2019年10月14日月曜日

カナダの収穫祭

*Happy Canadian Thanksgiving!*


今日はカナダの Thanksgiving/サンクスギビングで、秋の収穫を祝う日。

家族が集い、食卓を囲んで七面鳥の丸焼きを中心としたご馳走を、感謝と共に頂く日でもある。

アメリカよりも一足早くにやって来るのは、カナダが以北の地であり寒い分、当然、収穫の時期がアメリカの殆どの部分よりも早いから。

今年はたまたま Davidが卒業した地元校の高校で、全卒業年度合同での Reunion(同窓会)があって、Davidは参加しないものの、彼の姉と妹は出席するそうで、遥々カナダの西海岸とカルガリーからやって来て合流。

この時期、地元に戻る人達が多いので、Davidもこの機会を活かして学生時代からの友人たちとの再会を、それぞれお互いの配偶者や子供たちも交えて楽しんだらしい。

と、客観的に書いてるのは、私は家で Trixie(犬)と留守番してるから。

Davidと Kaitoはトロント経由の飛行機でオタワに飛び、レンタカーを借り、大学で Erikaを拾って彼女のアパートに寄った後、カナダの一部にしか無いハンバーガー・チェーンで久々の懐かしいハンバーガーを夕食に楽しみ、モントリオール郊外の Davidの実家へ。

実家にて3泊した後、オタワに戻り、車を返し、Davidと Kaitoはオタワの空港近くのホテルで1泊してからミネソタに帰って来ると言う予定で。

私はこの夏、日本へ帰省した際に、アメリカでの滞在許可が来年まであったので難無くアメリカに戻って来られるものと思い込んでいた無知の為、羽田空港でユナイテッドの飛行機に乗せて貰えず、在日アメリカ大使館から新たな入国ビザを入手するまで、3週間延長で日本に滞在したと言う痛い経験が記憶に新しいけれど。

カナダはカナダで、似たような状況に置かれた私、、、ってのが痛い現実。

カナダの永住権を取得してるものの、永住権カードの期間が失効している。

永住権が失効することは無いけれど、渡航には永住権カードが必要。

永住権カードの更新には、カナダ国内に居住していると言う条件が原則。

永住権カードの更新が出来ない私のような状況の者は、永住権者渡航許可証、みたいな物が必須で、その手続きが面倒でまだしてないから、カナダに入国出来ない。

加齢と共に、色んな事が本当に煩わしく感じられるようになって、日本人として日本国籍のままにカナダの永住権を持ちながらアメリカに長期で居住するって現実が、何だか最近、とても厄介な事のように感じる。

特に、予期せず6週間と言う長い期間での帰省となった日本で、実家に滞在している間、滞在許可や、ビザの種類や期間を心配する事なく暮らせる自由な身軽さのようなものを、改めて実感させられたから。

当然だけど、母国で暮らすと言う事は母国語に囲まれた生活であり、意識して脳を駆使しなくても、自然に耳に入る言葉を聞けたり、目に入る文字を読めたり理解出来たり、特に労せず会話が出来たり、ってのは本当にラクチンな事なのだと感じた。

海外に移住しても老後や余生を母国で過ごしたいと感じる高齢者たちが少なからずいると思うけれど、そんな心境も理解出来ると思える。

とにかく、自分の家で過ごす時間が大好きなので、留守番でもまるで苦にはならないんだけど、それでも独りきりだとやっぱり夜は苦手。

何が怖いのか?自分でも納得が行かないンだけど、でも暗闇は何故か怖い。

幽霊、お化け、不審者、侵入者、、、って、バカじゃない?とは思いつつ。

でも、やっぱり一番怖いのはニンゲンかな?ってので、気休めに防犯カメラを Davidが出掛ける前に、簡易なやつを設置して貰った。

携帯電話と連動してコントロールしたり、目視チェック出来るやつ。

*外部からのアクセスが多いので、裏庭デッキから見える窓には
防犯カメラの「空き箱」を置いて見たけど、意外とホンモノに見える(笑)*


家で独りきりだと嬉しいのは、食事の支度から解放されると言う事。

私以外の家族は皆、モントリオールでご馳走を食べてる事だし、私も家で自由気ままに「ご馳走」を食べまくるわっ!と気合いっぱいだった。

ヴォランティアの帰りに久々に寄るベーカリーにて、ほうれん草のキッシュや、林檎のプディングや、南瓜のチーズケーキを一切れだけ、とか買い込んだ。

好きな時間に好きなものを好きなだけ食べられる自由を満喫しつつ、でも、独りきりで完食出来ない量の「美味しいもの」は、ちょっと逆に拷問って感じで、改めて、誰かと一緒に「分け合って」食べる幸せを再認識する。

留守番の2日目は完全な「パジャマデー」で、パジャマのままぐーたらと体たらくな1日を過ごし、針仕事をしたり、本を読んだり、Trixieと「かくれんぼ」のゲームをして遊んだり、何て幸せな人生なの!?と感無量なのに、CNNのニュース(政治スキャンダル)から目が離せず、わざわざ幸せ気分のバブルを自分で壊すと言う自虐的な行為の繰り返しだったり。

だって、まさに今、繰り広げられてるアメリカの政治スキャンダルは、ニクソン当時のウォーターゲート事件さながら、寧ろ、それよりも数倍大きい様相。

そもそも、まるで品格も無く、知性も教養も無く、恥も外聞も無く、根も葉もない嘘を繰り返し、政界と軍を私利私欲に掻き乱し、裸の王様の如く従わない者を退けたり侮辱したり、危険思想の人々に犯罪行為を煽ったり、語彙が少なく理論的な会話も出来ず、基本的な読み書きの能力も低く、基本的な人権の尊重もなく、憲法や法律さえ無視し、性欲と食欲の逞しさだけはあって、、、みたいな人間が、世界的に影響力のある自分の国の大統領だったら、どうやって誇りを持つ事が出来るんだろう?

昨日は、アメリカ国内のあちこちで、大統領に抗議する集会が開かれるのをニュースで見たけれど、私の住む地域では「ありません」だった。

先週、ミネアポリスにやって来てラリーをした大統領のクリップ(顔を真っ赤に高揚してナンセンスを叫んでる)を見たけれど、あれは多分もう薬/ドラッグをやってるとしか思えない。

事実は小説よりも奇なり、は言い古された台詞ではあるけれど、テレビで人気の政治ドラマよりも「脚本の無い政治スキャンダル」の方が、実話な分、スリリングで面白いだろう、と思う。

