2017年6月11日日曜日

腰のリハビリとゴス猫


今日、日曜日の朝は激しい雷の音で目覚め、続いて凄まじい雹が窓ガラスを叩き付ける音に驚いて飛び起きると、直ぐに外の様子を見に行った。

実は木曜日に家の片付けものをしていて、ちょっとしたギックリ腰の再発をしたので、金曜日のギフトショップでのヴォランティアをキャンセルした後、家で静かに回復するのを待ってるんだけど。

自分のベッドはマットレスが凄く豪華で分厚くて高さもあり、寝心地が良い反面、腰痛のリハビリ中には何だか柔らか過ぎる気がして。

ゲストルームのクィーンサイズのベッドは以前、Erikaが使っていたものなのだけど、引越しを機会に彼女にはダブルサイズのベッドを新調したので、丁度良く大きなサイズのベッドがゲスト用となり、義理の両親が滞在する際でも困ることなく、そしてそのベッドは比較的、簡素で厚みも大袈裟でなく硬めなマットレスらしく、私の腰が痛い時、横になっても体が変に沈み込まないので快適。

それで現在、ゲストルームにお泊まり中。

いつもと違う寝室で、普段とは別のベッドで寝具で寝るのは何となく何処か遠くに来てるような、ホテルに滞在してるような錯覚さえして。

なんて安上がりな自分かしら、と。

大雨が降った後の裏庭をふと見ると、余りにも濃い緑がまるで森のように茂って見えて、私の中では「香港のジャングル」を連想してしまった。


ギックリ腰を患いながらも、トロピカルな異国のホテルに滞在中な気分。

しかも夕べはたまたま近所のフィッシュ&チップスの店からテイクアウトの夕食で、私は我が侭にも部屋に持って来てくれるよう頼んだら、Erikaが大袈裟なトレーに私の分の食事を乗せて、グラスに水も注いで、お手拭きも添えて持って来てくれた。

腰は痛いけど極楽生活♪

2度目のギックリ腰なので、慣れてはいるけれど、完治までどのくらいの時間を要するのやら。

座って作業に専念出来ないのが辛い。

次回の作品展は8月だから、公募の締め切りと審査の締め切りが来月だった気がするので、その準備を万端整えたいところでもあるんだけど。

腰を痛める直前に作業しておいて良かった〜♪と思ったのは、テキスタイル・センターのギフトショップで働くケイティさんからコミッションの、彼女の愛猫をニードル・フェルティングで作るプロジェクト。


白と黒の面白い模様の猫は、その名もずばり "Spook"なんだそうで。

まるで "Goth"と言うかハロウィンにピッタリな存在感。


白が基調なので、まずは真っ白いボディからスタート。

可愛いピンク色の鼻と口元。


次はお目々を刺繍。

あとは耳を付け、黒い部分の模様を付け。


テディベアと同様の「お座りボディ」にして座らせたら、何となく、手に持たせて見たくなったナイフとフォーク。


お魚の乗ったカップケーキ状のものを作り、小さな円卓に乗せました。

気に入って貰えるといいけど。




2017年6月8日木曜日

花壇とプランターの造花

引っ越して来た当初、この家の敷地内には花壇と呼べるものが無く、咲く花と言えば、低木の目立たない淡いピンク色のものとか、同様にまだ背の低いライラックの樹が春先に開花して良い香りを漂わせるくらいで。

あとは夏に咲く、放置されても咲く多年草のデイリリー。

そして忘れ去られた球根のチューリップが寂しそうに一本だけ咲いてる、そんな程度だった。

短期の限定で借りる予定だったから、庭仕事に手を出すつもりも無かったのではあるけれど、それでもやっぱり嫌いではないし、庭先に綺麗な花が咲いてる家での生活というのが恋しくなったみたいで、結局、小さな規模に限定して3つの花壇を作った。

庭造りは一朝一夕に完了するものじゃなく、毎年毎年、少しずつ手を加え、好きな植木を植え足して育てて行く長い過程での仕事だから、この先いったいあとどのくらい暮らすか分からない、しかも自分で所有する訳でもない家の庭に丹誠込め、時間を掛けても無意味なような気もしつつ。

