕事がマニュアルだったらしいから。

Photoshopなんかも無かっただろうし。


6月の中旬に郵送されてきた通知表で、グラフィック・デザインの評価が「A」になってた、、、ってのはちょっとしたおまけ、なのかどうか。



2015年7月4日土曜日

メキシコ料理と容器専門店

ご存知、7月4日はアメリカの独立記念日。

たまたま土曜日だったので、Davidは昨日、金曜日も仕事が休みになった。

子供たちも学校が夏休みに入って家でのんびりしてるのに加えて3連休の週末で、何だかもう曜日の感覚が無くなってしまいそう。

今の時期、夜も9時半を過ぎないと暗くならないので、ひょっとすると10時頃からあちこちで花火の音が聞こえて来るかも?

雷の音をはじめ、花火の音なんかも大の苦手な Trixieだから、きっとさっさと地下へ下りて行って Erikaの部屋の机の下にでも逃げ込むんだろうけど。

子供たちの勉強机の下は、ちょうど犬小屋って感じのサイズの安心感があるらしい。


昨日は冷房なしでも過ごせたけれど、さすがに今日は暑くてエアコンを稼働。

久し振りにポークを揚げてトンカツの夕飯だったり、残った分をカツ丼風に仕上げて食べたりで、かなり久し振りにお米を食べた感じ。

最近はもう随分と和食から遠離ってるのを実感する。

アメリカでは、カナダよりも更に冷凍食材が充実してるし。

手間ひまを掛けずに簡単に "fix"出来る環境は、人々を容易に怠け者にもするし、体重過多にもするし、実際にそれを体現してるって感じの自分が怖い。


そして、カナダで暮らしていた頃に比べ、格段と食べる頻度が高くなって身近に登場するのがメキシコ料理の存在。

ま、地理的にも多少、南下してメキシコに近くなったし、とにかくアメリカ国内にはメキシコからの移民も多いし。


そんな訳で先週の土曜日は Davidと、彼が前から行って見たかったちょっと遠くにある評判の良いメキシコ料理レストランへ足を伸ばしてみた。

豪華でもお洒落でもない小さな店『Aurelia's』と言う名前の店。

調理してるのがメキシコ人だったり、店内で食べてるお客さん達の会話がスペイン語だったりで、多分かなり「本場もの」なんだろうなって期待感で。

Davidが試したのは「魚のタコス」で、ティラピアっぽい白身の魚を焼いたものと、刻まれた新鮮な野菜が複数入っていて、爽やかな食感に味わいで美味しかった。



私は最近メキシカンの際の注文がワンパターン化しつつある、ステーキのファヒタ。


家でご飯(米、と言う意味で)を食べる機会がめっきり減ってる昨今なので、思い掛けずにこんな場面で食べる事が出来たメキシカン・ライスが思いの外、美味しかったりして嬉しかった。

勿論、日本米とはかなり違う種類なのではあるけれど。

サルサやグァカモレと共に食べるコーンチップスも本格的で美味しかった。

何事も習慣で、最近、メキシコ料理を食べる機会が極端に増えたから当然コーンチップスを食べる場面も多く、日常的なスナックとなりつつある感じ。

私的に言えば、食べ慣れた醤油味の胡麻煎餅が、メキシカンなコーンチップスに取って代わりつつあるってな現象。

つくづく人間って、置かれた環境に慣れるし、どんな生活にもいずれ馴染んでしまうものなのかも知れないな、なんて時々思う。


お腹が一杯になって満足した後は、同じエリアにあって、これまた以前からずっと行って見たいと思ってた整理用品のお店にも一石二鳥よろしく寄って見る事が出来た。

その名もずばり『The Container Store』だし。


整理整頓する為に必要な、ありとあらゆる「容器」が揃うって感じの店。


さすがに、こういった究極の専門店は、人口が少なく人口密度の低いカナダには絶対に存在しない(稀にトロントで小規模に可能かも?)だろう、って種類の店。


この感覚は久々。

なんかあれだ、久々『東急ハンズ』を体験するような。

カナダ、、、特にケベック州ではなくアメリカで暮らすことの「特典」みたいなのを、こういう場面で特に実感する。

とは言え、意外と思った程には散財しなかったのではあるけれど。