ひょっとして、アメリカ国民の一部はコレ(リアリティ・TVドラマみたいな娯楽)を期待して投票したのでは?とさえ思わされる。

平和ボケの為せる罪、と言うか。

部外者である私にさえも興味ある関心事としてその展開はハラハラ+ドキドキもので、"Breaking News"の度、今度は誰が逮捕されたんだろう?と目が離せない。

ひとくちにニュースと言っても、メディアの選択によって情報が随分と違って、自分とはまるで別の視点に立ってる人々が多い現実を知らされる。

捏造された情報と究極の真実との間で混乱させられない気を付けないと。

そして昨日はランチとディナーの買い出しに出掛け。

ランチは『マクドナルド』のフィレオフィッシュ・コンボ(マクドナルド好きな大統領のニュースで見て食べたくなった)+パンプキンパイ(季節限定?)。

ディナーは『Chipotle』(メキシコ料理のファストフードチェーン)で Barbacoaとブラウンライスのボウルにほとんど全てのトッピングで。

メキシコ系の料理って、ほんと安いのに量もあって美味しくてお得感大♪

何しろ家に私しか居ないので、当然、Trixieの散歩も私の役目に。

*雨の上がった夕方の散歩は景色が綺麗だった*

*今年は10月12日に初雪でした*



針仕事としては、以前に作った秋+ハロウィン関連の作品の手直しをして、テキスタイルセンター内のギフトショップで販売する為に納品したり。





*ブスな猫*
下絵無しでテキトーに刺繍したのでこんな結果に。



針金で立体のカタチを作り、そこにかぎ針編みし、棒針編みした面を取り付けたり、更にかぎ針編みで面を埋めて、かぼちゃを4つ仕上げた。

そのうちの2つは販売用に。





ラグフッキングの手法で作ったイメージを切り取って、裏布を付けて詰め物をした作品を、シャドーボックスに仕上げる予定の途中経過。

*コケシのイメージで作った日本人女性と、盆栽と緑茶*
始まりは、
髪に挿したカンザシで、
レストランで食べるハンバーガーに刺さってくる楊枝が
何となく捨て難くて、
カンザシに見立てて使って見たかったから。
比率的には、頭のサイズがもう少し小さい方が良いと言う結論。



ギフトショップで販売したり、インスタにポストしたりする度、自分にとっての自信作と、世間からの評価が、必ずしも一致しない、、、と言う現実には、いつもながら驚かされる。

来月、テキスタイルセンターで作品の展示販売会に参加するし、ホリデーシーズンに突入する事もあり、引き続き売れ筋商品の開発?と作品作りに励まないと♪

明日は Davidと Kaitoが帰るので、そろそろ家の掃除もしないとな。

まぁ色んな事が良くも悪くもバランス良くある日常が幸せなんだろうと思う。



2019年9月20日金曜日

思いがけずのプロジェクトに熱中

今週は夏日が復活。

日本への帰省が、サマーセールの時期に当たり大喜びで買い集めて来た夏服たちを、着る機会が無いままに秋を迎えてしまうのかと、残念に思ってたけれど要らぬ心配だった模様。

いかにも和風の生地で作られた服や、北米では売ってないような模様の安価なトップスを着て出掛ける度、多くの人達から褒められて悪く無い気分♪

贔屓にしているベーカリーで顔馴染みの店員さんは、私よりも若くてブロンドの髪と、はっきりとした目鼻立ちがとっても印象的な美人さんなのだけど、店に行き始めて直ぐの頃、私が指に複数しているシルバーの指輪を褒めてくれた。

先週は、私の服だけでなく着こなし全部を丸ごとべた褒めしてくれて、私の一日を良い気分にしてくれた。

最近の日本ではどうか?分らないけれど、北米では本当に気軽に人を褒め合う。

勿論、私自身もしょっちゅう色んな場面で色んな人々を褒めるのがすっかり身に付いてるけど、流石に。

申し訳ないと思うのは、人の顔は覚えても、名前がなかなか覚えられないって事。

特にヴォランティア先で短い会話を交わすフィリピン系の女性たちの名前。

私の名前はタガログ語での良い意味があるらしく、彼女たちが皆、私の名前を即座に覚えてくれて、親しみを込めて呼んでくれるんだけど、彼女たちの名前は割と個性的で、欧米で一般的な名前とも違ってる。

まぁ月に2回しか行かないから、って言い訳もあるけど。


Erikaがカナダへ引っ越してしまったのを機に、新しい気分の9月でもあるし、自分の気持ちの上でも生活の変化の節目を記念する意図で、家の中の片付けを始めた。

少し前、Netflixのシリーズで見た Marie Kondoの番組『Tidying up』を思い出しながら、そのメソッドは意識してるんだけど、でも断捨離はやっぱり難しい。

執着心、、、に囚われ過ぎてるから、ね。

自分でも解ってはいるんだけど。

モノに対する執着心とか執念とか?を解きほぐさないと。

懐かしい想い出の詰まったモノを記念に残して置きたい欲望は強い。

それでもエイッ!と気合いを入れて処分すると、それはそれで、まるで贅肉を落として身軽になったような錯覚の快感があったりするのも事実。

飽くまでも錯覚ではあるんだけど、不要な贅肉を落として身軽になったら、頭の中もスッキリして脳の機能がシャープになる気さえするから面白い。

自分にとっての不要なものと必要なものの見分けが出来るって事はつまり、明確な意識で判断力が冴えてる、って証拠だから、かな。

北米で断捨離する際の救いは、不用品を「処分」するとは言え、ゴミとして出してしまう訳では無く、"Goodwill"などに持参+寄附して、そこで店頭販売され、必要とする人達がいれば再利用して貰える可能性がある点。

自分にとって不用でも、誰かの役に立つ二度目のチャンスがあるかも知れないと思うと、手放す罪悪感から救われる。

9月いっぱいを目処に、家の中をかなりスッキリと、整理整頓を目指したい。


暑さが戻ったとは言え、9月も後半なので、文字通り "Fall"(秋)で樹々が少しずつ、その葉を落としつつあって、季節の変わり目を目の当たりにしてる。

カナダやミネソタの湿度の低い夏が大好きなので、身軽に自由で開放的な季節が去ってしまうのは哀しい。

秋は秋で素敵な季節だけど、何よりも短か過ぎるから、これまた哀しい。

でも気温が下がった途端、紅茶を欲するし、凄く美味しく感じるから、色んな種類を揃えて気分で選んで淹れる楽しみがあるってのは嬉しい。

定番、「秋の夜長」に読む本も日本で仕入れて来た。

私にとっての新しい日本語本との出逢いは、たまたまヴィザの関係で飛行機に乗せて貰えず、実家に逆戻りし意気消沈の日々のさなか。

母が点けていたテレビの前を横切ったら『徹子の部屋』をやっていて、あら〜♪徹子さん懐かしい〜!「ゲストは誰かしら?」なんて足を止めて見た際。

会話の内容がとーっても興味深く、思わず聴き入ってしまった黒川伊保子女史。

そもそも日本人にとっての外国語だとか、他言語を習得する学習だとか、多言語を扱う人々の文化的な背景だとか、そういう人々の頭の中がどうなってるのか?みたいな事にヒジョーに興味があるんだけど。