勝手やたらに自分の好きな植木を植えてもまずいだろうし?の疑念もあり。

色んな想いが入り交じり答えの無い葛藤は続くのではあるけれど。

今年は4年目で、いよいよこの家での暮らしも終盤な予感もあり、だから今シーズンは多分、ほとんど庭仕事に精を出す事も無いんだろうって気がしてる。

これ以上、無駄な投資をしないよう自分で自分に言い聞かせつつ諦めてる。

それでも、そんな中にあっても、私が自分で選んで購入し、大事に持ち帰って丁寧に植えた芍薬が綺麗な色を付けて咲いてるのを見ると、嬉しい気持ちでいっぱい。

*ガレージ脇の細い花壇に植えた芍薬*



まだ引越しが決まった訳でもないのに、近い将来、私たちが去っても、この芍薬をはじめ私が植えた多年草たちは、ずっとこの家で株を増やし、毎年、季節が来る度、元気に綺麗な花を付け咲き続けて行くのかな〜なんて思うと、嬉しいような切ないような微妙に複雑な気持ち。

さて、次に私が自分の庭を持つのが果たして何処の町になるのやら。

と、そんな事情もあって今年は造花のアレンジをしてる。

*玄関先に飾った「大きな石」っぽいプランター*



*猫のカタチのプランターにはちょっとペイントした*

最近トレンドらしい "Succulent"は造花でも見栄えが良く割りとホンモノっぽい。

日本語にGoogle翻訳したら「多肉植物」らしい Succulents。


2017年6月5日月曜日

編物と授乳と卒業式


昨日は晴天の夏日で、外気温は30℃を越えていたのは確実。

そんな中、私は自分でも「何をやってんだかなぁ〜」と自虐的に心の中でつぶやきながら、ウールの毛糸を相手に編物をしていた。


通称「クレイジー・カーディガン」のジャケットみたいに羽織るカーディガンで、部分毎に編んだピースをパッチワークして行って、腰回りはサーキュラーのスカートみたいに30枚の台形を繋げてるから、これが結構な重さで。

久々に「着るもの」としての大作を編んでる私にとっては、ちょっとした衝撃。

着てしまえば苦にならない重さではあるんだけど。

とにかく暑い真夏日でも家に籠って編物が楽しめる住環境で有り難いわ。

何しろ、最後に住んだカナダの家ではエアコンが無かったから。

代わりにプールはあったけど。

とにかく久し振りに編む大作だし、いつもながら行き当たりばったりなデザインなので、終盤の仕上げに取り掛かっても試行錯誤の連続で。

紆余曲折の後に結局、襟を延長させたフードにしてみる事にした。

ほぼ運命的にたまたま手元にあった毛糸が "NORO"のクレヨン・シリーズで、北米でもかなり人気の高い日本製で野呂英作氏デザイン又は監修の糸っぽい。

素材としての毛糸は色や素材感にも色々あって、自分の好みやプロジェクトとの組み合わせやタイミングには、こんなところにも一期一会的なものを感じる。

夜、静かな作業場で独り編物をしてると、その昔、まだ生まれて間もない Erikaに授乳してたその時の感覚が鮮明に蘇り、まるで関係ない行動に思える二つの体験が私にとっては、実はとても似通っている事を実感する。

ひと目ひと目編んで行く寡黙で孤独な作業である編物は、ある意味、瞑想の時間でもあり独特の幸福感に包まれた満たされた時間ではあるのだけれど、その作業は永遠に続く訳でなく、いずれ完成を迎えてしまうという結末に向かって少しずつ進んで行く訳で。