彼女が話す、言葉と音感と脳の関係、みたいな内容の事について興味津々、本を読んでみたい強い欲求が湧いたのが始まり。

地元の大型書店で手始めに単行本を2冊購入。

読み始めたら更に興味が湧いたのでアマゾンで複数冊を注文。

日本の単行本って、コンパクトで安価で紙質と印刷が素晴らしく高品質で、本当に感心+感動してしまうくらいの優れモノ。

読み足りなくて、アメリカに帰ってから、日本のアマゾンで更に追加の1冊をポチッと注文してしまったくらい。

航空便だし、勿論、送料は掛かるけれど、誰の手を煩わせる事なく日本から速攻、送って貰えるだけで本当に便利で有難いと思う。


Textile Centerでの手作業のグループに復活して直ぐに、織物のギルド主催で小規模のガレージセールがあり、毛糸はもう既に沢山あり過ぎるほど持っているので要らないと思いながらも、仲間があれこれ私の好きそうな?糸を見つける度、私に手渡してくれて、面白そうな素材感の糸だったりするものだから、つい買ってしまう、と言うオチ。

まるで絵の具みたいに、自分が未だ持ってない色の糸を見ると、その可能性を連想して、欲しくなってしまう。

その糸独自の色合いや素材感で、どんな触発されるか?可能性は計り知れない。


もの凄く安い値段が付けられてた、この黄色い糸を買った理由は、、、。

色合いがサフラン色で、縮れ具合の感じがご飯、しかも少しだけ撚り混じりに入ったみかん色がニンジンを連想させて、これはもう、炊き込みのサフランライスを作るしかないンじゃない!?と思ったから。

どうせサフランライスを作るのならば、具材を乗せてパエリアにしちゃえ!

ってので、手持ちの糸と編み具合を駆使。

手長海老、ムール貝、レモン、海老、タコ、イカ、ピーマン(緑と赤)を次々、夢中で作り。


アクセントにどうしてもグリーンピースを乗せたくて、グリーンピースに見える色合いとサイズのガラスのビーズを探し求めた。

Etsyだと、写真そのものや画面によって色合いが違うし、何しろ実際の大きさの感覚が掴み難い、、、直径9ミリとか言われても、う〜んって感じでピンと来ないし、何より、注文してから3〜4日程度は待たなくてはならない。

気長に待てない私は、「グリーンピースそっくりに見えるガラスのビーズ」を探しに、即座に地元の大型手芸店巡り。

実際、本来のパエリアにグリーンピースが入ってるかどうか?知らないけど。

私のパエリアにはどうしても必要な気がした。


無事に完成し、満足、自己完結。

作ったけど、これをどうするつもり?ってのはまるで無い。

帽子とかに作り上げて被って人気者になってる人が既にオーストラリアにいる("Chiliphilly"と言う名の男性でインスタ人気)ので、二番煎じ。

私が作るものって、ほんっと何の役にも立たないモノばっかりなのよねぇ〜。



2019年9月7日土曜日

涙目で迎えた9月

日本から戻って、かれこれ3週間以上が経過したのを昨日、再認識した。

年に一度のマモグラムに行って、クリニックの受付で「過去3週間以内に海外を旅行したかどうか?」確認されたから。

「えっと。。。」と咄嗟に頭の中にカレンダーを思い浮かべて "No"と答えた。


この3週間は未だ何となく「ふわふわ」した感覚の日常で、完全には自分のペースに戻ってないような気がしてる。

まずは時差の関係で時差ぼけ、、、は、実は割と直ぐに現地時間に体が対応して、自分でも驚いたのではあったけれど、ほぼ翌日から普通の生活リズムだった。

若い頃、海外旅行から帰国した翌日から出勤、なんて事を苦とも思わずに平気でしてた頃の自分を懐かしく思い出す度、「今はもう無理」と思ってたけれど、実は意外と大丈夫なのかも?なんて思うくらい。


体にとってショックだったのは気候のギャップで、想像はしていたものの、「夏が(私を待たずに)終わってしまった」感じに既に寒い日々が続き、慌てて冬用のパジャマや、アクリルの毛布を引っ張り出して来て、「もう冬なのかい!?」みたいな切なさに意気消沈。

その後、気温が持ち直して夏の終わりの暖かさに戻ったけれど。

*夏の間中で白い紫陽花が少しずつ珊瑚色に染まり始める*


週に一度顔を出している Textile Centerでの手仕事のグループに久し振りに戻り、見慣れた仲間たちの笑顔や抱擁で迎えられて嬉しく、私は日本からの手土産をシェアしたり、日本で購入した手作り本を披露して廻ったり。

3週間延長して日本に滞在した理由と体験談で盛り上がったり。

仲間うちの多くが頻繁に海外旅行(アジア、北欧、アフリカなど)をする人ばかりなので、アメリカ人の視点での彼女たち自身の外国VISA問題、(政治絡みでの)入国審査状況、体験談等々を聴くのもかなり興味深く面白かった。

 *羽田空港で見つけた海外へのお土産にぴったりな箱入りチョコレート*



アメリカに戻れない間でお休みしていたヴォランティアにも復帰。

基本的には、「老人施設内のギフトショップの運営」が仕事なので、当番の日は単独で店を開け、レジの開け閉めと店番(顧客サービス)とちょっとした掃除と雑用だけをすれば良く、合間に隣接のカフェテリアに無料の昼食を取りに行って、学校給食風な料理を食べるのを密かな楽しみにしてるんだけど。

いつの間にか私の仕事内容がアップグレードしてて、店内のディスプレイ・コーディネーターとかショーケース・アドヴァイザーとか、みたいになってる。

たまの当番で行ってみると責任者:リズから手書きのメモと、空になったガラスケースが私を待ち受けてて、「好きなように商品で飾ってみて!」てのが続いた。

 *レジカウンターのディスプレイケースは綺麗に空になってて、
 "Saved for Mayumi"のメモがあるのには笑ってしまった*


店頭を飾る仕事は好きなので、全く苦でもなく、楽しんでやってしまって喜んで貰えるのだから、まさに "Win&Win"。

*秋のテーマでゆっくりな時間を意識して、
時計とお茶(ティーポット)と読書(本+老眼鏡)と
スロークッキングの料理本などをかぼちゃの置物と共に*


施設内のお年寄りと交流すること自体は、私にとっては自分自身の両親と身近で関わり合う事の出来ない償いのような気がしてるんだけど。

とは言え、よくよく振り返って見ると、過去の5年間で一度も日本に帰省してなかった現実は何とも親不孝だったのではないか、と自責の念に駆られている。


アメリカに引っ越してからの日々は本当に夢のように過ぎてしまった。

期間限定で仕事に就いた Davidの滞在ステイタスが何度も変わり、それに伴って私自身のVISAも影響を受け、アメリカへの出入国に対して神経質になっていた事実も理由の一つで、だから車での移動以外ではカナダへも帰省してなかったりする現実。

日本国籍を維持しつつ、カナダの永住権を取得しているものの、カナダ国内には暮らしてないので、今はカナダへの渡航にも特別な許可証を要する、ってのが面倒。

これ程テクノロジーが進化した時代に、今更ながらに各種ドキュメントを複数頁の紙に印刷したものを、政府機関に郵便で送付しなければならないと言う残念さ。

既に提出済みの情報や、全ての指の指紋や、空港での顔識別写真に加え、瞳での識別などで近未来的に、2カ国間での移動がもっと単純でスムーズになれば良いのに。

最近では珍しくもないと思われる国際結婚が未だに「面倒で厄介な事」みたいに感じる場面が時々あるのは、ちょっと時代錯誤で意外な感じさえする。

多重国籍を認めない国が日本以外にも結構あるんだなぁ〜って驚きと共に。


アメリカに戻り、出来るだけ早く日常の生活に戻るよう意識したものの、多少の「逆カルチャーショック」みたいなものは少しだけあった気がする。

日本での滞在が長ければ長い程、日本での習慣や感覚が再び身に付いてしまうのは仕方の無い事なのかも知れないけれど。

人との距離感とか、咄嗟の返事とか、まぁ微妙な違いではあるんだけど。


日本で楽しかった日々の夢から醒めるみたいに少しずつ、日常の生活に戻りつつあった2週間目に、空港で Davidと共に Erikaをカナダへと見送った。

一時は、アメリカに帰れないまま日本でこの日を迎えるかも?と絶望的に落ち込んでたのを考えれば、家族4人での暮らしを最後に2週間じっくりと過ごし、心の準備をしながら締めくくれた事は、私にとっては幸運な事でもあり感謝している。

以前にも3週間程度でカナダへ行く Erikaを空港で Davidと見送った事があって、当時の彼女は17歳だったから、別の意味での不安や心細さがあって涙目だったけれど、今回は20歳になった彼女が自立する為の別れで、多分もう家族として4人で暮らすことは無いんだろうと思うと、その事実だけで涙目になってしまうのだった。

彼女の独り立ちを祝うハッピーな別れのはず、ではあるのだけど。

世間で一般的に言われる "Empty Nest Syndrome"(空の巣症候群)ってやつ。

ぽっかりと胸に穴が空いてしまった感じ?


多分、自分的には、予期した程には酷くない、とは思うのだけど。

それでも、Erikaの居ない空間を目にすると寂しい気持ちになる。

彼女の部屋や、夕食時の食卓での彼女の定位置の椅子や、デッキで一緒に珈琲を飲む際のガラスのテーブルの向こう側の椅子や、あちこち。

*目の前の椅子には Erikaが座ってるはずだったのに*


家族の中で珈琲を飲むのは再び私だけになってしまった!

「今日はどんな珈琲を淹れる気分?」と訊く相手もいないから、コナでもコロンビアンでもティミーズでも、もう勝手に淹れて勝手に飲むわ、ってな気分。

スーパーマーケットに食材の買い出しに出掛ければ、手に取った食材を(あ、Erikaがいないからもう食べないや)と元に戻したり、(Erikaがいないと食べきれないから)と買うのを躊躇ったり。

反面、菜食主義の彼女がいないので、久々に魚介のパスタやソーセージのパスタを作って食べてみたり。

そこかしこに何とはなくの寂しさを感じながらも、新しい食習慣と生活リズムに順応しつつある。


何よりも、Erika自身は再び自国であるカナダで暮らす事が出来て嬉しそうだし、彼女にとって初めて暮らす土地であるオタワの街の魅力を満喫してる様子で安心した。

当初は大学の寮に入ることを希望してたのだけど、早くに満室になってしまったらしく、市バスで20分程度で通学する事の出来る範囲内でのコンドミニアムで、別のカナダ人の学生の女の子とそれぞれ個別の部屋を使えるルームメイトを、Erika自身が自分で見つけた。

ルームメイトのお父さんがコンドミニアムの所有者と言うのも安心なところで。

既に学生証を取得し、バスの定期券も入手、授業も始まり、銀行口座の開設も済ませ、パートタイムで働ける仕事を見つける為の履歴書も作って幾つかの候補先に送り始めてるらしい、、、と言う彼女の逞しさに正直、圧倒されてる。

改めて、彼女にとっては文字通り満を持しての自立のタイミングだったのだと。

来年は Kaitoの番だけど、うーん、ちと心配。と言うか、かなり心配。


夏の終わりはそれだけで切なくて物悲しい季節だけど、今年のそれは更に輪をかけて心に隙間の空いた感じで隙間風が時折、吹き抜けてる。

なので手仕事の方もすっかり気が乗らずお休み中。

日本での6週間、ほとんど何もしてなかったので、その延長で手仕事から遠去かり、果たしてどれくらいの期間で禁断症状が出るか?試してみたいような気もしてる。

自虐的に、意味も無く自分への挑戦みたいな? ほんと何の意味も無いケド。


あぁ、あとは余談で、ここ数日、何故か目が痒くてショボショボ。

秋の花粉のせいか?はたまたジムで泳いだプールの水質のせいか?謎。





2019年8月18日日曜日

アメリカ入国は決して "Welcome!"じゃない、の巻

ようやくアメリカの自宅に帰れました!

当初の予定では3週間前に戻ってるはずでしたが。

日本で3週間滞在した後、梅雨が明ける直前に出国する予定でした。

多少の小雨が降っても構わないから、梅雨明け後の猛暑+酷暑は避けたかった。

例年よりも長い梅雨時期に「しめしめ」とほくそ笑んでいたし、避暑地である軽井沢に行った際には「避暑」を超えて寒いくらいで、この日に限って靴下を履いていた事をラッキー♪に思ったりしてた。

とにかく、夢のように楽しい事ばかりの3週間を終えて何の悔いも残さず、梅雨明け間近の日本に別れを告げて、さっさと飛行機に乗るはずだった。

前の晩、デルタ航空からの e-mailで、オンラインでのチェックインを済ませるよう促された際、難なく出来た Erikaに反して、私のチェックインはオンラインで出来ないので、直接カウンターに行くよう指示された。

不審に思い、デルタに電話して24時間サービスの窓口で問い合わせたものの、担当の女性からも同様に、空港のデルタ・カウンターで問い合わせるよう言われた。

何となく嫌な予感を抱きつつ、翌日の出発日にはホテルのチェックアウトを済ませ、タクシーを呼んで貰って羽田空港に向かった。

空港に着いて直ぐに、セルフサービスのチェックインの機械でも手続き不可。

いよいよ不安な気持ちが高まる中、ようやく開いたデルタ空港のチェックイン・カウンターへ行くと、係の日本女性が感じ良く対応してくれたのではあるけれど、どうやら私のビザに不備がある、と言う事らしく、けれど馴染みのある問題で無いので、確認をする為、あちこち(時間的に業務している)のアメリカ大使館に電話で問い合わせ。

ようやく繋がって回答が得られたのはハワイの移民局か何かしらで、それによると私は「新しいビザ」を取得しなければ飛行機に乗せて貰えない、と言うものだった。

飛行機に乗る事自体かなりのストレスなのに、乗る気満々の頂点で乗れない事が判明した時のショックは言葉に出来ない程の絶望感で、生まれて初めての体験。

カナダ人の Davidがアメリカで就業する事の出来るビザ H-1Bで、その配偶者である私のビザが H-4。

私が持っていて、2020年の9月まで有効なのは「滞在許可」で、けれどそこには、"US-VISIT  MULTIPLE"と印字されてるものだから、"Multiple"=何度でも出入国出来るのかと(勝手に)解釈してた。