幸せな作業の渦中にあっても、終了した時の達成感と共に感じるのであろう、空虚感のような寂しさを予感してる。

作業から開放されて自由になってしまうと、次は何をしたらいいの?って感じになす術もなく路頭に迷うような心境、大袈裟に言うと。

呆然としてしまいそうな自分が想像出来る。

Erikaとの蜜月のような幸福な時が終わって離乳した時みたいに。

まぁそんな感覚は全てのプロジェクトに通じてる事かも知れないけれど。

万事に始まりと終わりがあるとすれば、与えられたプロセスを存分に悔いなく楽しむしかないんだろう。



先週の金曜日、Erikaは高校の卒業式を迎えた。


500人前後の同級生たちが一緒に卒業した。

残念なのは、卒業式の前日に同級生の一人:Declan君(通称が "Duck")が高速道路のオートバイ事故で突然、この世を去ってしまった事。

カリスマ的で人気者だった彼の突然の死は Erikaをはじめ、多くの仲間たちにとって余りにも衝撃的であり、黙祷を捧げた卒業の式典は一生、忘れることが無いだろう。



卒業式の後、Davidと私は遅い夕食に通りがかった和食レストランに寄った。

市街のレストランなので普段は縁が無いから初めて入った店。

その名もずばり『桜』。


そして、たまたま「卒業キャップ」に Erikaが施したデコレーションも、意外なことにどことなく和風で、桜を思わせる花の飾りだったと言う偶然。

書かれたのは Erikaが愛読する Sarah Dessenの小説からの "Quote"で、

"The Truth about Forever is that it is happening Right Now"と。

Erikaなりに込めた想いがあるんだろう。



因に、私が食べた「弁当」には沢山の天麩羅、鮭の塩焼き、照り焼きチキンが入り、これにご飯と味噌汁、サラダが付いて20ドル前後だった。



昨日は昨日で、Davidと二人でメキシコ料理店にての晩ご飯。

日本料理の倍くらいの量で半分くらいの値段で、やっぱりメキシコ料理って割安感があってお得感いっぱい、ってのを実感。


2017年6月1日木曜日

花柄プリントとミニ・アート

隔週で参加してるラグ・フッキングのミーティングは、郊外のキルトショップにて、店の奥に設置した大きなテーブルを囲んで楽しいお喋りに花を咲かせながらの作業。

キルトショップなだけに、特別フッキング用のウール素材を置いてると言う訳でもなく、綺麗な色や柄でプリントされたコットン生地が豊富に陳列されてる。

何かしら手仕事の手芸を趣味とする人は割合、幅広い分野での手法を愉しむ人が少なくないから、フッキングをする仲間の中にキルターさんも多いし、キルターさんがキルトショップへ来たついでに私たちのテーブルを覗き込んで、興味深そうにフッキングを見て行く人も多く、稀に私たちの仲間入りすると言う場合もある。

私自身、フッキングを愉しむけれど、真剣なラグフッカーと言う訳ではなく。

実は真剣なラグフッカーさんの中には伝統的な手法やプリミティブなデザインにこだわって、しかもサイズ的にも大きな床敷きのラグを制作する人以外は「正統なラグフッカーとは認めない」って意識があるんじゃないか?と感じさせられるくらいの信念を持っていそうな人もたまに居て、自分とは一線を画す印象を受ける。

まぁ私にとって直接的に付き合いのある仲間は皆、柔軟な思考で視野が広く、何か目新しいアイデアは何でも面白がって受け入れてくれるような人達なので、学ぶところも多く、楽しい交流にはいつも感謝の気持ちでいっぱいなのだけど。

さて、前置きの話が長くなったけれど、件のキルトショップには素敵なコットン生地が豊富に揃っていて、いつもそそられるのではあるけれど、この歳になるとさすがに既にそれなりの「一体いつ使うことが出来るのやら」なキルト生地のコレクションが家にあり、時々、途方に暮れるって繰り返しなので、意識的には、これ以上、増やさないよう心掛けてるつもりではあるので、なかなか買う機会は極力控えられてる傾向にある。

がしかし、、、なのは毎度のことで。

やっぱり何かしら目新しくて綺麗なものには惹かれてしまい。

すっごく綺麗な色彩の花柄の伸縮性のあるコットン生地を2種、購入。


勿論、使う当てが最初にある訳ではない、ってのもいつも通りのパターンで。

それでも、凄く凄く綺麗な素材を眺めていると、それを使いたい欲求がふつふつと湧いて来て、タイミングがいいと速攻で作品になるって事も多く。

今回もそんな例で、額縁に変身〜っ。


伸縮性のある生地なだけに、適度に引っ張りつつ包むのに最適だった。

小さな額に収まったデザインは、スクラップ素材を有効利用したもの。

テキスタイル仲間のクララさんが、彼女がアップリケ作業に使った残りのウール素材スクラップを「あなたなら何かしら面白いものを作るのに使ってくれるでしょ?」ってので、託してくれた。