しかーし。

結論として、在日アメリカ大使館にて新たなビザを入手が必須と判明。

今回の反省:
(David自身は勤務先に移民専門の業務をする弁護士団がいて必要に応じて手続きをするのだけれど、私は配偶者でオマケみたいなものだからしてビザに対する認識が甘かった)

*汗だくで向かったアメリカ大使館(正面建物)*


その時点では、一体どれくらいの時間を要するのか?見当も付かず、ひょっとして私は秋の収穫祭くらいまでアメリカに帰る事が出来ないのかも?とお先真っ暗。

気分はどん底マックス。

とにかくビザの申請をしなくては!ってので、そこからスタート。

手順は以下の通り。

その1:アメリカ大使館のサイトからオンラインでビザの申請をする

その2:ビザ申請手続の代金を支払う

その3:アメリカ大使館での面接の予約をする

その4:大使館にての面接に出向く

その5:面接終了後に置いてきたパスポートが郵送されるのを待つ

その6:書留で返送されたパスポートを受け取り、航空券を手配する

こんな感じで。

オンラインで申請する書類には記入する情報が多いし、顔写真も撮って適正なクロップ+貼り付けしたり、時々エラーになるので、頁を戻ったり、冷や冷やしながら実に3時間かそれ以上の時間を要しました。

代金の支払いはクレジットカードで容易に完了。

面接の予約は7月27日(土)の時点で最短が8月1日(木)だった。

面接の当日は新幹線で東京、山手線で新橋、そこからタクシーで5分程度だったけれど、時間が早かったので15分以上掛けて歩いた。

到着したら建物の外まで順番待ちの列が出来ていて、炎天下で暑かったし。

書類受付から指紋の登録、実際の面接にこぎ着けるのに列に並んで立って1時間程度の間、貧血で倒れるかも?と思うくらい混雑だったのは夏期限定なのかどうか。

面接は、予め必要と思われる(主に Davidに関する:就業先、パスポート、婚姻証明など)書類のコピーを漏れ無く用意した事もあり、幾つかの単純な質問を確認された程度でスムーズに終了してホッとしました。

4〜5個ある窓口の面接官のうち日本人らしい1名と、それ以外の異国籍と思われる官員の全てが英語と日本語のどちらも話せる様子だったから、きっと殆どの申請者に対応する事が出来るのだろうと想像する。

実家に戻った後、無事にパスポートが郵送されて来るか?ちょっとだけ心配しながら待つこと6日間。

面接の翌週、水曜日に郵便配達員さんが玄関まで届けてくれて手渡してくれたのだけれど、そのタイミングが本当にラッキーで、私が外出する直前だった。

私が外出した後は、実家に両親が揃っていたとしても、母は玄関まで歩けないし、父は耳が遠くて玄関のチャイムが聞こえないから出られない。。。ので。

新しいビザが立派に印字されたパスポートを片手に、ようやく航空券の手配!

懸念は、日本にはお盆休暇と言うものがあって、それでなくてもハイシーズンの夏が「超ハイシーズン」で航空券代がうなぎ上りかも!?ってのと、あとは連発する台風とその進路によって飛行機の運航に影響が出るかも!?ってこと。

北米と日本との間の往復はかれこれ過去20年以上に渡って何度もしてるとは言え、航空券の変更+取り直しは、これまで経験した事が無く。

一体どれだけべらぼうな払い直しをしなければならないのか?真っ青。
(チケットの変更代は300ドルで、+運賃の差額らしい)

予めデルタ航空の運賃カレンダーで確認すると、8月10日出発の便が値段のピークで片道で2200ドル程度。

それは無理。。。ってので、日本国内のデルタ航空に電話して13日(火)と14日(水)の運賃の算出をお願いしたら、14日発の便の方が250ドル安いし、残席数も多め、と言うので、それでお願い、、、と言い掛けたら、

「当初の "comfort+/コンフォート・プラス"(普通の座席よりも多少ゆとりがあるタイプで100ドルちょっと値段が高い)と変わらないお値段で "premium select/プレミアム・セレクト"(定価だと5000ドルするらしいビジネスクラス?)をご用意出来ますが、如何なさいますか?」

と言うので、悩む間も無く

「は、はい! それでお願いしますっ!」

と答えてた。

帰りはキャリーオンの小さなスーツケースに加え、チェックインする予定の大き目スーツケースが2つあるので、地元から羽田空港まで直行で行ける高速バスの予約も。

オンラインで予約後、最寄りのコンビニエンス・ストアの端末で、プリントアウトしたものをレジで精算して実際のチケットを入手、と言う素晴らしいシステム。

航空券の手配が済んだ後は、文字通り、ようやく家に帰れる目処が付いたので、それまでの暗澹とした先の見えない不安とストレスから解放された。

結局、本来帰るはずだった7月25日(木)から、ほぼ3週間後の8月14日(水)に無事に羽田を飛び立ち、時差の都合で同日ミネアポリスに到着。

めでたし、めでたし。

*プレミアム・セレクトの食事はコンフォート・プラスよりも豪華!*


追記での備忘録として。

<スーツケース>

長年で愛用した大きなスーツケース(ソフトタイプ)は日本に到着した時点で、4つのキャスターのうち一つが完全に取り壊れて紛失してた。

3つしか無いキャスターでは自立するのも不可能で、そんなスーツケースをガラガラと転がしてモノレールに乗って都内のホテルに向かうのは苦労だった。

最終的にそのスーツケースを諦め、実家で父(黒)と母(ピンク)のハードタイプで小型のスーツケースを譲り受ける事が出来て助かった。

航空会社の重量制限23kgにぎりぎり抑えて帰国。


<羽田空港>

搭乗ゲートに向かうまでの時間があったので、最後にもう一度、と思い空港内のレストランでラーメンを食べる事にして、混み合ったエリアでようやく空いた席をゲットして座り食べ始めたら、

「同席しても良いですか?」

と見知らぬ女性に声を掛けられ、勿論、どうぞどうぞ♪と一緒にラーメンを啜る事になったのでお喋りしてみたら、思いの外、話が弾んでビックリした。

台湾出身の彼女と英語での会話だったのだけど、旦那さんが日本人で、しかも苗字が私と同じだったり! カナダにも住んだ事があるらしかったり!