期待されると俄然やる気が出てしまう質なので、スクラップをスクラップとして、出来るだけ切らずに手を加えないそのままのユニークな形状を配置して絵を作りたい意図で、だから木の枝は特に、一切なにもしないままそのまま縫い付けただけで「木の枝」として場面に収まった。

私にとってのちょっとした "Art Attack"って感じで楽しい挑戦になった。

あとはやっぱり、伸縮性のある綺麗な花柄なので、お人形を作って見たくなり。


あんまり可愛くないお人形も一体作った。

ま、試作、と言うことで。

私の場合は、この「試作」ばかりなんだけど。

いい加減、テキスタイル・センターのコーディネイターであるナンシーさんが勧めてくれるように、ギフトショップで販売する事の出来る作品を幾つか作りたい欲求はあるのだけど、その為の試作をあれやこれや重ねつつ、一作を完成させるとそれで納得+満足してしまい、同じ作業の繰り返しをする気持ちが萎えてしまう。

自分は本当に一発勝負屋なんだなぁ〜、みたいな。

だから結局、クラフトよりもアートの方向性での作品作りをするしかない結論。

あとは「クラスを教える講師」と言うニーズもあるのではあるけれど。

お隣のウィスコンシン州でブティックを経営しつつ、フッキングの素材やウール・アップリケの素材の販売と、小さなグループでのお教室を持ってる女性がいて、以前から私の作品を気に入ってくれてるらしいのだけど、この間、偶然に会って話した際、テキスタイル・センターで私の作品が展示された3回の展覧会も全て見てくれたそうで、感激してしまった。

そして彼女の店で講師として教えるつもりがないか?小さなグループでもだめか?熱心に誘ってくれるので有り難いんだけど、でも私は人にものを教える器じゃない。

自分自身、人から教えて貰うという設定が苦手だし。

だから逆の立場になるなんて更に考え難い。

精神的に弱い部分もあって、過剰に繊細だったりするし、だから他人からの否定的な意見にはもの凄く傷付き易い自分も認識してるし。

想定外の場面ではパニックになり易いのも自覚してる。

あぁ、あとは英語の "V"の発音とか "R"の発音とかが未だに苦手だったりするし。

なので、自分だけの快適空間である殻のような世界に籠って、大好きな仕事場で我を忘れて作業に没頭してる独りの時間に恍惚状態で浸ってるのが私の天国なの、と言う結論で。


小さなサイズの額縁で幾つか作って見た最新の作品群。


5" x 5"

ニードル・フェルティングとフッキング、かぎ針編み、ビーズ刺繍、アップリケ、などなどの手法を取り混ぜた、所謂 "Mixed Media"の Small Canvas Art作品。



8" x 8"

キャンバス地の縁の部分には、何かしらペイントを施して完成させる予定。


2017年5月31日水曜日

きんぎょ金魚キンギョ


アイテムとしての金魚が大好きなのは、
やっぱり日本人ならではなのかどうか。

特に夏が近づく頃になると
思い出したかのように気になる存在感で。


Etsyで購入した金魚が届き
嬉しかったので、
これまた最近買ったばかりの陶製の器に入れて見た。



そして金魚を使ったミニ額の作品。


ミニアートのサイズは 5" x 7"。


キャンバスの縁をペイントして仕上げようかと思い、
久し振りに画材店に出掛けた。

Mixed media用の絵の具が人気の様子で
レジンとかパステルとかメタリックとか、
面白そうな効果に仕上がる絵の具の新製品が豊富にあり
楽しくなってしまった。

最近は Fiberartばかりで絵を描いてないけれど、
久し振りに何かしら表現してみたいような欲求が沸々と。

試しに幾つかの種類で綺麗な色を買って来た。


そして、絵の具にはまるで関係ないんだけど、
画材店に何故かこんなモノも売られていて。


やっぱりコレは買ってしまうでしょ〜〜〜ぅ。


だって、
その名もずばり "Goldfish in a Bag"(←まんま)な石鹸。

まるで夏の縁日の金魚すくいで貰って来ました♪みたいな。

フツーのグリセリン石鹸にしては高価だったけど。

中に入って固められたプラスチックの金魚が
ホンモノみたいに見える雰囲気で。

郷愁のツボにぐっと来た、、、って感じ!?

家に帰って Erikaに見せたら意外にも
「コレは買っちゃうよねぇ〜♪」
と賛同された。

そ、そ、やっぱり、そうよね。
と改めて納得。


そして昨日、Textile Centerの図書館では
図書館員のナンシーさんから
「ちょっと手伝って欲しいんだけど」
と呼ばれ、
何か持ち運ぶお手伝いかと思って行って見たら
そこには日本で出版された日本語の手芸本が積まれていて驚き。


何の事はない、ちょっとした翻訳の手伝いだった。

さすがに日本語だけの表紙では題名や内容が謎だったらしく、
まぁ写真から想像が付くのではあるけれど。

「ふわふわぬいぐるみ」とか
せっかく可愛らしく形容されたものを中心に
簡単な英語で解説して来た。


「ちりめんの端切れで作る小物」の本とかもあり、
ちょっとだけニュアンスは違うけれど、
「端切れ」が最近、英語圏では "Boro"の通称で浸透しつつある。

多分、古い和布のハンパ生地を指していて、
北米のキルト作家たちが好んで使う背景もあるのかと思う。


席に戻ると、テキスタイル仲間が私に雑誌を見せてくれて、
とっても興味深かったんだけど、
それはドイツで出版されたドイツ語の雑誌だった、ってオチで。

素晴らしくインターナショナルな時代に生きられて幸せ♪


2017年5月23日火曜日

夏日と小鳥の巣

特にこれと言った理由もなくブログをさぼり続けてしまった。

色々と書き留めておきたい事はあったのだけど。

引き続きファイバーアートの手作業は楽しくて飽きもせず作品作りに没頭。

インスタグラムに割りと頻繁に写真をアップしてるので、それで自己満足度が満たされ完結してしまう感じで、ブログまで辿り着かないのが原因かも。

そもそもブログを書き続けること自体「なんで?」って気がしないでもないし。

色んな出来事があり過ぎて、色んな想いが交錯し過ぎて、頭の中がいつも混乱してる傾向にあるから、文章にする行為が思考の整理整頓をする手助けになるって利点は大いにあるかと思うけれど。

言葉って本当に難しいと思うし、人との関わりも本当にその時勝負な気がする。

余計なひと言を発してしまったり、逆に言葉が足りなかったり。

一日の終わりに反省する事ばかり。

その日に起こった場面をもう一度やり直す事が出来たら、もっと別の言い方をしたり、足りなかった言葉を補足することが出来るのに、と。

同じ内容を伝えるのに、選ぶ言葉や言い回しで印象がまるで違ったものになるのは、それが日本語であれ英語であれ同じことで。

相手に誤解を与えることなく明瞭で適切な言葉を使い、しかもぶっきらぼうでなく、丁寧でポジティブな表現の言い回しが出来るのが理想で、目指してるところではあるんだけど、でも難しい。

会話は、流れに乗ってその場のタイミングで喋らないといけないし、だからやっぱり頭の回転が速くないと、ってので、普段から頭の訓練をする必要性を感じる。

家に籠って孤独な作業に没頭しつつ脳を刺激する訓練は難しいなぁ〜。

アメリカで就労出来るヴィザを取得したら外に出て働こうかな、なんて。

外部からの刺激が無いと、体も脳も老化するのが恐ろしく速そうで怖いから。

歩道でつまづいて転んでコンクリートの地面に顔で着地して擦りむいた頬の傷が、なかなか元に戻らず、仲間の勧めもあってクリニックに行って来たんだけど、ひょっとしたらアザとして残るかも知れない可能性を示唆され、ちょっとした衝撃だった。