「袖擦り合うも多生の縁」みたいな事を改めて感じてしまった。

*羽田空港で食べた醤油豚骨ラーメン*



<ミネアポリス空港の入国審査>

全てスムーズだった羽田空港と一転。

意地悪な審査官に当たってしまい、と言うか多分その殆どが意地悪なのだろうと想像するけれど、必要ないはずの書類を見せるよう要求されて、それが無ければ入国させない、とか、日本へ送り返すと脅かされた。

結局、反論しない事に決めて、普段は滅多に使うことの無い "Sir"を用い。

真摯な態度を示したら、何の事もなく結局は通過させてくれた。

あの悪態と脅しはいったい何だったの?ってくらい。

あとで聞いたら、一足先に帰国してた Erikaもそんな風な扱いを受けたらしい。

カナダに国境を接するミネソタ州は私にとってある意味、カナダの延長的な土壌で、人々の頭も冷静(アメリカ国内でも北に位置するから)だし、文化的にも芸術的にも豊かでフレンドリーな人々の多い環境にどっぷりと浸かってたから、余り「アメリカ在住」を意識する場面も無く、至極快適に平和に暮らして来たのではあるけれど。

今回、改めて、この国に手放しで歓迎されてる訳では無い現実を思い知らされた気がする。ちょっと複雑な想い。



2019年7月31日水曜日

7月末日

今日は7月の最終日。

アメリカ合衆国の独立記念日に日本へ出発して、Erikaと過ごす日本での三週間は本当に楽しい事いっぱいで夢のような日々でした。

日本へ帰省する直前、偶然、家の近くで大きな亀("snapping turtle"と呼ばれる、日本で言うところのスッポンに当たる種類かと思う)を DavidとErikaと一緒に3人で助けたので、夢のように楽しい日本での三週間はひょっとして「竜宮城」でのひと時なのかも?なんて思うくらい。

日本で沢山の人達から素敵なお土産の数々を頂いたので、帰って開けて見るのが怖いかも?

開けたら白い煙がもくもくと出て、怖い現実に直面するかも?

なんて話を、日本を去る直前の晩に夕食を食べたレストランのテーブルを挟んで冗談交じりに話してたのが、ある意味、少しだけ現実になったような気さえする。

と言うのも。

アメリカに帰る飛行機に乗る以前に、箱を開けてしまったようで、白い煙がもくもく、楽しい夢から覚めると一瞬で厳しい現実に直面してしまったのでした。

早い話、私のアメリカ入国ビザの不備が発覚、飛行機に乗せて貰えなかった。

勿論、こんな経験は今までに体験した事が無く、まさか自分が!?と言うか、どうして私が?と言うか、「途方に暮れる」と言うのは正にこう言う場面なのだろうな!と漠然と実感していたような。

一方、カナダ国籍である Erikaは何ら問題なく、無事に帰路に着き。

予定通りミネアポリスの空港に出迎えた Davidと共に帰宅。

私は独り羽田空港に残り、暫くの間、呆然と泣きながら放心状態だった。

何しろ、前の晩は Erikaと二人、楽しくもしんみり日本で最後の晩餐を、都内で滞在したホテル近くのイタリアン・レストランで取り、時間を掛けて最後の荷造りをし。

翌朝、ホテルをチェックアウトした後は、タクシーで羽田空港に向かい。

心は勿論、家に帰る気満々♪

日本で行きたかった場所に行き、会いたかった人々には会い、買物も心置きなく完了し、最後に友達に別れも告げ、達成感いっぱい悔いなく帰れる意気込みだった。

まさか空港で Erikaを見送ることになるとは微塵も考えてなかった。

まぁ詳細に付いては次回に記すとして。

空港からアメリカ大使館に何度も電話しても、なかなかホンモノの人間と直接話せるところまで到達出来ないので、とにかく大きなスーツケースは宅配便で実家に送ってしまい、羽田から直接、大使館に向かってみたものの、4時に業務が閉まる20分前の到着。

ガラガラと引き摺ってたキャリーオンの小さなスーツケースを持って入館する事は出来ないので、最寄駅のコインロッカーにでも預けて来て下さい、と守衛さんに言われるも、果たして最寄駅の近い箇所にロッカーがあるのか、あったとしても空きがあるのか、それらを全てクリアして20分以内に戻れる保証も無く。

敢え無く肩を落として、地下鉄の長い通路や階段の上り下りを繰り返し、疲れ果てたので新幹線に乗って実家へ向かうと、姉が最寄駅に車で出迎えてくれた。

まさか再びこんな早くに再会出来るとはお互い夢にも思ってなかったケド。

予想外、予定外に、延長して実家にて滞在中。

空港で足止めに遭って以来、2〜3日は気が動転して、衝撃から立ち直れなかったり、絶望感いっぱいに落ち込んで気分がどよぉ〜んと滅入ってたり、不安感で眠れなかったり、人生で初めての体験に翻弄されている自分を感じていたのだけれど、そんな自分の軌道修正をする事が、ようやく出来て来た感じ。

まぁ時間を要したのではあるけれど、開き直りと言うか、視点を変えて物事を捉えるとか、文字通り冷静になって頭を冷やし、深呼吸して、とにかくやるべき事に集中して取り掛かってみた。

自分にとって、この上無くアンラッキーで不都合な事故がもたらしたのは、実は、神様がくれた貴重な時間、だったのかも知れない、とも思える。

実家で年老いた両親と、彼等の面倒を見る看護師の姉と、私の4人で過ごす時間。

Erikaが加わってた5人での時とは違う、昔に戻ったみたいな懐かしい時間。

フルタイムで働く姉に代わって、私は「お手伝いさん」の役割りよろしく洗濯や食器洗いの炊事仕事を中心に、姉を職場まで送迎する日は、スーパーマーケットに食材の買出しにも出掛け冷凍冷蔵庫を満たしたり。

米を研いで炊飯器のスイッチを入れたり。

単純な作業ではあるけれど、舞台の裏方であり黒子みたいな仕事を担当。

Erikaと一緒にやって来て、キャーキャーと楽しくゲラゲラと笑いあってた楽しい時間とはまた違う、リアルで目の前にある現実的な家族としての日々を送りながら、私はやっぱりこの時間に直面することを避けていたのだろうと思う。

日本での三週間のうちの最初と最後の1週間を東京のホテルで過ごす事にしたのも、楽しい想い出づくりに専念して、あとはさっさと帰ってしまいたかったのだ。

実家にやって来て滞在はしても、辛い現状には気付かぬ振りして、見たくないものは見えない振りをして、ただ久し振りの再会だけを喜び合って、良かったね、楽しかったね、またこの次はいつ会えるか分からないけど、とにかく元気で頑張ってね、と他人事のように逃げて帰ってしまいたかったのだ、きっと。

意識的、無意識的、に拘らず、私はやっぱり我儘で自分の楽しみの事しか考えていないような人間なのよ、ごめんなさいね、と開き直り。

そんな私なのにも拘らず、両親は勿論、姉も、私の予期せぬ延長滞在を手放しで喜んでくれたし、地元の古い友人たちもこぞって歓迎してくれて、こんな私をどうしてそんなに嬉々として受け入れてくれるのか?謎ながらも、改めて、彼等の存在を有り難く、尊く感じてしまうのだった。

長く行きていると本当に色んな事があるなぁ〜。

結局、今回の試練も、私の人生にとって必要不可欠な勉強の機会で、実は貴重で夢のような追加の夏休みであり、感謝と気付きの為に与えられた時間だったのだ、と近い将来に懐かしく振り返って見た頃には感じられるようになっているような気もする。

と、書きつつ。

でもやっぱりなるべく早めにはミネソタの自宅に帰って、心地良い自分のベッドで眠りたい欲求は勿論あるし、カナダの大学の寮に引っ越す Erikaを見送ってあげたいとも願ってる。