その可能性は考えても見なかったので。

顔に痣って、例え幾つになったとしても、やっぱり(一応)女性としてはショックな事なんだなぁ〜ってのをぼんやりと実感しつつ。

コンシーラーとかファンデーションとかで覆い隠す手立てがあるにはあるけれど、普段、フェイスパウダーしか使わないし、重いメイクは好きじゃないから、何だかとっても不自然な気がして、ありのままの自分を偽るような抵抗感もあり、多分、パス。

そんなあれやこれやをうだうだと考えつつ。

ミネソタの天候も夏日だったり冬に戻ったり、不安定感がハンパなく忙しい。

数週間前の週末は晴れて夏のように暖かで、サンルームのドアを開け放ち網戸にし、冷蔵庫からレモネードを取り出して飲みつつ、久々に夏ならではの味わいが懐かしく爽やかで、大好きな季節の解放感をしみじみ満喫してた。

その延長で、家族揃って近所のアイスクリームショップに出掛けたりもして。

*yelpからの画像*

*yelpからの画像*


近所の人達が徒歩でやって来るような店で、メニューにはハンバーガーやホットドッグなんかもあったりして、食事とデザートが同時に楽しめる。


*yelpからの画像*


ソフトクリームにはもの凄い種類の味が選べて迷ったけれど、取り敢えず私は「アイリッシュ・クリーム味」を試してみた。

安くてそこそこ美味しくて、アメリカならではのカジュアルさと夏ならではの解放感と、ゆったりとのんびりと、この上ない幸福感。

そしてそうそう、家の裏庭側の軒先の去年と同じ場所に再び、小鳥が巣を作り卵を温めている模様。


無事に雛が孵って巣立ってくれるといいな〜と楽しく見守ってるところ。


2017年5月8日月曜日

〆は桜餅で


引き続き先週金曜日の午後の話。

ミネアポリスの美術館:MIAにて、Guillermo del Toro監督のお宅を訪問する錯覚の企画展 "At Home with Monsters"をたっぷりと贅沢に時間を掛けて楽しんだ後、外に出ると、隣の敷地に集まった若い人達が何やら音楽を演奏して、観客の数人が気持ち良さそうにリズムに合わせて踊ってる場面に出くわした。

折しも満開を少しだけ過ぎた感のクラブ・アップル・ツリーの花が散って、やさしい春の風に吹かれヒラヒラとその淡いピンク色の花びらが舞ってコンクリートの地面の上に落ちる様は、まさに日本の桜?って感じの雰囲気そのもので。

音楽と相まってちょっとした「お花見」気分?

これで焼きソバとかタコ焼きとか、片手にビールがあれば完璧だな、と。

でも当然ないし、公共の場でお酒も飲めないお国柄だからさっさと退散。

夕食時に向けお腹も空いて来たので、隣町のレストランに車で向かった。

*"yelp"で拾って来た画像*


行った先は私たちにとって初めての『たんぽぽ』と言う名のレストラン。

この間 DVDで初めて映画『タンポポ』を観て以来、本格的なスープで食べるラーメンが恋しくて、たまたま Davidが検索して見つけた "Noodle Shop"がその名もずばり『たんぽぽ』だったと言うオチで。

*"yelp"で拾って来た画像*


しかもこの店、セント・ポール市で17年間も繁盛して来たらしいのに、今月を以て閉店するらしく、だったら是非、その前に行ってみたいと思ってた矢先だった。

*"yelp"で拾って来た画像*


本格的なラーメンを食べる気満々で入ったンだけど。

何とびっくり! "Noodle Shop"の "Noodle"は蕎麦とうどんのみだった。

え”ぇ〜〜〜っ、とちょっとだけがっかり残念ではあったのだけど、蕎麦とかうどんとかならば、割りと家でもそれなりに美味しい我流のものが作って食べられるから、敢えてレストランで食べる必要性も感じられず。

それでまずは「揚げ出し豆腐」を前菜に注文し、幾つかの種類のある「定食」の中から、私は「焼き鯖」と「混ぜご飯」での定食を選んだ。

全くの余談ではあるんだけど、意外とアメリカの地に浸透してるっぽい印象の「揚げ出し豆腐」なのではあるにはあるが、何しろ英語で書くと "Age-Dashi"となり、和食に縁の無い人々は、それを "アゲ"と読まずに "エイジ"と発音し、何だかまるで "Aged/エイジド"な豆腐?って感じで、「寝かせて熟成させた、まるでチーズやワインみたいな存在感の豆腐?」な路線になりつつある誤解の危険性もあったり。

*"yelp"で見つけた「焼き鯖定食」の図*

*私が注文して実際に頂いた「焼き鯖定食」の図*
まぁほとんど一緒だけど、でもご飯が混ぜご飯になってる♪


和風の焼き魚は大好きなので、どんな魚でも大抵の場合とても美味しいと感じる。

Davidが注文した「鶏の唐揚げ定食」も味見させて貰ったので特に、バランスのいい食事内容な気がして満足度も高かった。

ま、量的には控え目なので、凄くお腹が空いてる時とか、あとは多分、体格が良く?大食な北米人にとっては物足りないんじゃない?と思わず余計な心配してしまうくらいなボリュームだった印象。

なのでデザートが食べられるお腹のスペースに余裕があった。

なので「サツマイモのクレーム・ブリュレ」を Davidと分け合って食べたんだけど、言われなければサツマイモと意識しないくらい自然な味わいで美味しかった。

そしてそして、私は目ざとくメニューの中に「桜餅」を見つけ。

実はこのところちょうど春先でもあるし、日本から桜の便りが入ったりする度、懐かしい桜餅の存在を思い出し、あの独特の風味を味わってみたい欲望に駆られてるところだったのだった。

なので「なんてこと!」「何てタイミングがいいの!」と余りのタイミングの良さに独りで心の中で小躍りしつつ、とは言え高価なので、一つだけの桜餅を「持ち帰り用」に丁寧に仰々しく包んで貰った。

Davidは和菓子が好きじゃないので、私が一人でこっそり愉しむ甘味の時間。

*桜柄の特別な器に乗せて♪*


せっかく買って貰った高価な桜餅を一晩放置して硬く不味くしても勿体ないから、家に帰って直ぐお湯を湧かして緑茶を淹れ、「むふふ♪」と有り難く頂きました。

何とも微妙な味わいの桜の葉っぱに、こしあんの甘さが何とも言えず絶妙♪

まさに「日本の春の味覚」だわね〜。


おまけの話で、『たんぽぽ』を出る頃にはテーブル待ちの客が数名、入り口付近で待ってたりしたんだけど、ドアの外に足を踏み出すと、そこには何と!フラメンコの練習をする女性が二人、楽しそうに踊ってた。

その一方では年配の男性たちが椅子を外に持ち出し並んで座り、それぞれの楽器(トランペットやサクソフォーンなど)を担当してジャズ・バンド風に音楽を奏でる練習をして、それを楽しそうに聴く人々がいたり。

これからの季節ならではの解放感が本当に楽しい気分にさせてくれて大好き。

とは言え、家に帰った後で気付いた。

何でさっさと帰って来ちゃったんだろう?

もっと立ち止まってのんびり+ゆったりとその場で生の音楽を気ままに楽しんで来れば良かったのに?と少しだけ後悔。


MIA: Bleak House

先週の金曜日は夏日を思わせるような陽射しでお天気も良く、Davidが仕事を早めに切り上げて午後の3時(おやつの時間♪)前に帰って来たので、二人で "MIA: Minneapolis Institute of Art"(ミネアポリス美術館)に出掛けた。




余談で、北米の企業では所謂「フレックス」時間で勤務することの環境があるので、仕事内容に滞りがない限り、出勤時間も帰宅時間も個人の判断に委ねられていて、だから当然、タイムカードとかもなく、日本のような慢性的な残業もなく、仕事が終わった後で(自分の意思に反して)上司と飲みに行ったり、得意先を接待したり、というなんて事は勿論ないし、しかも長期休暇(病欠とは別に)も2週間とか3週間とか、連続して取ることさえも可能なので、日本からのニュースとして聞こえて来る「過労死」は、まるで理解の範疇を超えた事象で、「どうしてそんな事が起こりえるのか?」多くの北米人にとっては謎なんだろうと思う。