さて、明日からいよいよ8月が始まる。




日本へ旅行する前に助けた亀は
道路の真ん中で立ち往生してた。

大きな池のある方向に向かっていたので
Davidが作業用の手袋をして
甲羅の尻尾に近い部分を掴み持ち上げ、道路を渡らせました。

トロント動物園のサイトにビデオもありました。
Snapping Turtleは噛み付く習性があるので怖いのです。

尻尾を掴んで移動させるのもタブーのようです。

参考までに。




2019年6月24日月曜日

6月 ラッキー 

映画『Deadpool 2』の中で、作戦を遂行させる為の仲間を募る際の面接にやって来た女性キャラクター "Domino"への質問に
「で、君のスーパーパワーは何?」
ってのがあって、彼女が笑いながら
「私のスーパーパワーは "Lucky"な事よ♪」
と答える場面があるんだけど。

「単にラッキー♪ってだけじゃ、それは特別な能力じゃないじゃん」
と言われても
「ううん、私は特別にラッキーなのよ」
と食い下がって、
話の展開の中で実際、具体的にことごとく、本当に彼女が究極的にラッキーである事が証明されて、否応無しに説得させられる。

彼女くらいラッキーだったら、それは本当に超人的な能力かと思うけど。

私は凡人なので、勿論それほどまでにはラッキーでは無いものの、それでもここ数年での自分の人生は、何だか自分でも怖くなるくらい「夢でもみてる?」ってくらい恵まれていて、これってちょっと上手過ぎるンじゃない?と思う、ってのが正直なところ。

非凡じゃない証拠に、ラッキーとアンラッキーの波が交互にやって来るから、延々とずっと限りないラッキーが継続する訳じゃない、ってオチもあるんだけど。

過去には紆余曲折あり、思い掛けずに暮らすことになった米国のミネソタ州は、縁もゆかりも無い私たちにとって、色々と素晴らしい時間と環境を提供してくれた。

4年の間で借りて暮らした家も快適だったし、購入して住み始めた現在の家も文句の付け所が無いくらいに家族全員にとって理想的な間取りや広さで、引き篭もり傾向のお家大好き家族の私たちは益々家で過ごす時間が増えた感じ?

引っ越し後、手付かずになっていた最後の空間も片付けて、少しずつ掃除をしたり、古い家具に手を加えて置いてみたり。

元のご近所(ケイト)さんから貰ったソファを置いてみたり、エリアラグも置いて、カーテンレールも Davidが取り付けてくれたら、何だかいい感じのスペースは見る見る間にコテージとかロッヂとか、そんな別荘的な雰囲気の空間になって来た。

それでなくとも、デッキにガラスの丸テーブルとパラソルを設置したら、それだけで森の中のパティオみたいな雰囲気で、「ここは軽井沢?」って感じの満足感なのに。

半袖シャツに素足にサンダルを引っ掛けて、家の外と中の境界があやふやになるような開放感が本当に心地良く、「夏が大好き!」と叫びたくなるくらい。

キッチン上のロフトには私だけの空間のスタジオ/アトリエもあるし。

必要以上に干渉し合わない家族なので、それぞれ個別に居心地の良い場所で自由に好きな事に没頭して時間を忘れて過ごしてもなんら問題なく。

家の中に自分の好きなスポットが複数あって、気分に任せて空間を行ったり来たり。

家で過ごす毎日が既に極楽状態だから、バカンスなんて思いつかないくらいに。

ある意味、バカンスは「日常からの逃避」って部分も大きいと思うけれど、私には逃げ出したい理由もまるで無く、常に「お家バカンス」に浸ってる。

なので、日本への帰省(私にとってのバカンス?)への欲求もいつの間にか薄れ、以前のような強い必要性(子供達が成長してしまったこともあり)を感じる事なく、ミネソタ暮らしに溺れてしまってた、あっと言う間の5年間。

いよいよ両親も年老いて来た事もあり、そろそろ帰り時かも?とは思ってはいたものの、なかなか重い腰が上がらずにいたけれど、父の日の前後で実家に電話して久し振りに父親と話した際、なんとは無くの雰囲気に説得された感じ。

母が声を出すことが出来なくなって以来、電話での会話は諦めていたので、時々、忘れた頃に一方的ではあるけれど(返事が来る期待はないので)、拙い手書きの手紙を書いて、数枚の写真をプリントアウトして同封してた。

けれど最近、母が自分で食べるのが困難になり、姉からスプーンで食べさせて貰ってると言う話を聞いて、ショックと共に動揺してしまった。

物事が動き出すと、堰を切って流れ出す水の流れの勢いのように、自分でも驚くほど上手い具合に色んな事が速やかに、自然に、あるべき場所に次々と流れ着いて行くって感じの迫力にびっくり。

目には見えない不思議な力に身を任せて運ばれて行くかのような錯覚。

これが「ラッキー」と言う、凡人の私が少しだけ蓄えてるスーパーパワーなのかも?

手配できた航空券の日程が、ミネソタで兼ねてから予定してた私のイベントに支障をきたす事のない枠で嬉しいのをはじめ、同行する事に決めた Erikaの状況も同様。

秋からカナダの大学に入学するのに伴って寮生活を始めれば、夏の終わりには家を出る事になるから、母娘での二人旅行をするには貴重なタイミング。

家にはまだ Kaitoがいる(来春まで、かな?)から、日中、Davidが仕事に出掛けても家が留守にならず、Trixieも寂しくないし、食事や家事のあれこれを男二人で協力し合うことが出来る。

上野の美術館で開催中の『クリムト展』(7月10日まで)に間に合う!

地元の友達曰く「行きたいと思いつつ単独で行くのを躊躇ってた」らしいから、思い掛けず一緒に行けるし。

長野の友達が、たまたま東京の友達と合流する計画があり(数年に一度の確率)、その日程が偶然にも私の到着日の翌日で、私も合流することが出来る!とか。

何だか色んな事が図らずも自分に都合の良い方向に流れてる。

東京の友達は、80年代ロック好きの私と Erikaを、そんなテーマのバーに連れて行ってくれると言うし。

地元の友達は軽井沢への買物に同行してくれると言うし。

本当に有難いやら嬉しいやら。

5年振りの日本は、年老いた両親と、姉との再会を含め、現実の世界に直面すると言う意味では悲喜交々、感情のジェットコースター(英語ではローラーコースターだけど)状態間違いナシ!かとも思うと複雑な心境ではあるけれど、それはそれで覚悟して。

幼い子供たち2人を連れて単身(Davidは仕事だったし)で4週間とか5週間とか?長期帰省してた頃が、本当に遠い過去の事のように思える。

20歳になった Erikaと、年老いた中年の私自身と、女ふたり旅を、果たして喧嘩することなく穏やかに平和に過ごす事が出来るのかどうか。

都内では歩く距離が長いので、折りたたみ式のベビーカーに Erikaを乗せて押してたのを思い出すけど、今は私がおんぶして欲しいくらい歩き疲れちゃうかも。

Erikaの友達:エマも最近、彼女のお母さんと二人でスウェーデンを旅行したらしいんだけど、旅先ではいっぱい歩いたので(美味しい料理も沢山食べたのに)、体重が3〜4kg減ってたらしい。

私たちもきっと日本では美味しいものをたらふく食べると思うけれど、果たして痩せて帰るのか?肥えて帰るのか?謎。

カナダでは昔、格安航空券を2〜3ヶ月前から買ってた記憶なんだけど。

今は状況も変わり?到着も成田じゃなく羽田空港だし、出発も来週。。。!