MIAでは現在、今月28日までの限定で企画展が開催されていて、映画監督 Guillermo del Toro氏の仕事や収集品などが観られる展示。

その名もずばり『Guillermo del Toro At Home with Monsters』というタイトル。

*監督の別宅の玄関ホールは「こんな感じ」らしい、スゲぇ〜*


何だかまるで「del Toro監督のお宅(オタク?)へ、ちょっくら遊びに行って来ましたよ〜♪」みたいな濃い体験。

入り口の壁に「眼」が付いてて、それがパチクリ動いてる様相は、何だかちょっとした「お化け屋敷」に入る時のドキドキする気持ちと似てる感じ。


展示物の中には↓こんなのもドォーンとあるし。


多分、これが実際にデル・トロ監督の別宅玄関で
訪問者を見下ろし出迎えてくれるんじゃないかな?と想像。




彼の映画に登場するモンスターの他、

監督のオタクっぷりが解る個人的な収集品も沢山。





展示はモンスターや収集品の他、デル・トロ監督の作品の映像が流れていたり、絵画やデザイン画、衣装なんかも豊富にあって見るのが楽しかった。

私自身は最近特に暴力的な描写やグロテスクな映像に弱く、そういう意味での怖い映画から疎遠になっているので、デル・トロ監督の作品が特別好きだったり詳しかったりする訳では無いんだけど。


だから最近亡くなった、有名な日本人としてハリウッドで活躍されたコスチューム・デザイナーの石岡瑛子氏の作品が展示されてるのを見るのも、私にとってはちょっとした発見だったり。

いずれにしろ、デル・トロ監督の企画展を観て思ったのは、人間の想像力とか創造性の素晴らしさは勿論、そういった能力を発揮する場を得た人に対する賞賛の気持ち。

あとは成長する過程の子供時代に受ける刺激や置かれた環境から受ける影響、体験したイベントから受けるインパクトの大きさが、その後の人生にとってどれほど大きく重大であるかを改めて思い知らせれた。

私自身、親であるので、果たして自分の子供たちの今後の人生、つまり彼等の将来の可能性にとって、どんな影響や作用を及ぼしたんだろう?と考えると怖くなる。

あとは親子の関係や家庭環境に関わりなく、「子供の頃から雨と雷が好き」と言う理由で、デル・トロ監督の "Bleak House"には24時間じゅういつでも雨降りと雷と稲妻が(音響と映像の効果で)継続する部屋があって、集中力を要する仕事にはその空間で作業に没頭するというのにも感嘆。





美術館につきもののギフトショップを覗くのは楽しく、今回は企画展に因んだ関連商品も売られてたのだけど、どれも値段設定が高く、見るだけ。

とにかく、ちょっと怖くて楽しい企画展だった。


パイナップル+フラミンゴ

週末に掛けてお天気が良かったり外出したりで色々と楽しい体験があったのではあるけれど、なかなかブログに書くのが追いつかず。

それとは全く関係なく、Kaitoはちょっと鼻風邪を引いていた。

気温が毎日15℃前後もアップしたりダウンしたりだから、体調を維持するのも大変な現実があるのは確か。

ちょっとだけ具合の悪い Kaitoが学校の授業の無い日の平日、家に居たので「お昼、何を食べたい?」と訊いたら卵サラダのサンドウィッチ♪と言うので作ってあげた。


デザートには、イースターのチョコレートがまだ残ってる。。。


暖かくなって再びサンルームで食事を楽しめたりするのが嬉しい。

この家のサンルームは残念なことに冬場はとても寒いから、冬場にこの空間で太陽の恩恵を受けることが出来ず、ほとんど機能停止状態となってるので。

食材の買出しに出掛けた 『TARGET』で、苺やパイナップルを買ったんだけど、雑貨の売り場には、まさにそんな気分を反映して「夏」をイメージさせる楽しい雰囲気の商品が並んでて、特に「パイナップル」と「フラミンゴ」はお約束♪ってな感じにポップでキュートで取り敢えず一番手頃で身近なところで実際に使えそうなモノに手が伸びた。


こうして見ると、やっぱりパイナップルもフラミンゴも本当にそのまんま可愛いデザインのアイテムなんだなぁ〜と、しみじみ納得。