*このドアの向こう側に手付かずになってた空間*


*3面にガラス窓の他、網戸がある screened porch
或いは 3 seasons room 又は sunroomと呼ばれる部屋で
私的にはロッヂとかコテージって感じ*


*先ずは最近まで Erikaが使ってた箪笥を化粧直し。
そもそもは Davidの両親のコテージにあった古い家具を譲り受けたもの*


*最近人気のチョークペイントを用いて*


*ハンドルも新しいものに交換*


*薄暗かった部屋の一角が色づいた感じ?*


*元のご近所さんから貰ったカウチを置いて、
新たに購入したエリアラグを置いて、
Davidが以前、オフィスで使ってたIKEAの安テーブルを置いた*


少しずつ心地良いコテージ空間に進化中。。。


*ドアを開けて一歩、ウッドデッキに出て森林浴も出来る*


風に吹かれ鳥のさえずりを聞きながら珈琲を飲む極楽。


と言えば!

私たちの米国引越し後、
懐かしくて恋しく思ってたカナダのコーヒーとドーナツの店
『Tim Hortons/ティム・ホートンズ』が
私たちの後を追いかけるように(?)
ミネソタ州に大々的に出店して、
「なんてラッキーなの!」と私たちを歓喜させたのが1〜2年前。

その後、贔屓にしてたのではあるけれど、
ビジネス/フランチャイズ契約的に問題があったみたいで
最近になって、その殆どが撤退+閉店してしまった。

残念無念、がっかりしたのも束の間、
Timmy'sのコーヒーは米国amazonでも買える事に気付いた。

注文すると翌日配達だし!

しかも店頭価格よりも安いじゃん〜!と言うオチで。

なんか世の中の仕組みとか変動について行けてないのを感じる。






*前回フッキングしたピザに続き、
今回は毛糸で編んでみたミックスピザの一切れ*

ペパロニやマッシュルームやピーマン、黒オリーヴはかぎ針編み。
生地とトマトソース+チーズの部分は棒針編み。

他にも色々作ってます。

日本へ行く3週間で手仕事をお休みするのはちょっと変な感じ。。。




2019年5月29日水曜日

5月

5月も引き続き平穏に、これと言って大それた出来事もなく無事に終わりそう。

余りイベントも無いので写真日記みたいな感じで、主に作品集の備忘録。


Ikeaで購入した安価な3連スクリーンに付いてた白い布を外し、
フリーフォームの棒針編み+かぎ針編みをランダムに組み合わせ
「海の底のイメージ」に沿って色んな毛糸を用いて空間を埋めてみた。

真ん中の下でぶら下がってるのは青い蛸(↓コレ)。

インスタグラムにポストしたら予想外の反響があって自分でもびっくりした。
ラグフッキングやニードルフェルティングとは比較にならないくらいの数で
編物をする人々が世間にいるという現実を目の当たりにした感じ。
やっぱり編物の歴史は永く、編物の世界は広くて深い、を知る。


くらげのイメージにぴったりな毛糸もあり早速、試作。
スクリーンの一部に取り付ける予定。




大好きな配色の毛糸が沢山あって常に編んでみたいものが目白押しなんだけど、
取り敢えず「袖」からスタート。
二つの袖をほぼ同時進行で編んでいき、カーディガンジャケットのようなものを
色んな毛糸でパッチワーク仕上げみたいに作ってみたい計画。




ヴィンテージの木のベンチ用にフッキングしたラグの縁は
ポップコーンみたいに楽しいカラフルな毛糸をかぎ針編みして仕上げ。
当初の計画通りに所定の位置に収まり。




母の日の週末には毎年恒例で行われてる「羊祭り」に出掛け、
バーゲンセール価格でほぼ叩き売り状態の毛糸の山の中から
多くの半狂乱状態の人だかりと競って目に留まった毛糸たちを安価でゲット。
何とも言い難い幸せな満足感。




ラグフッキングの手法は好きだけど、伝統的なラグを作る意欲は低くて、
イラスト的なイメージを描いたり3Dの作品に仕上げたり。

引き続き海がテーマのアイテムに惹かれるのは自分でも不思議なんだけど、
マーメイドは特にこれからの季節を意識すると避けられないモチーフ。

行き当たりばったりな創作で、作るものはその場の思い付きのものばかり。

マーメイドの半身、尾ひれ、魚、と出来上がり、
どんなプレゼンテーションで仕上げるか?考え中だった矢先、
TARGETの店頭で安価(5ドル!)なトレーを発見。

魚のカタチにくり抜かれてる背景がお気に入り♪






「友達」シリーズと題して

上:ピンクの髪の女の子と小鳥

中:黒い髪の女の子と黒猫

下:猫とネズミ

これらもシャドーボックスとして仕上げる予定ながら、
背景は未定。




「今夜はピザね〜♪」と決めた瞬間からピザが無性に食べたくなり、
ピザを連想しながらピザをフッキングした、と言う話。

ポスター風に仕上げたいと思ってる。

この日、実際に食べたピザは大きいの4枚(4種)。

東京でピザの注文をした頃、1枚が3500円くらいだった記憶なんだけど?
北米では考えられないくらい高価で「一体どんなグルメピザ?」って感じ。
まぁ実際、日本のはグルメなピザだとは思うけれど、具材を考えると。
シーフードのピザに柔らかいイカが乗ってたりしたのが懐かしい。

北米で一番美味しいと思うのは定番のペパロニピザで俗に呼ばれるニューヨーク風?
シンプルに(トマトソースとチーズの上に)ペパロニだけ乗ってるピザ。

多分、北米の一般家庭では週に一度はピザって感じかな?




(オリジナルはクリムトが描いたアデールの肖像)

数年前に思い付きで始めたモザイクのプロジェクトは
根気が要るので、気が向いた時にしか手が付かず。
色の選択が微妙なので、晴れたお天気の良い日にしか気も向かず。
冬の間ずっと丸めて放っておいたものの、
陽射しが眩しくなって来たので、やる気が萎えないうちに
何とか28インチ角程度の正方形まで仕上げた。

この後、30インチ角で仕上げる予定。




5月 2日の裏庭

5月22日の裏庭

ミネソタの遅い春の訪れでも、日毎の樹々の変化に目を見張りつつ、
どんどんと風景が新緑の鮮やかな色彩で埋められて行くのが嬉しかった。

文字通り、ひと雨毎に緑が濃くなる、って風に雨の日も多かったけれど。




私にとっての桜の代替え+春の象徴+一番身近な春の風景。